1-24 お出迎え! カウラ伯爵、歓迎される!

 シガラ公爵の邸宅の前では、来客を歓迎するために公爵家当主たるマイスや、その嫡子たるセインが着飾って門前に立っていた。


 他にも、執事や侍女達など、屋敷で働く者も手隙の者は全員並び、今日の来客を待っていた。


 なにしろ、今から来るのは古くから付き合いのあるカウラ伯爵家当主ボースンであり、間もなく次男ヒーサに嫁いでくるティース嬢の実父でもある。


 両家の繁栄と友好を願い、ヒーサとティースの婚儀についての最後の詰めを話し合うのが今回の訪問の目的で、家を上げて歓迎せねば、無作法と言うものであった。


 なお、その肝心なヒーサは往診に出掛けたまま、まだ戻ってきていなかった。



「ヒーサ様より連絡がありまして、急患が入ったので少し帰りが遅くなります、とのことです」



 ヒーサの専属侍女のリリンからそう聞かされたとき、マイスはやれやれとため息を吐いたものだ。


 医者の務めに励むのは良いにしても、よりにもよって未来の父がやって来る大事な日に出掛けて戻ってこないなど、礼を失するというものであった。



「まあ、それがあいつの性分ですからな。母を救えなかった分、他の誰も病で失いたくはないのでございましょう。真面目で優しい点は美徳でありますよ」



 気を揉む父にセインはそう諭し、とりあえずは相手の機嫌を損ねないように努めねばならなかった。


 と言っても、マイスとボースンは数十年の長きに渡り交流を続けてきた関係である。当然、その性格も知り尽くしている。


 ヒーサの不在を知っても笑って流すだろうし、帰ってくるまでのんびり待ちましょう、と言ってくることだろうとマイスは考えた。


 そうこうしていると、道の遥か向こうに騎馬の一団が現れたのを視認した。掲げている旗から、カウラ伯爵御一行だと、すぐに分かった。



「やれやれ。やはりヒーサは間に合わなんだか」



「やむを得ませんね。ひとまずは、父上と私でカウラ伯爵を歓待するといたしましょう」



 いない人間のことを嘆いていても仕方がないので、二人は今一度服装の確認をした後、ボースンの到着を待った。


 そして、ボースンらカウラ伯爵御一行は邸宅前に到着し、門前にて当主自ら出迎えてきたことに感激して馬を下りて小走りに近付いた。



「やあやあ、ボースン殿、来訪を心から歓迎するぞ」



「これはこれは、マイス殿、歓迎痛み入ります」



 二人は固く握手を交わし、互いに相手への友好の意を示した。


 公爵と伯爵では前者の方が立場上は上なのであるが、公式な場ではないし、なによりこれから婚儀によって縁戚関係となるため、どちらも気兼ねなくいようという意思表示でもあった。



「セイン殿もお久しぶりですな」



「はい。わざわざの来訪、心より歓迎いたします」



 次にボースンとセインも握手を交わし、これもまた長く付き合っていこうと意を示した。


 そして、次にボースンは娘婿となる若者を探して視線を泳がせたが、どこにもいなかった。はて、どういうことなのかと、首を傾げ、マイスに視線を合わせた。



「いや、ボースン殿には申し訳ないことなのだが、息子は急患だと言って飛び出していって、まだ戻ってきておらんのだ」



「ああ、そういうことでございましたか。まあ、医者と言う身の上、なにかと忙しいのでしょう」



「本来なら、あやつこそこの場にて義父となる者をお出迎えせねばならぬというのに、とんだ失礼をしてしまって申し訳ない」



「いえいえ、むしろ好感を持てます。挨拶や吉事は多少先延ばしにしても問題ありませんが、消えかかる命の灯は消えてしまえばそれまででありましょう。医者としての本分に従い、行動なさっておいでなのだ。結構なことです」



 ボースンはヒーサ不在を特に気にもしなかった。これにはさすがのマイスも胸を撫でおろした。



「そう言っていただけて助かります。ささ、食事でもしながら、話を詰めるといたしましょう」



「おお、そう致しましょうか。おおい、土産の品を下ろしてくれ」



 ボースンは部下に命じて、持ってきた美物を下ろした。狩猟で仕留めた野鳥、領内の酒蔵から持ってきた酒、そして、出立前に採ったばかりの新鮮な野菜であった。



「おお、これは結構な品の数々、有難いことです」



 貴族が別の貴族の家へ訪問する際には、“美物”すなわち自領内で取れた食べ物を贈るのが習慣となっていた。


 純粋に贈り物としての意味合いもあるが、同時に自領の豊かさを誇示する狙いもあるため、差し出す美物には絶対に手を抜かないのだ。



「では、これを肴に、お話を詰めるといたしましょうか」



「では御相伴にあずからせていただきます」



 マイスはボースンを屋敷内に招き入れ、周囲の従者達もそれに続いた。


 そして、運び込まれた贈り物の中には、例の“キノコ”も存在していた。

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