0-5 悪役令嬢爆誕! 松永久秀、女になる!

 先行き不安な状況に戦慄しつつも、テアニンとしては話を進める以外に道はなかった。



「んじゃ、ヒサヒデ、もう一枚引いちゃってください」



「うむ。では、参ろうか」



 久秀は差し出された箱の穴に手を突っ込み、ゴソゴソと引き出すカードを選んだ。



(どうか、妙なカードを引きませんように)



 そう思うテアニンをよそに、ヒサヒデはスッとカードを引いた。


 白地に輝きのないカード。ハズレかな、と思いつつ久秀はカードを見つめると、そこには『もう一回遊べるドン!』と書かれていた。



「なんだこれは?」



 意味が分からず、久秀は首を傾げた。しかし、テアニンの方は目を丸くして驚いていた。



「ここでそれを引く!? ここで!? どういう剛運なのよ、ヒサヒデ、あんたは!」



「よく分からんが、いいカードなのか。ふふ、ワシ自身の人徳が怖い。廬舎那仏るしゃなぶつ毘沙門天びしゃもんてん薬師如来やくしにょらいの加護のおかげか」



「増やすな! 微妙に巻き込む仏を増やすな!」



 やりたい放題のこの男をどうにかしたい、そうテアニンは強く思うのであった。



「で、このカードの効果は?」



「もう一回カードを引き直す権限が貰えるの。手にしたカードをそのままに。つまりね、ヒサヒデ、あなたはスキルカードを三枚持って行けるってこと。まさか、ランダム限定カードまで引き当てるなんて思わなかったわよ!」



 実際、ランダム限定カードを引く可能性はかなり低い。おおよそ、万分の一の確率だ。それを引き当てたのだから、大したものであった。



「ふむ……。では、もう一度始めから二枚を選び直せる、ということか?」



「ええ、その通りよ」



「では、ランダム解除。二十枚からの選別に切り替える」



「んな!?」



「当然であろう。ワシにとっては強力極まるカードが手に入った。ならば、それを強化する方向でカード選びをした方が良い。そうなると、ランダムで引くより、二十枚から選別した方が賢い判断。そうは思わんか?」



 一点強化を狙うのであれば、ランダムで引くよりも二十枚選別の方がいいカードが出る可能性はある。



(こいつ、本当に抜け目がないと言うか、どこまでも効率的というか……。もしこれで【透明化】なんてスキルでも引こうもんなら、暗殺者アサシンとして手が付けられなくなるわよ)



 どうか出ませんようにと思いつつ、箱をブンブン振り回し、そして横っ腹を叩いた。ブワッとカードが箱から二十枚飛び出した。


 そして、またしても虹色のカードが混じっていた。ただし、今回は一枚だけであったが。



「なんでまた、Sランクが入ってるのよ!」



「廬舎那仏と毘沙門天と薬師如来の加護が」



「もういいから! 分かったから黙ってて!」



 本当に御三方が加護を与えているのかと思うほどの剛運である。


 しかし、その虹色のカードの中身を覗いたとき、テアニンはプフ~ッ噴き出してしまった。なぜなら、そのカードは絶対に久秀が扱えないスキルであったからだ。



「こりゃ傑作! いいカード引けても、使い物にならなきゃ意味ないわね~」



「ええっと、【大徳の威】か。三国時代の劉玄徳の力だな」



「そう。魅力値にとんでもないブーストが入って、人々を惹きつける力を得られるわ。でもさ、札の端っこの方を見て」



 テアニンが指さすカードの端には“B”と“×”が重なって書かれていた。先程手に入れた【本草学を極めし者】の札にはなかった印だ。



「この印はなんだ?」



「これはブレイクカードの印。まあ、平たく言うと、カードに書かれた事に反する行動を取り続けると、カードが壊れてスキルが失われるってこと」



「なるほど。つまり、【大徳の威】であれば、普段から徳のある行動を心掛けねばならず、悪行を重ねて悪名を轟かせればご破算になる、という事か」



「そうそう」



 テアニンはニヤニヤ笑いながら頷いた。どうあがいても、目の前の男には似つかわしくなく、扱いきれないスキルであったからだ。


 ざまあみろ、と叫びたくなるくらいに笑った。



「まあ、強力な組み合わせではあるわね。どこにでも呼び出される医者に、大徳の力まで上乗せされたら、どこへ行こうにも顔パスみたいになるんじゃないかな。でも、使えないんじゃ仕方がないわよね。裏の顔で暗殺者やってますは、無理筋もいいところよ。バレた瞬間に即ブレイク! てなるのがオチでしょうしね」



