1-17 激怒の女神様! 今夜も寝不足確定か!?

 再び情報収集のため、ヒーサはテアを伴い、往診と銘打って出かけることとなった。



「今日の目的は公爵家が抱える軍の視察だ。今朝の朝食の際に、兄上が演習がどうこう言っていたからな。それを見学させてもらう」



 馬をゆっくりと歩かせるヒーサであったが、随伴するテアからの返答はない。代わりに、鋭い視線で睨みつけてくるだけであった。



「お前なあ、まだ昨夜のこと、気にしているのか?」



「当然です!」



 テアが激怒するのも無理はなかった。


 専属の下男、侍女には、仕える主人の近くに部屋をあてがわれ、すぐにでも駆け付けられるようになっていた。


 そんな事情もあって、テアの寝室はヒーサの寝室のすぐ横の小部屋があてがわれていた。元は衣装収納用の小部屋であったのだが、寝室に改装されていた。


 そして、昨夜から侍女のリリンがテアと同じくヒーサの専属侍女となり、ヒーサの側近くに侍ることとなった。


 また、夜伽の相手を務めることも彼女の職務の一つとなっていた。


 その結果どうなったのかというと、夜中までテアの寝室にヒーサとリリンが“致している”声が壁を貫いて飛び込んでくる事態となったのだ。


 安眠妨害も甚だしく、健康上、というより精神衛生上よろしくない。


 おまけに朝すれ違ったリリンの満ち足りて、それでいてドヤッっている顔を見たときには、さすがにイラッときた。


 しかも、ヒーサに至っては無反応であったため、詫びの一言もないんかいと怒っている最中なのだ。



「まったく、朝やって、夜に再びって、どんだけお盛んなのよ!?」



「朝のはあくまで“動作確認”で、夜こそ本番の伽だぞ」



「あ~、はいはい。分かりました分かりました。都合のいい言葉よね、“動作確認”」



 前の世界とは勝手が違う点もあるので、念入りに確認することはよいことなのだが、ああいうやり方の動作確認は必要か? というのがテアの正直な感想であった。



「まあ、若返って随分と体力が戻ったというのは分かった。どころか、前の世界の時より、身体能力も若返り分以上に向上しているような気がする」



「『時空の狭間』で手に入れたスキルカードだけど、あれには肉体強化が付与されているパターンもあるからね。あなたが手にしたやつだと、【本草学を極めし者】は健康値が上昇するわ。つまり、病気やケガになりにくく、なっても回復が早くなる。【性転換】も転換の際に体に負荷がかかっても耐えれるよう、体力値に補正が入る。【大徳の威】は魅力値に大幅な補正が入るけど、これは肉体的には体感できないから、わかりにくいかも」



「なるほど、それで昨夜は十回戦まで難なくこなせたというわけか」



「十回戦!?」



 聞いてはいけない言葉が耳に入った気がして、テアは目を丸くして驚いた。



「あと、【本草学を極めし者】を活用して、薬品庫にあった有り合わせの薬草で精力剤を調合したぞ。それを今夜、試してみようと思う」



「え……、今夜も寝不足確定なの?」



「見学、参加は歓迎するぞ」



「どこの誰でもいいから、今すぐこのバカに裁きの雷を落としてくれないかな~」



 テアは見知った同僚の神々に本気で頼みたい気分になって来た。



「まあ、ほら、あれだ。“英雄色を好む”と言うだろう?」



「はいはい、英雄(外道)の活躍期待してますよ。さっさと魔王見つけましょうね」



 そう、目的はあくまでこの世界のどこかに潜む魔王の探索である。そのための手段として、財と人手を欲し、公爵家の簒奪を狙って行動している最中なのだ。


 だが、目の前の好色爺のやり方を見ていると、本当にやる気があるのか、なんだか不安になってくるテアであった。



「まったく……、一日五分でいいから、真面目に生きて欲しいわ」



「ワシは常に大真面目なのだが?」



「あれで大真面目!? 夜の夜中まで現地妻とパンパンやって、大真面目を主張するの!?」



「次は演習場で銃をパンパンするぞ」



「うっさい、黙れ」



 テアは心底、目の前の男を魔王探索の相方に選んでしまったことを後悔した。


 能力値は高いのだが、全然言うことを聞かないうえに、好き放題やっては世界に悪影響を出している。このままいったらどうなるのか、テアは心配でならなかった。



(てか、こいつこそ、魔王なんじゃないのかな? 灯台下暗し、魔王を探す英雄の中に魔王を仕込む、性格の捻じれた監督官ならやるかもね)



 だが、確証を持てない以上、目の前の男をどうこうすることはできない。


 あくまで、テアは女神テアニンの地上における仮の姿であり、戦闘用にはできていない。そのため監視、探索用の術しか使えないのだ。



「さて、そろそろ着替えるとするか」



「あ、このままの姿で行くんじゃないんだ。一応、女物の着替えはあるけどさ」



「ヒーサのまま演習の見学なんぞしていたら、ほぼ確実に兄上が無理やり参加させようとするからな」



 今日の演習はヒーサの兄セインが総指揮を執ることになっていた。


 日頃から口うるさいくらいにヒーサに向かって『体を鍛えろ』と言っているので、もし演習場に姿を現そうものなら、確実に巻き込もうとするだろうと考えたのだ。


 それではゆっくり見物することもできない。


 ならば、ヒーサではなくヒサコの姿で演習を見学した方が、平和的に終われそうだと考え、女物の着替えも用意しておいたのだ。


 二人は物陰に隠れ、ササッと姿を変えてしまった。


 ヒーサはヒサコへ変わった。金髪碧眼は変わりないが、髪の長さや背丈は変化し、体つきも女のそれに変わった。


 一方のテアも、トウという別の姿に変わった。先日、急遽拵えた姿であり、髪は長い緑髪から短めの赤髪になり、胸は巨乳から絶壁へと変化した。



「よし、こんなものかしら」



「ええ、問題ないわ」



 互いの姿を確認したのち、二人は再び馬に跨り、演習が行われている場所に向かった。

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