1-23 大手柄! 勲功第一はステンレス鍋!

 無事に“毒キノコ”を渡したところで、娘は御貴族様との会話を続けた。



「ところで、あなた様はカウラ伯爵様でいらっしゃいますか?」



「いかにもその通り」



「まあ、では、伯爵様のお嬢様がヒーサ様にお輿入れをされるという話は、本当なのですね?」



「そうだ。それの最終確認にやって来たわけだ」



「まあ、そうでしたか! いや、大変おめでたいことですわ!」



 娘は大はしゃぎして、その喜びを体中で表した。あまりの大袈裟すぎる喜びように、ボースンもお供も驚くほどであった。



「娘よ、領民の目線から見て、ヒーサ殿はどう思われるか?」



「文句のつけようがないくらいの“人格者”ですわ。身分の隔たりなく誰にでも優しく接し、医者として人々のために走り回っております。それでいて武芸にも通じ、偽ることなく真心をもって問題に立ち向かい、誰からも慕われております。それで顔立ちも端正とくれば、もうこれ以上の方は探しても見つかりませんわ。ああ、もしお声掛けくだされば、すぐにでも側女として参じますのに」



「お、おお、そうか」



 さすがにそれは困るなとボースンは思った。目の前の娘はかなりの美形であり、そんな娘が側にいては、婿殿が目移りしてしまうのではと考えたからだ。



「お嬢様も美人でいらっしゃいますか?」



「うむ、まあ、親の私からの贔屓目を引いたとしても、間違いなく美人だな。ただまあ、御転婆と言うか、十七にもなっていまだに馬を駆って遠駆けだの狩猟だのに出掛けておる。この前も仕留めたイノシシを持ち帰った時には、皆で頭を抱えたものよ。こやつを嫁に出してもよいのかどうかとな」



「まあ! 元気のよいお嬢様ですこと!」



「元気のよいという次元を飛び越えておるがな」



 他にも色々と頭痛の種があるのか、ボースンは深い溜息を吐いた。



「でも、大丈夫だと思いますわよ。ヒーサ様でしたら、どんなじゃじゃ馬だろうと、乗りこなしてしまいますわよ。おっと、これは失言を」



「よいよい。まあ、婿殿の人徳に期待するとしよう。いや、馳走になったな、娘よ」



「いえいえ、こちらこそ呼び止めてしまって申し訳ありませんでした」



 娘は深々と頭を下げると、ボースンは再び馬に跨った。その姿を見上げる形で、娘は再び微笑んだ。



「伯爵様、お嬢様の輿入れをお待ち申し上げております。私などが申すのも僭越ではございますが、領民一同、皆歓迎することでございましょう。シガラ公爵、カウラ伯爵、両家の更なる繁栄と深き縁があらんことを、この鍋の女神が祝福なさいますわ」



 そういうと、先程までキノコを湯がいていた鍋をポンと叩いた。旨いキノコと出会えた上に土産までもらい、さらには女神の祝福と祝辞まで貰えたので、ボースンは上機嫌に笑った。



「うむ、感謝するぞ、娘よ。そして、鍋の女神とやらにもよろしくな」



 ボースンは馬に鞭を入れ、街道を走り去っていった。


 伯爵御一行が見えなくなるのを待っていたかのように、森の奥から女性一人と数名の男達が姿を現した。



「ヒサコ様、あれでよかったのですか?」



 現れた女性が娘にそう尋ねた。


 娘の正体はヒサコ、戦国の梟雄・松永久秀が転生した姿だ。


 シガラ公爵の次男坊ヒーサと同一人物であり、【性転換】のスキルによって、ヒーサとヒサコを交互に入れ替わり、家督簒奪の計画を進めている真っ最中であった。


 つまり、先程のボースンとの会話も、実際は婿と義父の一足早い対話ということであったのだ。


 そして、話しかけてきた女性は女神テアニン。この世界に久秀を呼び込んだ張本人であり、この世界に潜む魔王を探すために行動を共にしていた。


 ヒーサにはテア、ヒサコにはトウと、それぞれ違う姿で侍り、その行動を監視、あるいは巻き込まれていた。


 今は伯爵御一行が通り過ぎるまで、森に潜んで待機ということになっていたので、少し離れた位置から様子をうかがっていたのだ。


 そして、その周りにいる数名の男達は外法者アウトロー。この森に密かに住み着き、時折街道を行く人々を襲っては糧を得ているようなならず者であった。


 今はヒサコより提示された好条件により、雇われていることになっていた。



「上等上等。フフッ、毒キノコだって教えてあげたのに、笑顔で持っていくなんて、とんだ間抜けがいたもんだわ。戦国の作法がなってないわ」



 ヒサコは毒キノコを抱えて立ち去ったボースンに向かって舌を出し、すでに姿が見えなくなあった義父になる予定の男をバカにした。



「なあ、お嬢、本当にこいつは毒キノコなのか? お嬢も一緒になって食べてたのに、全然体に影響が出てないぞ」



 外法者アウトローの一人がそう尋ね、籠の中にまだ残っているそのキノコを一つ掴み上げた。



「食べてみる? 紅天狗茸フライ・アガリックほどじゃないけど、それもなかなかの美味よ」



「フライ・アガリック……、おお、それなら知ってるぞ。赤い傘に斑点が入っている奴だ」


 たまに森の中で見かける自己主張の強いキノコのことを思い浮かべた。あからさまに怪しい色なので、採って食べることはないが。



紅天狗茸フライ・アガリックは“死ぬほど旨い”キノコなのよ。文字通りね。凄まじいうまみ成分が含まれていて、食べたら病みつきになるわよ。もっとも、毒抜きが下手くそだと、幻覚と腹痛でのたうち回ることになるから、素人が手を出す物ではないわね」



