1-15 発見! 彼女を縛る人形の糸!
新たな情報を加え、良からぬ企てを秘めるヒーサではあるが、表面上は素知らぬ顔を通し、話を続けた。
「まあ、下戸であるならば仕方ありませんね」
「ヒーサよ、おぬしの医術薬学でどうにかならぬか?」
「無理ですね。そもそも、“病気”というものは、体内に住んでいる精霊が、何かしらの理由でいたずらするのが原因です。それを鎮めたり、あるいは活性化させたりするのが医者なのです。しかし、酒の精霊は根が深く、薬でどうこうするのが大変難しいのです」
火の精霊が暴れれば熱を出し、風の精霊が暴れれば咳やくしゃみをする。
体内に入り込んでいる精霊の働きが体調に影響を及ぼし、それを薬や刺激によって気血栄衛を操作するのが医術だ。
医者や薬師がおおよそそのような考えのもとで患者の体に治療を施していた。
「申し訳ありません、父上。医者とて万能ではございませぬゆえ、大した力になれず」
「なぁに、医者が万能であれば、病で亡くなる人間もいなくなるだろうて。それは重々承知している」
マイスもまた、自身の妻を病気で亡くしている。
ヒーサが医者になったのも、そもそもは病弱な母のためであり、二人にとって病とは倒すことのできぬ巨大な敵であった。
「気落ちしたところで、死んだ人間が生き返らぬのもまた事実。生きておれば別れもありましょうが、今は新たなる縁について考えましょう。そう、お坊ちゃまの晴れやかな婚儀が迫っているのです」
そう言って、気落ちする二人をアサが元気づけてきた。それで二人の顔色も幾分か良くなり、気を持ち直した。
「で、ヒーサよ、話が逸れてしまったな。何か頼み事があってきたのであろう?」
「そうでしたそうでした。お願いしたい事があって参った次第です」
「なにかな?」
「リリンを私の専属侍女としていただきたいのです。テアと同じく」
意外な頼み事であったのか、マイスを始め、その場の面々は目を丸くして驚いた。ベントに至っては口笛まで吹く始末だ。
「テアみたいな美人に加えて、追加でもう一人要求とは、若様も隅に置けませんな」
「ベント、口を慎め」
軽口を叩くベントをエグスが窘めるも、ベントはニヤニヤしながらヒーサを見つめた。
「まあ、理由はあるからな。父上、今日往診に出かけて思ったのですが、やはり“医者”としての従者が欲しいと思いまして、それはテアに任せようと思っております。ですが、それに加えて屋敷のことまで任せると、明らかに負担をかけ過ぎることとなりましょう。なので、屋敷内の内向きな仕事をやらせる者をもう一人、専属として欲しいというわけです」
「ああ、なるほど。そうゆう理由か」
これでマイスは息子の申し出の意味を理解した。
医者がなにかと大変なのは理解しており、それを手助けして息子の仕事の役に立てるのであれば、侍女をもう一人くらい付けてやるのも問題はなかった。
「いいだろう。リリンはお前の専属とする。アサもそのつもりで」
「畏まりました」
リリンの上司たる侍女頭のアサは主人からの命を受け、それを承諾した。
「しかし、お坊ちゃま、確認しておきたいことがございます。リリンを“御手付き”なさいましたね?」
え、そうなの? と言わんばかりに男性三人の視線がヒーサに集中した。さすがに誤魔化しは利かないと判断したヒーサは、少し照れ臭そうに頭をかいた。
「いやはや、アサにはやっぱり分かるか。実際、その通りだ」
「なんだ、そうだったんですか! 若様も意外と手が早い」
ベントは楽しそうに拍手をして、エグスがそれを睨みつけた。
「やれやれ、まったく。婚儀が近いというのに、手近な女に手を出すとは」
「ああ、それなのですよ、父上。婚儀が近いからなのです。リリン曰く、『他家より姫君を娶られるのでしたらば、床入りの際に粗相があっては大変でございます。私をお使いになって練習なさいませ』と」
少しばかり反応に困る話であった。わずかな沈黙の後、ベントが大笑いして、それが切っ掛けとなり、全員が笑い始めた。
「なんだよ、リリンの嬢ちゃん、可愛い顔して、やること過激だねぇ」
ベントは大笑いしながら拍手して、リリンの意外な一面に驚いていた。
「やれやれ、今朝から妙なことが、と思っておりましたが、よもやあの子がね。フフフ」
アサも堪えきれずに笑い出した。
「これは血筋ですな、どちらも」
エグスがマイスとアサを交互に見やると、二人はなぜか視線を逸らしてしまった。どうやら、今回と似たようなことがかつてあったのだなと、ヒーサは認識した。
「では、お坊ちゃまにリリンはお預けします。孫みたいなものですが、よろしくお願いいたします」
「え、そうなの?」
「はい。と言っても、私はこの年まで未婚の身。子供はございませんが、あの子は親戚筋にあたるのでございます。あの子の両親が亡くなって、私が引き取り、ここで働かせている次第です」
ここでまた新情報が入った。リリンとアサが縁戚関係にあり、アサがリリンを孫のように認識していたということだ。
(これは使える。侍女頭を操るのには、いい材料だ)
使える情報が手に入り、ヒーサはにやりと笑ったが、照れ隠しとしか周囲には思われなかった。
「まあ、その、程々にな。あくまで、リリンとそういう関係を持ってよいのは、ティース嬢が我が家に輿入れするまでとする。それ以降はダメだからな?」
自身のことで身に覚えがあるのだろうか、少し腰の引けた言葉でマイスは息子に釘を刺した。
「はい、それまではしっかりと修練に努めさせていただきます」
ヒーサの一言に、再び場が笑い声に包まれた。真面目なお坊ちゃんかと思いきや、このような一面があろうとは、全員が考えていなかったようで、それゆえの笑いであった。
「では、了承が得られたということで、これにて失礼いたします」
ヒーサはまだ笑っている父に礼をしてから、部屋を出て行った。
残った顔ぶれもようやく笑いが収まった。
「やれやれ、真面目一辺倒かと思いきや、女に関しては手が早かったか」
「まあ、よいではありませんか? 亡き奥方様をお迎えして、大人しくなった公爵様のように」
アサの一言に、マイスはわざとらしく肩をすくめ、一同がまた笑った。
こうして楽しげな雰囲気のまま、息子、あるいは若様のための話し合いが続くのであった。
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