1-19 技術転移! 新型銃を頂戴仕る!(前編)

 シガラ公爵家に所属する軍隊の演習が行われていた。


 新型の銃である燧発銃フリントロックガンの試験や、野戦方陣テルシオの実践など、新戦術の試験に余念がない状態であった。


 それを指揮する次期公爵であるセインは、満足半分不満半分と言ったところであった。


 まず、銃器の不足だ。優先して予算を付けたのだが、それでも最新式ということもあって、考えている数を揃えるには至っていなかった。


 そのため、銃列の密集隊形が不十分で、野戦方陣テルシオを編成するのにはまだ穴があるとセインは感じていた。



「よぉ~し、一時休憩とする! 各隊、順次食事を摂って休んでくれ! 昼からは、行進からの野戦方陣テルシオの布陣を流してやるぞ!」



 セインがそう号令すると、各隊の隊長はそれに従い、休憩に入っていった。


 まだまだ問題点があるぞと悩んでいると、セインの視界に見知った顔がやって来るのが見えた。弟のヒーサとその専属侍女テアであった。



「兄上ぇ!」



 ヒーサは手を振りながら馬を寄せてきて、セインのすぐ側で馬の足を止めた。



「おお、ヒーサ。演習に参加する気になったか?」



「まさか。生憎と、私は医者でありますよ。怪我人を治すことはあっても、怪我人や、まして死体を生産するのはご法度であります」



「真面目な奴め。まあいい、折角だし、見学でもしていけ」



 取りあえず、その言葉を聞いて、ヒーサは胸を撫でおろした。


 というのも、すでに遠巻きながらヒサコで演習風景を見学しており、その際に注目した燧発銃フリントロックガンを是非にも手に入れようと思い、ここへ足を運んだのだ。


 演習に無理やり参加させられる面倒臭さを考えたとしても、絶対に手にしたい一品であり、わざわざヒーサの姿に戻ってまでやって来たのだ。


 逸る気持ちを抑えつつ、銃を手にする機会を伺った。



「そういえば、兄上、なにやら新式の銃にご執心だと聞いておりますが、あれがそうなのですか?」



 ヒーサは銃兵達が持つ燧発銃フリントロックガンを指さした。


 無論、聞くまでもないことではあるのだが、あくまでヒーサとしては初めて見ました感を出しておきたかったのだ。



「おお、そうだとも。以前までの火縄銃マッチロックガンと違って、燧石ひうちいしで着火する方式になっている」



「ほう、火縄なしで火が着くのですか! それは何かと面倒な手間が省けてよいですな!」



「まあ、そうなのだが、こっちもこっちで問題がないわけではない」



 馬上でそのまま話していた二人であったが、まずセインが馬から下り、ヒーサ、テアもそれに続いて、馬を下りた。


 そして、セインは銃兵から燧発銃フリントロックガンを受け取り、それをヒーサに見せた。



「仕掛け自体は火縄銃マッチロックガンと大差ない。強いて言えば、石と縄のどちらを取り付けるのかといったところだな。で、問題なのがこれだ」



 そう言うと、セインは引き金を引いた。


 取り付けられていた燧石ひうちいしが振り下ろされ、当たり金と擦れ合い、火花をまとった。そして、当たり金と擦れる衝撃で火蓋が開き、火皿に命中した。


 もし、火皿に火薬が仕込まれていれば、それに火が着き、そのまま発射となっていたであろう。


「この擦れが問題でな。何度か使うと、石と当たり金の摩擦にズレが生じ、火花が出なくなるのだ。だから、頻繁に石の取り付け角を調整しなくてはならん。火縄銃マッチロックガンと違って、直接火を押し当てるわけではないから、その点の信頼性に劣る」



「なるほど。火花が出ない場合もあると」



 当然と言えば当然か、とヒーサは思った。固定している以上、擦れて小さくなれば火花が出にくくなるのは道理であり、その辺りの整備が重要かと認識した。



「撃ってみてもよろしいですか?」



「おお、構わんぞ」



 セインは銃をヒーサに手渡し、ヒーサは近くの銃兵から玉と火薬を受け取った。


 巣口から火薬と玉を入れ、槊杖カルカでそれらを押し込んだ。撃鉄を起こし、火皿に火薬を入れた。



「ほう、なかなかに上手いな。銃を撃ったことがあるのか?」



「本で覚えただけで、実際に撃ったことはございません」



「それでその手際なら大したものだ。あ、当たり金は蓋しろよ。擦れると同時に開くから、それで火皿の火薬に火花が落ちるようになる」



「ああ、こうですか」



 若干、“前の世界”で撃った火縄銃マッチロックガンとやり方が違っていたので戸惑ったが、どうにか装填でき、そして、撃鉄を完全に上げた。


 的に銃を向け、引き金を引いた。


 撃鉄が振り下ろされ、燧石ひうちいしが当たり金に当たって火花が散り、擦れて火花をまとったまま火皿へと落ちた。


 火皿の火薬が燃焼し、それが装填した銃内部の火薬に乗り移って爆発。轟音と共に煙と玉が飛び出し、的のギリギリ外側に命中した。


 普段、姿を見せない若様の射撃に、いつの間にか観衆が集まっており、的に見事命中させたので、ヤンヤヤンヤと拍手と歓声が上がった。



「こんな感じでしょうか?」



「おお、やるではないか。初めてでそれだけできれば十分過ぎる」



 セインはヒーサの肩を叩き、その見事な腕前を称賛した。



 そして、ヒーサは考え付いた。今、手に持っている銃を頂戴するいい方法が思い浮かんだのだ。



「兄上、御褒美と言ってはなんですが、この銃をいただけませんか?」



「おいおい、勘弁してくれ。かなり高額なんだぞ、そいつは」



「承知しております。なので、タダでもらい受けようとは思いません。これから、画期的な改造をこの銃に施します。それは飛躍的に銃の精度を高めることになります。それをお教えしますので、それと交換ということでいかがでしょうか?」



「ほう、面白いことを言う。よし、その画期的な方法とやらを見せてもらおうか。それによっては、銃はくれてやろう」



 セインは銃の初心者である弟がどう手を加えるのか興味を持ち、あっさりと承諾した。


 そして、ヒーサはその“改造”を銃に施し始めるのであった。

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