1-2 転生完了! まずは一発致し候!(後編)

「ダメだってば!」



 ジタバタもがくテアであったが、動く度に服がはだけていき、徐々に柔肌があらわになっていった。



「この状況で何もできないとなると、テア、“神”としての力を失っているな?」



「そ、それは……」



 テアは視線を逸らしたが、実際のところ当たっていた。神が降臨して奇跡を振りまくのは、“この世界”ではご法度なのだ。


 あくまで、転生者プレイヤーに任せることになっており、一緒に降りてきた神は手近に控えて観察し、多少の指示をするだけであった。


 そのため、無意識に術を使わないように、この世界に降臨した神は術が封じられる。正確には、術式封印の細工が施された人形に乗り移って活動しているのだ。


 使える術式は探知及び情報系の術式、緊急避難用の移送系術式くらいなものだ。


 はっきり言うと、神がチート能力持ちの転生者プレイヤーに襲われるということを全く想定していないのであった。



「なれば好都合。欲望も満たせて、ワシはスッキリ。新しい体の動作確認もできてなおよし。そして、お前は女としての喜びを知る」



「知りたくないから、放しなさい! 本当に放しなさいって!」



「なに、痛いのや怖いのは一時の事。すぐに女の喜びを知り、極楽浄土へと送られる」



 女神が転生直後に色んな意味で大ピンチを迎えるが、それに待ったがかかった。


 部屋の扉が開かれ、侍女メイドが一人、入ってきたのだ。



「ヒーサお坊ちゃま、おはようございます! 今日もいい朝で……すね」



 入ってきた侍女メイドは見てしまった。仕える家のお坊ちゃんが、同僚の侍女を寝台の上で組み伏せているところを。


 しかも服はすでにかなりの部分まで剥がされていて、あと少しで胸があらわになるところまできていた。



「え、えええええええ!? ヒーサお坊ちゃまとテア先輩って、そういう関係なんですか!?」



 ちなみに、テアは降臨した際に使える数少ない情報系の術式を用い、この家の侍女として何年も務めあげていることになっていた。


 そのため、この家の人間は初顔合わせであったとしても、すでに顔見知り、同僚、あるいは雇い主ということに記憶は改竄されていた。



「ち、ちが、ちょ、え、違う……」



「そうだよ」



 否定せずに即答。ヒーサの回答を聞き、入ってきた侍女は目を丸くして驚き、そして顔を赤くした。


 見た感じではまだ十代前半といったところであるが、二人が“ナニ”をしようとしているのかは理解しているようで、それゆえの赤面であった。



「し、失礼しました。私、邪魔ですよね!」



「ちょ、ま、たすけ」



「そうだ、邪魔しているぞ。すまぬが、席を外してくれ」



 ヒーサの言葉に確かに邪魔しては悪いと考え、侍女はあたふたしながら頭を下げた。



「では、ごゆっくり……、さ、されると困りますので、程々の時間で致してください! じきに朝食が出来上がりますので、食堂までお越しください! あ、これ、御着替えです! では!」



 侍女は持っていた服を置き去りにして、慌ただしく扉を閉めて部屋から出ていった。


 二人揃って扉を見つめ、しばしの沈黙の後、視線を合わせた。少しばかり気まずい雰囲気であったが、その程度で折れる乱世の梟雄ではなかった。



「では、時間も押しているようだし、早速一発致し……」



「致すかぁ!」



 テアは体ごと捻って寝台から強引に転げ落ち、ヒーサもまたそれに引っ張られる格好で落とされた。そのまま転がる勢いでテアはヒーサを投げ飛ばした。


 ヒーサは軽い身のこなしで上手く着地し、テアは息を荒げながら乱れた衣服を整えた。


「まったく……、油断も隙もあったもんじゃないわ。まさか、転生して一番にやることが、女神への襲撃だなんて!」



「違う違う。“動作確認”だと言ったであろうが」



「物は言い様ね!」



 テアは服を着直し、剥ぎ取られたエプロンも結び直して、身形を整えた。


 さすがに、お坊ちゃんの部屋に行った侍女が、服を乱して人前に出ようものなら“ナニ”があったと疑われても仕方がないからだ。



「無駄な努力ではあろうがな。先程の女子が言いふらせば、屋敷内に噂が拡散するであろうな」



「げ、外道め……。全く何がしたいのよ、あんたは!?」



「茶を飲んでのんびりしつつ、女遊びでもする」



「完全に御貴族様の放蕩息子じゃん、それじゃあ」



 実際、目の前の青年は公爵の次男坊である。そのルートを突き進むことも可能だ。


 テアとしては、そうなると本来の“魔王探索”が疎かになるので、なんとか修正しなくてはならなかったが。


 だが、ヒーサにはその気がないのか、テアを見ながらニヤニヤするだけであった。



(くそ、このままではろくな点が取れずに落第ものだわ。どうにかして、この好色外道ジジイを働かせないと)



 とりあえず、自分の身が危険にならないよう、そこだけは注意しておく必要があった。奇襲に騙し討ち、この男なら何をやって来てもおかしくない。



「まあ、朝のお遊戯はこれくらいにして、食堂とやらに行くか。“標的”の顔合わせに」



 ヒーサからまたしても不穏当な発言が飛び出したが、テアにはどうすることもできなかった。基本、この世界での降臨中の神は観察者や助言者であり、自ら力を奮うことができないからだ。


 そうこう考えを巡らせているうちに、ヒーサは寝巻きから普段着へと着替えていた。



「さて、では参ろうか、テア」



「は、はい、ヒーサお坊ちゃま」



「続きはまた後ほどな」



「お、御戯れを……」



「ワシはいつでも大真面目なのだがな」



 こうして、波乱に満ちた梟雄と女神の異世界生活が始まりを告げるのであった。


 この先何が待ち受けるのか、それは誰にも分からない。


 というより、分かりたくもないし、嫌な予感しかしない女神であった。

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