1-12 饒舌の詐欺師! これでメイドの心はワシのもの!(前編)

 往診と銘打った情報収集も終わり、ヒーサとテアは公爵の邸宅に戻った。


 さすがにあちこち動き回った上に、外法者アウトローの勧誘もあって時間はあっという間に過ぎ去っており、邸宅に戻ったころには日が沈みかけていた。



「ヒーサお坊ちゃま、お帰りなさいませ。思っていたより遅かったので、心配しておりました」



 屋敷の門番にそう話しかけられ、怪しまれてはいないなと確信を持った。やはり、医者という状態は何かと都合がいいと改めて感じた。



「ああ、すまんな。往診が一件だけで時間が余ったから、少し山手の方まで足を運んで、薬草を摘んでいたのだ。思ったより熱中しすぎて、意外と遅くなってしまった」



「左様でございましたか。まさに道草を食う、ですな」



「ハッハッ、まさにな」



 この門番に限らず、気さくなヒーサは皆に好かれており、和やかにやり取りするのが当たり前であった。


 もっとも、それが偽りの仮面であり、ヒーサの中身が戦国の梟雄であることは、この世界に彼を連れ込んだ、女神テアニンしか知らなかった。


 なお、そのテアニンは侍女メイドテアとして、ヒーサに帯同しており、これも演技がばれないようにと門番には笑顔を振り撒いていた。


 門をくぐり、二人はまず離れにある診療所へと足を運んだ。医療器具などが入った道具袋を下すためだ。


 日が沈みかけ、夜の闇が忍び寄る中、二人は道具袋を抱えて診療所に入ると、そこには侍女メイドのリリンが立っていた。


 二人の姿を確認すると、慌てて頭を下げてきた。



「お、お帰りなさいませ、ヒーサ様」



 下げる頭や肩が小刻みに震えていた。恐怖に支配されたまま動けず、朝から診療所でずっと待っているようであった。



(おっと、これはいかんな。少々効き過ぎたか。ほぐしてやらんと、すぐにつぶれてしまうぞ)



 そう考えたヒーサは道具袋を手近な机の上に置き、それからリリンの前に立った。下げていた頭をゆっくり上げたが、ヒーサの顔を直視できないようで、視線はどこか別の方を向いていた。



「リリン、わざわざ待っていてくれたのかい?」



「えっと、その……、ほ、本日はお休みをいただけたので、私の好きなようにしまし……た」



 視線を合わさず、気恥ずかしそうにそう言うリリンに対し、ヒーサは優しく頭を撫でた。最初の一触れの際はビクリと体が軽くはねたが、すぐに落ち着いたようで顔を赤らめながらその行為を受け入れた。



「そうか、それなら遅くなってすまなかったね」



 そうしてヒーサはリリンの腰に手をまわし、優しく抱きしめた。頭もまた撫でてやると、リリンは恐る恐るヒーサに抱き着いてきた。


 怖がりつつ徐々にギュッと力を入れ、そして顔をヒーサの体に埋めてきた。



「どうしたんだい? 寂しかったのか?」



「失礼な質問なのかもしれませんが、今朝のヒーサ様、今のヒーサ様、どっちが本当のヒーサ様なのでしょうか?」



「ん~、難しい質問だな。私は私で、それ以上でもそれ以下でもないからね。これは“神”であろうと、犯しえぬ領域だ。だから、どちらも私なのだよ」



 そう、松永久秀という男は、どこまで行こうと松永久秀でしかないのだ。異世界に飛ばされ、ヒーサ、あるいはヒサコと名前と姿を変えようとも、本質は変わらない。


 どこまでも自分本位で、他に流されない自然体だ。


 欲望の赴くまま、自分のやりたいようにやり、なるようになるだけなのだ。



「だから、リリン、このまま私の下へいたいのであれば、どちらの私も認めてほしい。受け止めてほしい。どちらも私であることには変わらないのだからな」



「……はい、私はヒーサ様のところにいたいです」



 はいとは答えたものの、これにはまだ迷いがあった。


 普段のヒーサは優しくて気さくな貴公子だが、今朝のヒーサは明らかに別人かと思うほどに冷ややかで、自分を家畜や道具のように見下していた。


 できることであれば、いつもの優しい貴公子のままでいて欲しいが、床の上ではああも荒々しく、それでいて冷ややかなのは勘弁してほしいところであった。


 でも、抗えない。


 優しい貴公子に恋をして、荒々しい悪魔に支配されているからだ。


 方向性は全くの真逆であるが、どちらにしても心を奪われ、あるいは支配されており、逃げることなど考えれないのだ。



「では、リリン、お前を私の専属侍女メイドとしよう。テアだけでは、手が回らぬことが多くなりそうでな」



 ヒーサの言葉にリリンは感激した。


 だが、同時に気付いた。今この場には、ヒーサのみならず、テアもいることにようやくにして気付いたのだ。


 はしたない姿をヒーサ以外に見せてしまったと、慌てて離れて身だしなみを整え始めた。



「も、申し訳ありません! 人前でなんと恥知らずなことを……!」



「ああ、うん。気にせんでいい。テアも気にしてない」



 実際、テアも気にしてはいなかった。というより、思考が別次元に飛んでおり、気にすることができなかったといった方が正しかった。



(あっれぇ~? おっかしいなぁ~。私、英雄(外道)を連れて“魔王探索”をやってるはずなのに、なんでドロドロした恋愛劇見せられてんのよ。え、路線変更? 世界単位での路線変更なの? 魔王ぶっ飛ばすファンタジー劇場から、グッチャグチャの昼ドラ系恋愛劇場になっちゃうの?)



 などと、テアは自問自答を繰り返し、頭の中が混乱していた。


 どうするんだ、この空気と状況。これが女神の偽らざる本音であった。

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