1-7 危ない診療所!? 若医者の魔の手が少女を襲う!(3)

 自分が一体何をしたのか、覚えていない。


 自分が一体何をされたのか、それも覚えていない。


 すでに記憶が飛んでいて、断片でしか覚えておらず、何がどうなったのか定かではないからだ。


 呆けた頭を必死で動かそうとするが、まるで錆び付いた歯車のように動かず嚙み合わない。


 今、リリンは簡素な寝台の上で裸体を晒し、喜びと悲しみの二枚の毛布に包まれている。


 喜びは、恋しい人に抱かれたから。


 悲しいのは、恋しい人が自分を好いてはいないから。


 そこはシガラ公爵の邸宅のはずれにある一軒の小屋。公爵家の次男ヒーサが営む診療所にある入院施設だ。


 入院施設と言っても小さなもので、寝台が二つあるだけの簡素なものだ。


 そのうちの一つに、リリンは身を投げていた。


 つい先程まで、その寝台の上でヒーサに抱かれていた。


 むしろ弄ばれていた、と言った方が適切かもしれない。


 そう、リリンは感じていた。


 初めて出会ったとき、一瞬で恋に落ちた。


 素敵な笑顔を振り撒き、気さくに声をかけてくれ、優しくて思いやりのある貴公子、お話の中だけの存在だと思っていたのが目の前に現れたのだ。


 公爵の邸宅で侍女として雇われた事、その幸運をこれほど感じた事はなかった。


 生まれて初めて抱いた淡い恋心、そして、下心。勇気を振り絞って思いの丈を告げ、それを貴公子は受け取ってくれた。


 先輩侍女であるテアより自分を選んでくれた、などと密やかな優越感もあった。


 だが、今はない。それらすべてが打ち砕かれたのだ。


 部屋に入るなり、リリンは寝台の上に放り投げられた。少し硬いクッションの感触を全身で感じながら、その身をヒーサに差し出した。


 これから何をされるのかはある程度理解していたが、自分がどうするべきなのかはよく分かっていなかった。


 まずは衣服を脱がねばと考え、エプロンを外し、服を脱いだ。


 改めてテアと比べて貧相な自分の体に対して嘆息したものだが、それでも目の前の貴公子はそれをよしとし、抱いてくれた。


 だが、目の前のヒーサは、その中身である松永久秀は甘い男ではなかった。


 争い、戦とは、似たようなレベルの相手でしか発生しない。圧倒的な力の差がある場合は、それは戦などではなく、懲罰、あるいは蹂躙と称されるものである。


 この部屋で繰り広げられた“床合戦”は、まさにそれであった。


 ヒーサの中身は、戦国の世を駆け抜けた七十の爺である。その間に培われた経験や知識を持ち、しかも『黄素妙論』という性技の奥義書まで習得していた。


 そのうえで、ヒーサという体を得た。


 七十の経験と、十七の体、言ってしまえば、“強くてニューゲーム”状態なのだ。


 一方のリリンはというと、ただの十五歳の娘に過ぎない。多少の知識があるだけで、この手の経験は一切なし。


 百戦錬磨の猛者と初陣の若者、ぶつかり合えばどうなるか、火を見るより明らかであった。


 貪られ、弄ばれ、何度も意識を飛ばされるも、その度に呼び戻された。


 いつまで続くのかと考えるが、抗う術を持たないリリンは、恐怖と悦楽の混じり合う渦の中をただただ待つしかなかった。


 そして、理解した。目の前の貴公子は、自分に対する一片の好意もなく、それどころか興味もないということを。


 言ってしまえば、籠の中から果実を無造作に掴んで口に運ぶ、それくらいにしか考えていない。


 たまたま目の前にあったから食べた、その程度なのだ。


 そして、リリンは蹂躙され、征服され、支配された。心は喜びから恐れへと色を変え、逆らうことも逃げることもできなくされた。


 そんなリリンの頭をヒーサは撫でてやり、そして、かけ布団を優しくかけた。



「その状態では仕事にならないな。リリン、今日はそのまま休んでおきなさい。侍女頭には私からそう伝えておこう」



 優しい言葉と笑顔は普段通りだ。だが、それは奥底にある怪物を潜ませておくため、表面上を糊塗しているに過ぎないことをリリンは知ってしまった。


 だが、知ったところでどうすることもできない。なぜなら、リリンはすでに恐怖によって支配されてしまっていたからだ。


 リリンはヒーサが部屋を出ていく後ろ姿をぼんやりと眺めながら、眠りについた。


 やっと終わったという安堵と疲労感を道標にして、儚い夢の世界へと旅立った。

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