1-13 饒舌の詐欺師! これでメイドの心はワシのもの!(後編)

 リリンを抱き寄せたヒーサは少し腕の力を抜き、リリンを見つめた。



「それでだ、リリン。テアとお前を二人揃って専属とする。今日、往診に出かけてみて分かったのだが、やはり一人では外回りをするのが大変だと思ってな。それでテアを連れて行ったのだが、その件はやはり正解だった。薬草を採取するのに、色々大変だったのでな」



 採取したの毒キノコじゃん、というツッコミはなしにした。


 しかし、外法者アウトローとの商談をまとめてくるなどとは、誰も考えないだろうなとテアは密かに思った。



「で、リリンには屋敷内での内向きな仕事を任せたいのだ。専属がテア一人だと、そちらの方が疎かになりかねないからな」



「なるほど……」



「それと、リリン、夜伽もお前に任せようと思う。今朝は少しばかり羽目を外し過ぎたので、お前には酷な真似をしてしまったと反省している。今度は優しくする。だから、また私と同衾して、伽に応じてはもらえぬだろうか?」



 まさかの言葉に、リリンは感激した。嬉しさのあまり飛び跳ねたくもなったが、いくらなんでもはしたないのでどうにか堪えた。


 しかし、今はテアの視線がある。どう答えていいのか、リリンは思い浮かばなかった。



「テアのことが気がかりかい?」



 見透かしたようにヒーサが尋ねると、リリンは無言で頷いた。そして、どうすればいいのかを見出せず、その視線はヒーサとテアの間を泳いでいた。



「テアもその点は了承しているよ。だから、こうしてお前に頼んでいるのだ。もっとも、じきに結婚する身の上ではあるから、長く続けることはできないがな。あくまでそれでもいいのであれば、という話だ」



「い、いえ。私などでよろしければ、いつでもお声掛けください! そう申し出たのは私ですから。今朝は、その……、わ、私も初めてでしたから気が動転していただけです!」



「そうかい。では、今宵は共に床入りするとしよう。構わないね?」



「は、はい! 喜んでお相手を務めさせていただきます」



 リリンは感激のあまり声を大きくして叫び、そして、大仰なくらいに頭を勢い良く下げた。



(ああ、やっぱりヒーサ様は素敵な方だわ。侍女の一人や二人、すり潰しても文句の言われない立場なのに、こんな気遣いまでしてくれるなんて。今朝のあの冷たさも、きっと話に聞いていた“けんじゃたいむ”とかいうやつの亜種なのね、きっと)



 などとリリンの脳内において決着がつき、ヒーサのイメージが上書きされていった。実際、先程のヒーサに対する恐怖は薄れ、今は完全に“女”の顔になっていた。



(あ~、これは完全に騙されちゃったわね。まあ、イケメン貴公子にああまで言われたら、コロッと騙されちゃいますよね、実際のところ。これで今朝の一件はうやむやになりつつ、哀れな少女は爺の生贄になりましたとさ)



 先程の外法者アウトローにしてもそうだが、松永久秀の最大の武器は“知略”であり、それを言葉に表す“弁舌”であると思い知らされる女神であった。



(見なさいよ、あの顔、完全に入れ込んじゃってる顔だわ。中身が七十の爺さんだって知ったら、どう思うのかしらね)



