0-6 準備万端!? 梟雄、異世界へ飛ぶ!
目の前の老人、松永久秀は言った。
「悪役令嬢になる」
男の自分の真意を隠すため、女に化けて悪を成す。
スキル【性転換】を手に入れたとはいえ、はっきり言って、とんでもない発想であった。
「ヒサヒデ、あんた、よくそんな考えが思いつくわね」
「戦国ゆえ、致し方なし」
「“戦国”って言えば何でも許される魔法の言葉じゃないのよ!」
「それでも許されるのが、戦国乱世というものだ。最後に立っていた者が勝ちだ」
そう言うと久秀は歩き出し、自分の体となる若者の前に立った。金髪で眉目秀麗というべき整った容姿、その点では満足すべきであった。
あとは、身体能力がどの程度なのかというところであるが、こればかりは実際に動かしてみないと分からないことであった。
「女神よ、この体の“すぺっく”はどの程度だ?」
「基本的には中身の人間に合わせることになるわ。ただ、ヒサヒデは老人だったんだし、体だけ昔の状態に戻るって感じになるかしら」
「ほう、頭脳はそのままに、体は若返るのか。それはいい。女とまぐわるのも、いささか疲れるようになっていたからな」
「あんたはそれしかないんか、スケベ爺!」
「女を抱かぬようになると、男は途端に老け込むからな。健康のためにも、女は抱かねばならん」
きっぱりと言い切る久秀に、テアニンはため息しか出なかった。なにしろ、これからしばらくはこのスケベ爺と同行することになるのであるからだ。
「で、この体はどうやれば女体になるのだ?」
「今はまだ体と魂が連結してないけど、体に触れて『女になれ』と念じればいけるはずよ」
「そうかそうか。では……」
久秀は目の前の体の腹の辺りに手を触れ、そして、念じた。女になれ、と。
すると、すぐに体に変化が生じた。髪がブワッと伸びて背中の半ばまで届くほどの長い髪になり、乳房も膨らんだ。背丈は少しだけ縮み、
「おお、本当に女になったな。うむ、なかなかにそそられる容姿に体付きだ。“妹”でなければ、手籠めにしておったところよ」
「妹?」
「うむ。こやつは“久子”と名付けておく。松永久秀の双子の妹の久子、という設定にしておく」
「うっわ、安直なネーミング」
「分身体に奇をてらった名前なんぞ不要だ」
久秀は“久子”の出来栄えに満足し、ニヤリと笑った。
「さて、女神よ、これで劉玄徳の人徳と曲直瀬道三の医術を“いんすとおる”して、さらに性転換までできるようになった新生・松永久秀の出来上がりというわけだな」
「字面ぇ……」
「何を呆けておる。ワシを呼び出し、ワシに力を与え、仕事をさせようとしているのはおぬしだぞ」
「うん、そうね。あなたを選んだ事、思い切り後悔している。こんなめちゃくちゃな事になるなんて、スペックよりも性格を重視しておくべきだったわ」
高性能ではあるが、全然言うことを聞かないうえに、次に何をするか分からない危険性を孕んでいる。はっきり言って、部下にも、上司にも、同僚にもしたくない。つまり、できればお近付きになりたくない人物なのだ。
しかし、テアニンは選んでしまった。スペックの高さに惹かれ、他の項目に目もくれず、目の前の松永久秀という男を選んでしまった。
もうこうなっては仕方ない。腹をくくって、やり遂げるしかないのだ。
「まあ、ワシはワシのやり方でいき、ワシの計画を進めるとしよう」
「転生したら、何かやりたいことでもあるの?」
「茶でも飲みながら、のんびりしたい」
「随分と大人しい願い事ね」
野心溢れる男にしてはささやかに過ぎるとテアニンは感じたが、途端に口を噤んだ。久秀から鋭い視線をぶつけられたからだ。
「おぬしには分かるまい。ワシがおったのは切った張ったの戦国乱世。裏切り、騙し、殺し合う下剋上の世界であった。その世界にあって、“のんびり茶を飲める”時間がどれほど貴重であったのかをな」
「ヒサヒデ……」
すさんだ世に生きてきたからこそ、心身ともにすさんだ男になってしまったのかもしれない。テアニンはそう考えを改めた。
もし、平和な時代に生まれていたのなら、本当に風流を愛でる文化人として名を残していたのかもしれない。
そして、これから転生する世界で、かつての成し得なかった平和な世界での暮らし、それが実現できるかもしれないのだ。
「安心せい。仕事はする。ワシのやり方でな。こんな楽しい余興に呼ばれたのだ。囃して盛り上げねば、数奇者としての名が廃るというものよ」
「そう……、ね。うん、これからよろしく頼むわよ、ヒサヒデ」
「おぬしの合格点を稼ぐためにな」
「えへへ。いっぱしの女神になったら、あなたを私の世界の正式な住人にしてあげるからね」
癖は強いが、優秀なのは間違いない。ならば、その癖の強さを扱いきってこそ、女神として箔が付くというものだ。Cランクの人物なら、このくらいの面倒な状況に追い込まれて当然だ。
そう、これは一種の縛りプレイ。難易度を上げて挑むやり方だ。
始める前からくじけるな。やり切るつもりで知恵を絞れ。そうテアニンは自分に言い聞かせた。
「ところで、女神よ。転生先でのワシの身分はどうなっておるのか? 身を置く場所や身分によって、動ける範囲に差が出てくるぞ」
「それは完全にランダム。転生してみないと分からない事になってるわ。でも、低ランクほどいい場所に落ちるように調整されているから、多分良さげな所にいけると思うわ。落ちた先が農民とかじゃ、村から出るのすら大変だからね」
「そうでもないぞ。登る奴は、登って来るものよ」
そう、あの燃え盛る信貴山の城、天守閣より見下ろした場所にあの男が立っていた。
あの“サル”は元々は農民。己の才覚と運気によって、軍団長にまで登り詰めたのだ。
しかも、まだ登れる余地もあったし、さらなる高みへと行ったかもしれない。
才ある者が登っていけるのが乱世というものだ。
逆に固定化されて登りにくいのが平和な世だ。なにしろ、無能が悪徳とされないからだ。
乱世にあっては無能などは、とっとと排除されるのが常だ。
「では、とっととやってくれ。松永弾正久秀の異世界転生、始めよう」
「了解。んじゃ、行きましょうか、異世界カメリアに」
テアニンは久秀の手を掴み、そして、目を閉じて意識を集中させた。
「見習い女神テアニンの名において命じる。世界よ、世界よ、世界よ、道を開けよ。扉を開けよ。我、松永久秀と共に世界を超えるなり。いざ、飛べ。いざ、羽ばたけ。行く先はカメリアなり!」
複雑な文様が地面を埋め尽くし、光の柱が天に向かって飛んでいった。そして、飛んだ。女神が、梟雄が、分身体が、ついでにステンレス鍋が、異世界カメリアへと飛んでいった。
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