1-11 でまかせ!? 逃げるための方便です!

 無言のまま山林を進んだのち、ようやく街道まで戻ってくると、トウは安堵の溜息を吐いた。


 無事に乗り切ったとは言え、やはり襲撃されたのだ。


 やっぱ戦闘系スキルはいるだろうと考えつつも、まんまと“口先”だけで乗り切った目の前の悪役令嬢(中身は七十爺)の胆力と交渉力は大したものだと感心した。



「ここまでくれば大丈夫ね。さすがに盗賊に襲われるなんて、思ってもみなかったわ。公爵領は治安がいいですし、あの手の輩はいないと思っていたわ」



 トウの言葉はもっともであった。治安の良し悪しは貴族の統治が隅々まで行き届いているかの証左であり、盗賊が跋扈するなどは威信に関わってくるのだ。


 当然、徹底的な討伐が行われるのが常である。



「まあ、乱世の方がああいう輩が多いのは認めましょう。でも、平和な時代であろうとも、社会に馴染めず、社会から外れたり外されたりする者はいるものですわ」



「そりゃあねえ。それより、本気で暗殺する気?」



 先程のやり取りをきいていると、もはや殺すのが確定事項としか聞こえなかったのだ。


 外法者アウトローへの依頼は、事故に見せかけた暗殺である。


 いよいよやる気かと身構えるトウではあるが、ヒサコは平然としていた。



「ああ、あれは逃げるための出まかせ。もちろん、使えるかもしれない手札の一つにはするかもしれないけどね」



「じゃあ、ほったらかしにすることもあり得るってこと?」



「そうよ。だって、公爵令嬢なんて“現段階”ではいないし、訴え出たところで、気でも触れたか外法者アウトローめ、で終わっちゃう話だもの。手付金貰えただけでも感謝してもらわないとね」



「おおう、なんという外道。嘘は言わないんじゃなかったの?」



「あれ? そうでしたっけ? うふふ……」



 またしても悪そうな笑顔でヒサコは答えた。そして、その手の中にそこらで適当にむしったキノコが握られていた。


 もちろん、それは毒キノコである。



「森で出会ったキノコさん達は、いったいどんなお味がするのかしらね。もちろん、私は食べるつもりはありませんが」



「やっぱり、食わせる気満々じゃない。怖いなぁ」



 などとやり取りをしていると、ヒサコの姿はヒーサに切り替わっていた。いくら美形とはいえ、女物の服を着ているさまは、さすがに滑稽であった。



「おい、女神。なんならそこらの木陰で、ワシのキノコを食していくか?」



「結構です。毒気がきつ過ぎて、腹を下すどころじゃすまなさそうなんで」



「それは残念」



 などと言いつつ、またその姿をヒサコに戻した。



「さてさて、面白くなってきたわね。どんな悲劇喜劇が展開されるのか、これから楽しみだわ」



「喜劇で終わってくれる方がいいんだけどね」



 悪そうな笑顔を浮かべるヒサコに、どこまで付き合わされるのか。自分の未来は暗いものだと、トウは嘆かざるを得なかった。

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