悪役令嬢・松永久子は茶が飲みたい! ~戦国武将・松永久秀は異世界にて抹茶をキメてのんびりライフを計画するも邪魔者が多いのでやっぱり戦国的作法でいきます!~
1-10 キノコマイスター久子! 森の中は危険がいっぱい!
1-10 キノコマイスター久子! 森の中は危険がいっぱい!
情報収集、地形把握が目的であったが、
なにしろ、
「ああ、この橋、見計らって落としてしまえば、いい時間稼ぎになるわね」
とか、
「おお、ここ、ここいいわ。崖上から落石で立ち往生、あわよくば圧殺できるわ」
とか、
「うほぉ~、毒キノコの群生地、たまんないわねぇ~。これ、たらふく食わせたい」
などと、本当に貴族の令嬢(脳内設定)かと問いかけたくなる言葉ばかりが飛んできた。
まあ、トウとしてはこうなることは分かり切っていたが、それでも実際に目の前ではしゃぐ御令嬢(中身は七十爺)を見せつけられるのは、なんとも考えさせられるものであった。
森の木陰で毒キノコを物色する令嬢など、この世界では目の前の転生者くらいだろう。
「それで、どのキノコをどうやって食べさせるの?」
「さてさて、どうしましょうかね。あ、それより、トウ、今すぐ後ろに飛び退きなさい。足元のキノコ、やばい奴だから」
そう言われたので、トウは足元に視線をやると、そこには真っ赤なキノコが生えていた。まるで地獄から亡者が手を伸ばしているかのような異形のキノコであり、炎とも噴き出す血にも見える鮮やかなキノコであった。
そして、そのキノコのことを知っていたので、トウも慌てて飛び退いた。
「っぶな、カエンタケ」
「触ってたら、オダブツだったわよ」
二人の知る限り、最強の毒キノコである。ほんの一欠けらで致死量になる毒を含み、食べずとも触れただけで、見た目よろしく炎に触れるがごとく焼けただれてしまうほどであった。
「これは利用できないわよ。こんなもん、口に入れられないし、加工するのも手間すぎるわ。もう少し分かりにくくて相手に食わせやすい毒キノコでなくてはダメ」
「結局は食わせる気、満々じゃない!」
「そうですわよ~。ふむ、使えそうなキノコはありそうですけど……。それより、何人か、私達と一緒に遊びたい方々がいらっしゃるようですわよ」
「え……?」
ガサガサと木の葉を踏み抜く音とともに、抜き身の剣を見せつけながら男が数名現れた。
ボロを身にまとい、手入れが全然なされていないボサボサの髪や髭面。見るからに、私共は盗賊でございますと説明文でも記載されてそうな出で立ちであった。
「ヘッヘッヘッ、お嬢ちゃん方、こんな薄暗い森の中でお散歩とは危ないなあ」
「そうそう、物騒な危ない動物が出てきたりするもんな」
などと、“危ない動物”がうら若き乙女二人に、下品な息とよだれを吐き出しながら近づいてきた。
ちなみに、二人はほぼ丸腰だ。ヒサコが採取用に登山用小刀を腰にぶら下げているだけだ。
一方で相手はちゃんとした剣であり、しかも頭数も多い。どうあがいても勝ち目はなかった。
(ああ、もう。こういう時のために、戦闘系のスキルがいるってのに。【剣聖の閃き】を確保してたら、その小刀一本で瞬殺できるわよ)
せっかく引き当てたSランク戦闘スキルを見向きもしなかったことが、ここへ来てツケが回ってきた格好となった。トウが心の中で舌打ちをしているのだが、その横のヒサコは全く動じていない。
まるで“手慣れている”かのようにゆったりとした足取りで前に進み出た。
「ぐへへへ、まずはこっちの嬢ちゃんから俺らの相手をしてくれるってか?」
「悪かねえな。見たところ、結構いいとこのお嬢様っぽいが、まあ、たまにはこういう高嶺の花を手折ってみるのもいいんじゃね?」
お約束、テンプレな台詞が並ぶ中、ヒサコは男達のすぐ手前まで歩み寄った。
「遊びを始める前に、いくつか質問よろしいでしょうか?」
「おお、いいぜ。かわいこちゃんとのお喋りは大歓迎さ」
「では、最初の質問。あなた方はいわゆる、
「……後者だ」
その答えを聞いた途端、ヒサコは不気味な笑みを浮かべた。まるで、地獄の窯から湧き上がってきた魔女のごとく、邪悪な笑みを浮かべていた。
それを見た男達が引くほどの、見てはならない笑顔だ。
「ならば、交渉の余地はありますね。皆様方、私はこういう者です」
そういうと、ヒサコは懐からペンダントを取り出した。純金の台座に
その意匠は、宝石の上に鎮座するフクロウだ。
それを見つめた男達のうちの一人が目を丸くして驚いた。
「お、おい、あんた、そりゃシガラ公爵の紋章じゃねえか! 公爵家の人間か!?」
「公爵令嬢のヒサコと申します」
もちろん、嘘である。公爵の子供はあくまでヒーサの方であって、同一体であってもヒサコは子供と認知されているわけではない。あくまで、ヒーサがスキルで変身した姿がヒサコであるからだ。
だが、この絶体絶命の状況下で平然としていられる姿に、誰もが騙された。
「んな!? お、おい、お前ら、この人には手を出すなよ」
