1-9 出撃!? 悪役令嬢・松永久子はお出かけです!

 往診のため、公爵家の邸宅を出立したヒーサとテアは一路、西の方へと向かった。


 シガラ公爵領の西隣がカウラ伯爵領であり、カウラ伯爵の情報収集、特に伯爵が来るであろう“移動経路の地形把握”を行うためだ。


 そして、領地の境界に程近い場所までくると、ヒーサは岩陰に身を隠し、その姿を女に変えた。


 金髪碧眼である点は変わらないが、背丈は少し縮み、胸部は膨らみ、腕や足はスラっと細くなった。


 ヒーサこと松永久秀は異世界転生する際にいくつかスキルを手にし、その一つが【性転換】であった。念じるだけで男と女を入れ替わることができ、それを使ったのだ。



「ふむ、まあ、こんなところかしら」



 ヒーサ改めヒサコは自分の姿を嘗め回すように眺めた。服はテアが用意した外行用の女物に身を包んでいた。乗馬できるようにと、動きやすい服装ではあるが、やはり慣れない女の体には違和感を感じてしまうものであった。



「どう? 見た目的におかしいところはあるかしら?」



「まあ、外見は問題ないかな。ただ、慣れない女言葉を使ってるから、話し方がぎこちない」



「仕方ないでしょ。まだそこまで修練する時間がなかったんだから」



 やはり、【性転換】を使いこなすのには時間がいるな、とヒサコは思った。


 とはいえ、今は探索が主目的である。テア以外とは話すこともなさそうなので、今のところは良しとせざるを得なった。



「それより、テア、あんたも姿変えなさい。ヒーサの専属侍女メイドと一緒にいるのは、さすがに後で勘繰られる可能性があるわ」



「あぁ~、それもそうね。なら」



 テアが目を瞑って念じると、すぐに体に変化が出始めた。薄めの緑色であった髪は赤くなり、髪の長さも腰近くまであったのが、肩の近く辺りまで短くなった。



「おお、早い早い。これはどういう原理なの?」



「前にも言ったけど、今の私の体は自分の姿を模して作った人形だからね。髪の長さや色くらいのマイナーチェンジなら、簡単に出来るわよ」



「なるほど」



 ヒサコは短くなったテアの髪を指でいじった。そして、その視線はテアの胸部へ突き刺さる。渋い顔で、なにか難色を示しているようであった。



「な、なによ?」



「簡単に変えれるのなら、ついでに胸の大きさも変えておいて。それで見破られても面白くない」



「胸の大きさで見破るとか、おかしくない!?」



「少なくとも、私は目利きができるわよ」



「どんな目利きよ!?」



 相変わらず奇妙な特技をデフォで持っているなあと思いつつ、テアは言われるがままに胸の大きさも変えた。みるみるうちに萎んでいき、豊満なる曲線を描いていた衣服の胸元は真っ平になった。



「うむ、見事な断崖絶壁ね。リリンといい勝負ができるわ。よし、この姿の女神を“トウジンボウ”と名付けましょう」



「謝れ! 私と福井の人達に謝れ!」



「ふくい?」



「……ああ、そっか、福井に名前変わったのは、あなたのいた時代のもう少し後か。なら、越前国人衆に謝れ!」



「知らん」



 プイッとそっぽを向いてしまうヒサコ。テアはその横顔を見て、素直に可愛らしいと感じた。


 腕を組んで頬を膨らませる、そうした仕草も演技としてやっているのだろうが、付け焼刃にしてはなかなかいい見栄えだと素直に感心した。


 勝ち気でわがままなお嬢様、といった感じであろうか。


 なお、その頭の中では、家督簒奪というかなりドギツイ内容の企てがなされており、わがままお嬢様を遥か通り越して、完全に悪徳を重ねる奸智の令嬢であった。



「さて、トウ、これからのことなんだけど」



「結局、その名前、使わせるんですか!?」



「私もあなたも“一人二役”で通すのよ。ヒーサとテア、ヒサコとトウ、この組み合わせで基本的には行動する。互いが同一人物だとバレないように、気を付けながらね。それとも、まんまトウジンボウの方がよかったかしら?」


「……トウでいいです、はい」



 絶対おちょくっている、テアことトウにはそう思わずにはいられなかった。姿は違えど、ヒーサとヒサコは同じ心を持ち、その心は戦国の梟雄・松永久秀その人である。


 梟雄と称されるほどの苛烈な人生を駆け抜けた武将であり、その強さステータスに惹かれて女神は選んだのだ。


 もっとも、転生者プレイヤーキャラとしては操作性が最悪で、全然言うことを聞かないうえに、めちゃくちゃな行動を平然としてくるので、完全に持て余している状態であった。



「で、これからだけど、今日は街道沿いを中心に地形の把握といきましょう」



「待ち伏せ? それとも不意打ち?」



 もう女神トウは完全に投げやりになっていた。好きなようにやらせると約したことを、今ほど後悔したことはない。


「さて、それは調べてみてのお楽しみ~」


 そう言うと、ヒサコは着替えた服などの荷物を、馬に下げていた道具袋に詰め込んだ。ヒョイッと馬に跨り、女神を見下ろした。


「ほら、さっさと行くわよ。あまり遅くならないうちに、屋敷に帰らないといけないしね」


「はいはい」


 女神も同じく馬に跨り、ゆっくりと轡を並べて馬を走らせた。


 目の前には山林が広がり、そこを貫く街道を二人と二頭は進んでいった。

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