1-22 標的到着! 義父となる者、カウラ伯爵!

 山林を貫く街道を行く一団があった。


 シガラ公爵領の隣にあるカウラ伯爵領からの来訪者で、その中心にいたのはカウラ伯爵ボースンだ。


 ボースンには子供が一男一女おり、そのうち娘の方がシガラ公爵家に嫁ぐことになっていた。


 この婚儀については前々から交流の深かった両者の間で取り決められており、お互いこれでさらに仲が深まることになると期待してのことであった。


 嫁ぎ先は公爵の次男坊ヒーサであり、今は医者として活動していた。医大を卒業したばかりで、まだ医者としての実績は乏しいものの、大学を最年少で卒業し、医師免状を取得したほどの男だ。


 評判は上々であり、家柄の件も相まって、娘を嫁がせるのには申し分ない男だとボースンは考えていた。


 ボースン自身、ヒーサとは何度か顔を合わせたこともあったが、それは医大に入る前であり、最近は何年も会ってはいなかった。


 さて、どんな成長ぶりを見せてくれるのかと期待しながら、両家の領地の境界線である山を越え、シガラ公爵領に入った。


 そして、もうすぐ山林を抜けて、平野部に入ろうかというところで一人の娘に出会った。


 娘は街道の脇で鍋に火をかけており、なにやら食事の準備をしているようであった。それだけならボースンの注意を引くこともなかったのだが、問題なのはその鍋であった。


 見たこともない素材でできているようで、妙にピカピカと輝いているのだ。


 ボースンはその娘の側まで来ると馬の足を止め、興味深そうに鍋を馬上から覗き込んだ。



「娘よ、何をいたしておるのだ?」



 声をかけられたので、娘がそちらに視線を向けると、騎馬が十数騎並んでおり、しかもその先頭には明らかに貴族と思われる格好をした男の姿があった。


 慌てて跪き、頭を垂れて拝礼した。



「高貴なるお方、お初にお目にかかります。私は付近の村に住んでいる者でございまして、山菜、キノコを採りに参った次第でございます」



 ボースンが周囲を見渡すと、籠二つに山盛りになっていた山菜や“キノコ”を確認することができた。



「なるほどな。では、その鍋で煮込んでいる物は何か?」



「キノコが採れ過ぎましたので、せっかくですから食べようかと鍋で煮込んでおりました」



 実際、鍋の湯の中にはキノコが泳いでおり、湯気がブワッと立ち込めていた。それなりにおいしそうには見えるのだが、やはり輝く鍋が気になるので、ボースンは馬から下り、鍋をさらに間近で観察した。



「娘よ、その鍋はなんだ? 見たこともない素材でできておるようだが?」



「この鍋は今は亡き祖父がどこかで手に入れた品だと聞いております。『女神からの賜り物だ』と言っていたのを覚えております」



「女神からの鍋……か」



 説明を聞き、俄然興味がわいてきた。ボースンは食い入るように鍋を見つめ、その輝きに見惚れてしまった。



「よろしければ、お一ついかがでしょうか? 丁度、火が通ったところでございます」



 娘は長くて細い棒を二本使い、器用に鍋の中のキノコを摘まみ上げた。横に置いていた木製の深皿に入れ、それをボースンに差し出した。


 が、それはさすがに躊躇った。訳の分からないキノコを食するのはさすがに無謀と思ったからだ。


 ならばと、娘はキノコを摘まみ上げ、それを口に運んでムシャムシャと食べてしまった。



「大丈夫ですよ。毒は抜けておりますから」



「え、毒入りのキノコを食べたのか!?」



 ボースンは目を丸くして驚いた。娘の言葉を信じるのであれば、目の前で毒キノコを食したことになるからだ。



「ああ、このキノコは湯がけば毒が消えるのです。焼きでは食べれませんが、念入りに茹でこぼせば、美味なるキノコなのでございますよ」



 そう言いつつ、もう一つ鍋から取り出して、娘は再びキノコを頬張った。


 あまりにも美味しそうに食べるものであるから、ボースンはその姿に見惚れてしまい、娘の差し出すキノコを食べてしまった。


 供回りの者が止めようとしたが、時すでに遅く、ボースンはキノコに食らいついていた。


 だが、それは杞憂であった。あまりの美味しさにボースンの顔が緩み、満面の笑みを浮かべたからだ。



「これは旨い! 今まで食べたどのキノコよりも美味であるぞ!」



「そうでしょそうでしょ。毒があるからって食べなかったのでしょうけど、処理方法さえ知っていれば、食べれる毒キノコもあるんですよ。そういうのに限って、味がいいんです」



「なるほど。おい、お前達も食べてみよ。これは御相伴に与らねば勿体ないぞ」



 主人より勧められては、随伴の者達も食べざるを得ず、少しばかり腰が引けながらも娘が言うには毒キノコであるそれを食べた。


 そして、皆の顔が緩んでいた。掛け値なしに、美味なるキノコであったからだ。



「おお、これはまた美味なキノコ」



「体もなんともない。本当に毒キノコなのか?」



 などと口々に奇妙な雰囲気に呑まれ、一つまた一つと口に運んでいき、気が付くと鍋でたくさん煮込んでいたキノコが消えてしまった。



「娘よ、馳走になった。このようなキノコがあろうとは、知らなんだぞ」



「気に入っていただけたのでしたら幸いです。よろしかったら、一籠どうぞ」


 娘は籠に山積みされたキノコを差し出した。ボースンはどうしようかと思ったが、おいしいキノコをお土産にと考え、受け取ることにした。



「ただし、気を付けてください。しっかりと煮沸しないと、毒気が残ってしまいます。ですから、湯の中でしっかりと泳がせてくださいね」



「おお、そうか。気を付けよう」



 ボースンは受け取ったキノコを部下に手渡し、感謝の意を込めて娘と握手をした。娘も笑顔で応じ、ボースンもまた笑顔で返した。

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