男は怯みながら数歩下がり、他もそれに合わせて後ずさりした。
「うわ~、紋章見せびらかして怯ませるなんて、どういう黄門様プレイ……」
ちょっと離れたところにいるトウがぼそりと呟いた。なお、耳のいいヒサコにはしっかりと聞こえており、それゆえに意味が分からず首を傾げた。
「黄門……、たしか“中納言”の唐名だったと思うけど」
「ああ、気にしないで。百年後のちりめん問屋のお話だから、黄門様は」
「ちりめん問屋が黄門様とは、これいかに?」
まあ、後で聞くかと考えつつ、ヒサコは男達に向き直った。
「さて、私が公爵令嬢と認識しての狼藉ということでよろしいかしら?」
「あ、いや、その……」
「私とそこの侍女を辱めたいのであればそうなさればいいですが、その後は遺骸を父上に献じなさいませ。そう、目の飛び出すようなお礼をなさることでしょう」
正直、そんなことをすれば、本気で物理的に目が飛び出しかねない。その可能性があるからこそ、目の前の女性には手が出せないし、頭を悩ませるのだ。
そんな困惑する男達に対して、ヒサコは笑顔で手を差し伸べた。
「ですから、先程述べましたように、“交渉の余地”があると言ったのですわ」
「それはどういう……」
「あなた方に一仕事、お願いしたいのです。そして、その仕事が完遂した暁には、
「本当か!?」
案の定、食いついてきた。してやったりと心の中で思いつつ、顔には出さずに話を続けた。
「はい、本当の事でございます。何しろ私、密かに父上の命を受け、今もその仕事の下調べをしておりましたし、少し人手が欲しいなと考えておりましたからね。あなた方の協力がございましたら、それこそ、成功は約束されたようなもの。ここ周辺の地理には明るいのでございましょう?」
「そりゃあ、ここらでひっそりと暮らしているからな」
「ますます結構なことですわ。是非、あなた方全員を雇い入れさせてくださいまし。私、誠実をモットーにしておりますので、嘘は申しません」
その時点で嘘じゃん、とトウは危うく口走りかけたが、喉まで出かかったそれをどうにか抑え込んだ。
今までの相方の言動から、誠実さの欠片もなく、嘘も方便と言わんばかりに自身への利益誘導に余念のない姿勢を貫いてきた。
関わらない方がいいわよと、盗賊の皆様方に忠告したいが、まあ、相手もこちらを襲撃しようとした上に、しかも
「……で、仕事の内容ってのはなんだ? それを聞かないことには、引き受けれんぞ」
「まあ、そうですわね。簡単に申しますと、事故に見せかけた暗殺、標的はカウラ伯爵です」
それを聞いて、男達は逆に血の気が引いた。事故に見せかけるとはいえ、貴族殺しの片棒を担げとと言ってきたからだ。
「そ、そりゃあ、いくらなんでも」
「でも、日の当たるところに出たいのでしょう? ねえ、
その宣告を受けた者は、あらゆる法が適応されなくなる。例え、誰かに面白半分に殺されたとしても、下手人は法で裁かれることはない。
なぜなら、
殴られようが、奪われようが、どうなろうと関知せず。法による保護が一切ないので、
ゆえに、その状態の解除という報酬は、何よりも得難いものなのだ。日陰者が日の下に出れるのであれば、それこそなんだってやってしまうのである。
「……それで、いつやるんだ?」
「数日中にカウラ伯爵が街道を通って、この公爵領にやって来るわ。そこで、ちょっと先にある崖の辺りで落石に巻き込まれた体を装って、事故死していただきます。そう、あくまで“事故死”です。襲撃しろとは申しません。石を落とすだけですから」
「そ、そうか。事故だよな、それは!」
「はい、事故でございますわ」
あ~あ、口車に乗っちゃった。まんまと男達は丸め込まれたのを、トウは哀れに感じつつ、結局は
「ですので、皆さんはしばらく街道を見張っていてください。正確な日時が分かりましたら、すぐに渡りを付けますので、見張りと、石運びでもやっていてください」
そう言うと、ヒサコは自身の馬まで戻り、それに吊るしておいた道具袋から小袋を一つ取り出した。それは財布であり、中にはジャラリと擦れるお金が入っていた。
「はい、これ。手付金に受け取っておいて」
「うお、こんなにいいのかい?」
「構いませんわ。大仕事になりますから、その程度の手付金では申し訳ないくらいです」
さすがに、男達は現金なもので、実際の報酬を一部とはいえ見せつけられると、俄然やる気が出てきたのだ。
日陰者の立場をおさらばでき、さらに謝礼金で社会復帰のための地位も用意できる。この仕事は受けざるを得ないのだ。
「分かりました、お嬢様。準備しながら指示を待っておきます」
「はい、よろしくお願いしますね。落とす石は、なるべくご立派なものを、ね」
よしよし上手くいったとヒサコは胸中で喝采を上げた。
そして、馬に跨り、トウと共にその場を立ち去って行った。
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