 ちなみに、ヒサコのこれらの知識は手に入れたスキル【本草学を極めし者】の効果である。


 山菜薬草に関する膨大な知識を我が物とし、薬の抽出や調合までできるようになる優れたスキルだ。


 そして、ヒサコの籠の中にあるキノコを掴み上げた。



「何度も言うけど、これも毒キノコだからね。ただ、こいつはお寝坊さんで、普段は毒成分が眠っているのよ。ただし、ある条件を満たしたとき、その毒が目を覚ます。隠れ潜んだその毒の牙に、のたうつことになるでしょうね」



 しかし、のたうつのは伯爵にあらず。これを土産として受け取った公爵側の人達だ。あとはキノコを食してもらい、父と兄に条件を満たすようにしてもらえばいいのだ。



「さて、計画の第一段階はこれで終了。あなた達もよくやってくれたわ」



「まさか、崖崩れの事故を中止して、キノコ漁りをすることになるとはね」



「崖崩れも数日後には実行してもらうわ」



 そう言うと、ヒサコは懐から小袋を取り出し、それを外法者アウトローに手渡した。中身は金貨銀貨がわんさと入っており、それを見るなり外法者アウトロー達の目の色が変わった。



「それは今日までのお駄賃よ。仕事が全部完遂したら、さらに追加で報酬は渡すから」



「フヘヘ、こりゃすげえ。で、次は何をすればいいんだ?」



 欲望にぎらついた眼をヒサコに向けてきた。


 実際にこうして報酬を渡され、次の仕事をくれるというのであれば、従っておいて損はない。しかも、外法の解除とくればなおさらである。


 欲に忠実な奴は操りやすくていいな、と考えつつも、顔には出さずにヒサコは話を続けた。



「今から数日後に、もう一回カウラ伯爵領から伯爵家の人間がやって来るわ。今度はそれを崖崩れに見せかけて殺しなさい。目印はさっき見ていた紋章だから間違えないでね」



「なんで来るって分かるんだい?」



「伯爵が捕らわれの身となるからよ。解放のために、伯爵の息子が来るでしょうよ。跡取りが死んで、伯爵自身は虜囚となる。フフッ、これでカウラ伯爵領は好き放題にできるわよ」



「おっかねえぇなぁ。お嬢も見かけによらず、とんでもねえ悪党だな」



「悪党だなんてとんでもない。私は戦国の作法に従ったまでよ」



 奪い奪われが戦国の日常であり、土地の切り取りこそ武士の生業だ。そんな世界で戦い続けた者としては、この程度の策謀など手慣れたものであった。



「さて、今回の第一功労者、どうしようかな~」



 ヒサコの視線の先には、先程キノコを湯がいていた鍋があった。ピカピカに輝くステンレス製の鍋だ。


 この鍋は転生前に立ち寄った時空の狭間において、女神より受け取った物だ。元々は名器『古天明平蜘蛛茶釜こてんみょうひらぐもちゃがま』を持っていたのだが、価値を知らなったテアニンによって不燃物ゴミとして捨てられてしまい、その代替品として与えられた物だ。


 もちろん、こんな鍋などでは平蜘蛛には到底及ばず、捨てようかとも考えたが、折角転生した際についでに飛んできてしまったこの鍋に、なんとなしに愛着がわいてそのままにしていたのだ。


 実際、この世界においては、ステンレスの鍋など、場違いな道具オーパーツもいいところである。


 そして、“通りすがりの伯爵の注意を惹く”という見事な手柄を立てた。


 仮に、そこいらの領民が鍋で煮炊きをしていたとしても、気にもかけずに伯爵御一行は通り過ぎたであろう。


 だが、女神の加護を受けしピカピカのステンレス鍋は伯爵の目に留まった。


 これこそ計画成就の第一歩。先陣の一番槍と言ってもよい武功だ。



「よし、鍋よ、あなたに銘をくれてあげるわ。今よりあなたは『死骸毒水鍋しがらぶすなべ』としましょう」



「物騒過ぎるわよ! 鍋に着けていい名前じゃない!」



 禍々しい名前に、さすがにトウから横槍が入った。



「だいたい、ただのステンレスの鍋になに気分出してるのよ!?」



「名器と言う物も、最初から名器として世に出たわけではないのよ。どのような経緯を経て誰の手に渡り、そして現在に至ったのか、その歴史や由来を背負っているわ。平蜘蛛も、古の時代に下野国天明にて鋳造されし地平を這う蜘蛛の姿をした釜、なのだからね」



「理屈は分かった。でも、もう少し緩い名前にしなさい。いくらなんでも、“毒”の文字が入っている鍋は使いたくはないわ」



「では、『不捨礼子すてんれいす』と名付けましょう」



 かくして、物騒極まる名前を回避し、ステンレス鍋は『不捨礼子すてんれいす』と名付けられることとなった。


 ヒサコは鍋を撫で回し、愛玩動物でも愛でるかのように顔もにやけ始めた。



「くわぁ~、物に欲情しますか、この人は。てか、その鍋、捨てようとしていたくせに」



「一度使えば、愛着もわくものよ。まして、手柄を立てた功労者であればなおのことね。さて、このままでは鍋に後れを取ることになるが、それでいいんですかねぇ?」



「心底どうでもいい。鍋に張り合うとか、バカバカしいにもほどがあるわ」



「女神様はノリが悪いわねぇ~」



 こうして、簒奪計画の一幕目はステンレス鍋の獅子奮迅の活躍により達成された。だが、これからまだやるべきことは多い。


 ヒサコは次なる行動に移るべく、伯爵御一行を追いかけていくのであった。

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