 テアはリリンに対して同情的になりつつも、そのことでは一切の忠告もしなかった。言うだけ無駄であるし、なにより自分はあの貴公子とは“共犯”関係にあるのだ。


 優先すべきは仕事であり、その仕事は“魔王探索”なのだから。まずは探索のために、財と人手を得る必要があり、そのための家督簒奪なのだ。


 やってること、言っていることは滅茶苦茶だが、道筋としてはちゃんと終点が見えているのだ。


 道徳的な点で言えば、完全にアウトなのではあるが。



「では、専属の申し出を父上に話してくる。リリンはテアと一緒に片付けでもしといてくれ。今宵のことはそれがすんでからだ」



「かしこまりました。それと、ヒーサ様、一つお尋ねしたいことが」



「なんだ?」



「ヒーサ様のお部屋にお伺いする際には、どのような服装でお伺いすればよろしいでしょうか?」



 意外であり、笑える質問であり、ヒーサは即答ができなかった。これではまるで恋仲の男女ではないかと、半ば呆れる思いが胸中に積もっていった。


 あくまで、主人ルーラー人形スレイブに過ぎないというのに、そのことに気付いていない人形が思いの外、献身的であったのだ。



「その服のままでいいよ。どうせ、すぐに脱がせるからな」



 ヒーサとしては特に揺り動かされる質問でもなかったので、突き放すように答え、さっさと診療所を出て行った。


 残ったテアはため息を吐きつつ、リリンに視線を戻すと、リリンと目が合った。その瞳には明らかに見下している雰囲気があった。一応、先輩侍女への敬意と持ち前の可愛らしさでごまかしてはいるが、優越感がにじみ出ており、寵を受ける女としての意識が体から漏れ出ていた。



(まあ、私としてはあのスケベ爺に伽を迫られなくていいから、むしろ歓迎なんだけど)



 テアはリリンの心中に気付かないふりをして、片付け作業を開始した。


 薬や道具、あるいは採取した薬草(毒キノコ)を片付けていき、背中越しにリリンの含み笑いをずっと聞かされることとなった。



「ねえ、リリン、あなた、本当に良かったの?」



「何がですか?」



「夜伽の件よ。ヒーサ様はじきに結婚して、そういう関係はなくなっちゃうのよ。まあ、ヒーサ様は“お優しい人格者”だから手元にはずっと置いてもらえるでしょうけど……、ねえ?」



「私は一向に構いませんよ。仕えるべき主人に必要とされる喜びに勝るものはありませんわ。いっそ、テア先輩も差し出してみてはいかがですか? 今朝みたいに」



 襲われただけです、とは言えなかった。


 ヒーサがまとっている【大徳の威】のスキルは人物の人望の良し悪しが重要で、悪名を轟かせるとスキルが消し飛んでしまう危険性がある。


 ヒーサにとってマイナスになるような言動は厳に慎まねばならず、場合によっては隠匿に手を貸す必要すらあった。


 大徳の医者、これに勝る状態はないに等しく、失うにはあまりに惜しい立場なのだ。どこに潜むか分からない魔王を探す以上、どこにでも顔を出せる立場というのは得難いものであった。


 それを消しかねない状況には手を貸す。それゆえの、“共犯者”なのだ。



「記憶を司る意識の聖霊よ、風は右から左へと吹き抜ける。そして、風は我が下へ」



 ぼそりと呟くように、テアは術を発動させた。現在、テアは女神としての力の大半を失っている。乗り移っている人形がそうした術式を阻害して、使用不能にしているからだ。


 だが、“魔王探索”という仕事の関係上、情報系の術式であるならばいくつか使えることになっており、今のも対象の意識を読み取るためのものであった。


 何かがフッとリリンの右の耳から頭の中を貫き、そして、左の耳から抜けていった。そして、見えざる帯となってテアの手元へとやって来た。


 そこには、リリンの心中の情報がぎっしりと書き込まれており、彼女の頭の中がどういう状況なのか把握することができた。



(うっわ、これはひどい。おそらくは、診療所に戻ってきたときは、恋慕と恐怖が半々くらいだと感じたけど、今は恋慕と“色欲”で九割占められてるわね。一割の恐怖がいい味出してて、逆らえないようになっている。あんにゃろうめ、あの短時間で、こうまで心を舌先だけで変えてしまうとは、やべ~わ、あの戦国の梟雄)



 改めて、ヒーサこと松永久秀の危ない部分を見せつけられ、テアは戦慄せざるを得なかった。


 ちなみに、リリンのテアに対する感情は、先輩に対する敬意が四割、“選ばれなかった女”への哀れみと優越感が六割といったところであった。



(しかし、この子をどうするつもりなのかしらね。家督簒奪でごたごたしそうな時に、女囲い込むためだけに引き入れるとは思えないし、やっぱ考えが見えてこないわね)



 などと考えつつ、夜は更けていくのであった。


 こうしてお互いが相手を憐れみ合う専属侍女二名は、いそいそと片付けに精を出すのであった。

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