「では、これを選択しよう」



「話聞いてる!?」



 絶対潰れると言っているのに、あえて選ぶ暴挙。ますます目の前の男の事が分からなくなってきた。



「何を言うか。お前自身、言ったではないか。バレたらブレイク、と。ならば、話は簡単なこと。バレなければ、悪名には結びつかんということだ」



「そこで“悪行を積まない”って選択肢は出ないの!?」



「出ない」



 きっぱりと言い切る久秀に、テアニンは強烈な脱力感に襲われた。このままあっちの世界に飛んだら、どんな悪行三昧な日々を送る事か、考えただけでも冷や汗ものである。


 しかも、自分はその側にいなくてはならないから、その“悪行”の数々を見せつけられる事を意味していた。


 どうにかしてこの男を真人間にできないものか、テアニンは本気で考え始めた。



「一応確認しておくが、あちらの世界において、善行悪行の判断は誰がするのだ?」



業値カルマは現地民の反応が判断材料になったはずよ」



「では、やり様はいくらでもある。もし、天から見張られていれば、どうあがいたとしても目撃されて、悪行と判断されればおしまいであるからな。“人間”ならば、騙しや誤魔化しは可能だ」



「暗殺に加えて、騙し討ちとか、詐欺まで、全部やる気だわ」



「戦国の作法ゆえ、致し方なし」



 さも当然と言わんばかりの久秀の態度に、テアニンは益々不安になってきた。



「しかし、念には念を入れて、“保険”を用意しておこうと思う。これを使ってな」



 久秀は周囲に浮かんでいたカードの内、銀色に輝いてカードを手に取った。銀色の輝きはBランクの色であった。


 どんなカードを選んだかとテアニンが覗き込むと、カードには【性転換】と書かれていた。



「また意外な選択を」



「残りのカードを見回すと、恐らくこれが一番有用なはず。効果を説明しろ」



「文字通り、性別を入れ替えれるスキルよ。手鏡でテクマクマヤコンとかする必要もないし、『変・身!』とか叫びながらジャンプしてベルトをグルグルする必要もないし、水とかお湯とかぶっかける必要もない。念じればもののニ、三秒で男女の入れ替えができるわ。ただし、変身しているところを見られていると効果がないから、人目のない所でっていう制限はあるけど」



「ほほう、念じるだけで入れ替われるか。思った以上に高性能だな。だが、それならこれを選んで間違いなさそうだ」



 久秀は【性転換】のカードに加え、すでに手に入れていた【本草学を極めし者】と【大徳の威】のカードも握り、三枚の札をまだ持っていたステンレス鍋に入れて、テアニンに見せつけた。



「女神よ、これがワシの選択だ」



「すんごいチョイスだわ。運も絡んでくるけど、ここまで尖ったスキル編成は見たことないわ。特に、戦闘系のスキルを一切取らなかったのは初めてかも」



 何度となくやって来た転生とスキル授与の流れであるが、目の前の男以上に変わった者などいなかった。本当に変わり者なのだ。



「ちなみに、【性転換】はどう使うつもり」



「言ってしまえば“すけえぷごおと”と言うやつよ」



身代わりスケープゴート……。つまり、悪事は全部、“女”にやらせると」



「うむ、その通り」



 久秀はコクリと頷き、そして、視線を自身の体となる少年に向けた。


 二人から少し離れた場所に立っているそれは、程よく引き締まってスラリとした体付きをしており、金髪碧眼の好青年。異世界での久秀の体となるのであった。



「まず、あれを表の顔とする。徳のある医者として振舞い、皆の信頼を勝ち得る。で、暗殺すべき者が見つかり次第、女に変身して標的を始末する」



「つまり、自分は善人として良いとこ取りしつつ、悪名は女性体に押し付ける、と」



「そうだ。話が早くて助かる。女の自分は悪役を演じてもらう。大徳の医師、その闇を覆い隠すとばりとしてな」



「あ、悪役令嬢!? あなた自身が!?」



 控えめに言っても、外道の発想であった。あまりにぶっ飛んだ発想に、テアニンとしては、開いた口が塞がらない状態となった。

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