1-20 技術転移! 新型銃を頂戴仕る!(後編)

 銃に画期的な改造を施す。それが成れば銃をくれてやると約され、 ヒーサは俄然やる気になった。


 銃を手に持って自分の馬に駆け寄ると、薬袋の中から練った丸薬を取り出し、それを銃に二つ押し当てた。


 押し付けられた二つの丸薬は三角錐の形を成し、銃身の手前と、銃口の先端部に張り付いた。



「急ごしらえなのでいささか不格好ではありますが、これで完成にございます」



「たったそれだけか!?」


 なぜ、ヒーサがそのような出っ張りを取り付けたのか意味が分からず、セインはもとより周囲にいた銃兵も首を傾げたり、あるいは顔を見合わせてざわついた。



「使ってみれば分かりますよ」



 ヒーサは近くにいた銃兵を手招きで呼び寄せ、出っ張りを取り付けた銃を手渡した。そして、その銃で的に狙いを定めるように促した。


 銃兵は促されるままにその銃を使い、そして、的に狙いを定めた。



「あ、そういうことか!」



 銃兵は狙いを定めた瞬間に声を上げた。なぜヒーサが出っ張りをつけたのか、実際に使ってみると、その意味をすんなり理解したのだ。



「閣下! この出っ張りを照準にして狙いを定めると、とてもやりやすいです!」



「なんだと!?」



 セインは慌てて駆け寄り、件の銃を受け取った。そして、実際にその銃で狙いを定めてみると、恐ろしいほど早く的に狙いが定まったのだ。



「こ、これは……!」


「銃と言う道具は、筒の中で火薬を爆発させ、それの爆発力で玉が飛んでいきます。ですので、玉は筒の向いた方向に飛んでいきます。しかし、構えると、どうしても目線と銃口の向きにズレが生じて、それが命中精度に影響を及ぼします。ところが、その出っ張りに目線を合わせますと、すんなり的に狙いを定めることができるのです」



 ヒーサの説明を聞き、セインは驚愕した。目線と二つの出っ張りが重なると、確かに真っすぐ構えることができたからだ。


 セインから銃兵がその銃を使って狙いを定めると、なかった時より格段に狙いを定めやすくなっていた。


 たかが二つの出っ張りと侮ることなかれ。ほんの少しだけ手を加えただけで、世界は劇的な変化をしてしまったのだ。


 ちなみに、これはヒーサこと松永久秀の考案ではない。この出っ張りは“目当めあて”というもので日ノ本の火縄銃には標準装備されていたのだ。


 先程、銃を撃った際に、それが備わっていないことに気付いた。どうにもやりにくいと思い、これは付けた方がいいなと考え、先程の提案を持ち出したのだ。


 そして、ダメ押しの一撃を加えるべく、ヒーサは動いた。銃兵の手から手を移る先程の銃をもう一度受け取り、再び玉と火薬を装填した。


 そして、それをテアに手渡した。本気で撃て、と耳元で小さく囁き、的を指さした。


 やれやれと思いながらも、テアは銃を構えた。



「大気の精霊よ、その姿を我に示せ」



 テアは誰にも聞こえない程度の小さな声で呟き、そして、撃った。爆発音とともに玉が銃口から飛び出し、そして、的のど真ん中に命中した。


 まさか連れの侍女が一撃でど真ん中を撃ち抜くとは思ってもみなかったことであり、驚きのあまり周囲が押し黙ってしまった。


 ちなみに、これには理由がある。


 テアは女神としての力を失っているが、情報系の術式に関してはある程度だが使うことができた。それを応用し、周囲の湿度から大気の流れまですべて情報化し、どう撃てばどう玉が飛ぶのかを事前に演算してみせたのだ。


 女神が本気で銃を使えばどうなるのか、ヒーサはなんとなく理解しており、それをやってみせろと命じたのだ。


 テアとしては術など使いたくもなかったが、ヒーサが銃を欲しているので、計画上必要なのだと判断し、“共犯者”として片棒を担ぐことにしたのだ。


 人に向けて撃つわけでもないし、精霊の状態を確認して情報を読み取るだけであったので、まあギリギリセーフかなと判断し、事に及んだのだ。



「いかがでしょうか? 女手でも、軽く的に当てれるようになりましたよ」



 どうだと言わんばかりにヒーサはテアの肩をポンポン叩き、的を指さした。


 そして、大地が震えんばかりの歓声と拍手が響き渡った。



「いやぁ、参った参った! これは確かに画期的な方法だ」



 セインは降参とばかりに両手を軽く上げて、首を何度も振った。実際、こうまで完璧な結果を示されては、文句のつけようもなかったのだ。


 もっとも、“目当”による照準の迅速化は確かに効果はあるが、だからといっていきなり初めての銃でど真ん中に打ち込むような芸当は、女神にしかできないことだ。


 だが、目の前の侍女が女神であることを知っているのは、ヒーサだけであり、他の人々の目からは新技術の効果としか映らなかった。



「では、兄上、お約束通り、銃をいただいてもよろしいでしょうか?」



「ああ、そういう約束だからな。お前のもたらした新技術は間違いなく役に立つ。銃一つでは安いくらいの価値がある。持っていくがよい」



「では、有難く頂戴いたします」



 ヒーサは改めて兄に礼を述べ、戦利品を馬に括り付けた。


 そして、テア共々馬に跨り、興奮冷めやらぬ銃兵らの居並ぶ中を颯爽と駆け抜けていった。



「見事なものですな。初めて使った銃を使いこなし、それどころか改良までしてしまうとは。恐ろしいほどの逸材です」



 馬廻りの一人がセインにそう話しかけると、セインはその通りだと力強く頷いた。



「まったくもってその通りだ。医師などではなく、軍師にでもなってくれればよかったのだがな」



「今からそうなさいますか?」



「いやあ、あれは亡き母のために医者になり、そして、今も人々を病から救うためにあちこち動き回っている。その心意気に水を差すのは無粋であろう」



 セインは走り去っていく弟の背中を頼もし気に眺め、見えなくなるまでじっと見つめた。


 よもや、自分を殺す計画のために銃を貰い受けたとも知らずに。

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