1-3 初手暗殺!? 標的は誰だ!?(前編)

 シガラ公爵はカンバー王国内においては、王家を除けば三指に入るほどの有力者であり、内外に威勢を轟かせていた。


 広大な領地とそこからの収穫物、山々からは木々の恵みはもちろんのこと、鉱山からの収益もあり、巨大な財を築いていた。


 ちまたで“財の公爵”と呼ばれるほどに豊かであり、その資産は王家を凌ぐとさえ言われていた。


 それに裏打ちされた軍事力も有し、公爵家単独で五千近い動員力を持っていた。


 現当主のマイスは大貴族の家長でありながら物腰穏やかで礼儀正しく、誰からも一目置かれる誠実な人物であった。


 財や武力で押し切れる状況であろうとも、まず真摯に話し合うことを是とし、国王からも他の貴族からも信用の厚い人物で、その温和な人柄は皆から好かれていた。


 そして、次代を担う息子にも恵まれ、優秀な子が二人もいた。


 長男のセインは武芸に秀で、国内の馬上試合トーナメントでも優勝経験があるほどだ。


 その性格は実直かつ豪快で、それでいて気さくな人物であり、家中でも仕える騎士から召使に至るまで慕われており、次期当主として固まっていた。


 次男のヒーサは学者肌の人物で、若年ながらその知見には学者ですら舌を巻くほどであった。


 特に医術に秀でており、医大を史上最年少で飛び級卒業。十七歳の若さですでに医師免状を手にしていた。


 何も憂うものはない。次代も安泰だと、家中の面々は思っていた。


 だが、そこへ不穏な影が差し込む。なにしろ、その次男ヒーサの中身は戦国の梟雄“松永久秀”であり、女神テアニンに導かれ、紛れ込んでいたからだ。



「ヒーサ様、おはようございます」



「ああ、おはよう」



 屋敷の廊下を進むヒーサに道を譲り、侍女メイドが恭しく頭を下げた。


 侍女に返す挨拶の声は爽やかとしか言いようがなく、その笑顔もまた穏やかであり、差し込む朝日に金髪が煌めいて、ほのかに後光が射しているようにも見えた。


 金髪碧眼の好青年で、身長もそれなりに高く、性格は気遣いができて温和。そこから繰り出される挨拶やら声掛けは、文句のつけようのない立ち振る舞いであった。


 つい数分前まで、自室で侍女を一人、無理やり組み伏せて“事を致そう”としていた男には見えない完璧な演技であった。



(外面が完璧すぎる。【大徳の威】がきっちり機能しているってことよね)



 その組み伏せられていた侍女テアは、前を行くヒーサを見ながら複雑な心情に悩んでいた。


 テアは女神テアニンのこの世界における姿であり、ヒーサの専属侍女ということになっている。


 当然、ヒーサの中身は戦国の梟雄であることを知っており、あの無軌道な知略があらぬ方向に影響を出さないかと戦々恐々としていた。


 そして、目の前の好青年の皮をかぶった梟雄は、すでに手にしたスキルを使いこなしていた。


 手にしたスキルである【大徳の威】は三国志の劉玄徳の能力を模したスキルであり、魅力値に強力なブーストをかける効果がある。


 これを使えば、初対面の人間であろうが好印象を植え付け、誰とでも仲良くなれるというものであった。


 たとえ、中身が女神を手籠めにしようとする不埒な好色爺だとしても、人前では決してそれを出さず、穏やかな好青年の仮面を外すことはない。


 まさに完璧な演技であった。


 素を出すのは、あくまで秘密を共有している二人きりの時だけというわけだ。



「ねえ、ヒーサ」



「様をつけろ、馬鹿者。下手な演技でボロを出されて、困るのはこっちなのだからな」



 笑顔をこそ崩していないが、テアに対して不機嫌になっているのは間違いなさそうであった。やり損ねたというのもあるだろうが、それ以上に足を引っ張られるのを嫌がっているようであった。



「失礼しました、ヒーサ様」



「それでいい。……で?」



「状況の補足説明をしておきますと、ヒーサ様の家族構成は父と兄がいます。母はすでに他界。“設定”としましては、病弱な母の面倒を見るべく医者を志し、僅か十二歳で医大に入学。そして、十七歳で医学薬学を修め、史上最年少で医大を卒業して医者になった。ということです。それと、婚約者もいる設定ですので、“女遊び”は程々にお願いしますね」



 先ほどの一件に対して、きっちり釘を刺しておくのを忘れないテアであったが、目の前の男にそれが通じるかどうかは不明であった。



「そうか。説明ご苦労。では、父と兄とやらを始末すれば、この家はいただけるということか」



 さらりととんでもないことを口にした。あまりにも声が感情のブレがなく自然に飛び出したので、テアは最初はその意味を理解できず、なんとなしに「そうですね」と頷いて応じた。


 だが、言葉の意味を理解すると、途端に背筋に寒気が走った。あろうことか、異世界に転生して最初にやることが暗殺、それも身内への暗殺であったからだ。



「初手暗殺って、なんかおかしくない!?」



「魔王探索にこの世界に来ているのだろう? 財も人手も欲しい。ならば、いただくしかあるまい、この家を。次男という肩書では、待っていても家督が回ってくるというわけではないからな」



 そう、次男はあくまで長男の予備でしかないのだ。そして、この家の長男セインは武勇に秀でた健康体であり、病気で早死にというのも期待できそうになかった。


 ならば、父共々消すのが一番。それがヒーサこと松永久秀の結論であった。



「それにな、優秀な弟というのは、兄にとって脅威以外の何物でもないのだ。いつ取って代わられるか分らぬからな。あの信長うつけとて、弟を始末して家中の地固めをしたからな。それがたまたまこちらに回ってきたというだけの話だ。まあ、弟が兄を始末する逆の状況であるがな。だが、やらねば次へ進めぬのも事実であろう?」



「それはそうだけど……」



「そういう意味では、以前仕えていた三好家の長慶ながよし殿と実休じっきゅう殿は、稀なる優秀で協力し合えた稀有な兄弟であったな」



 なにやら懐かしそうに語るヒーサであったが、そうこうしているうちに食堂の前まで来たので、気持ちをササっと切り替えた。


 昔を懐かしむ呆けた顔では、周囲から怪訝に思われるし、父や兄に対して失礼だからだ。たとえ殺す相手であろうとも、物言わぬむくろになるまでは父であり兄である。


 隙を見せず、気取らせず、一撃で仕留める隙を探さなくてはならない。 


 それまでは、あくまで控えめで大人しい息子、あるいは弟を演じなくてはならない。


 ゆえに、食堂に入ると同時に、上座に座る父と思しき者に頭を下げた。その心の中にどす黒い野心を秘めて。

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