0-4 ありがとう道三! おぬしの力はワシが貰い受ける!

 しかし、テアニンとしては悩ましいことでもあった。


 誰よりも真っ直ぐであるがゆえに、歪んでいる男・松永久秀。


 この扱いにくい相手をパートナーとし、魔王を見つけ出さねばならないのだから。



「まあ、気に入らないってのなら仕方ないわ。もう一回引き直す?」



「無論。ところで、その箱の隅にある出っ張りはなんだ?」



「ああ、これ? “ランダムキャッチ”のボタンね」



「らんだむきゃっち、とはなんでござるかな? 先程のいんすとおるでは、頭の中に入っておらんぞ」



「まあ、この世界限定のやつだしね。えっとね、通常のやり方だと、飛び出した二十枚から二枚選択する方式だけど、ランダムキャッチだと、箱の中に直接手を突っ込んで、直接札を取り出すやり方になるわ」



 説明を聞き、久秀は首を傾げた。



「それでは利点がないのではないか? 二十枚から二枚選ぶのと、無数の札から二枚選ぶのでは、札が見えていない分、後者が不利だ」



「まあ、そうなんだけど、代わりにランダムキャッチでないと手に入らない札がある」



「ほう……」



「あんまり強力過ぎて、扱いきれない札ってのがあるのよね。そういうのは箱から出てこない。さっきあなたが言ってた【覇王】もその中に入ってるし、他にも【雷光】とか【白い死神】とか【光武】とかね。あなたの出身国だと、【鎮西八郎】かな」



 などと説明しているうちに、久秀はその出っ張りをポチッと押し、箱の穴に手を突っ込んだ。



「思い切りいいな、おい!」



「悩んでいても仕方あるまい。即断即決こそ、重要なのだ。どうせ死んだ身の上ならば、思い切りよくいかねばどうするのいうのか」



 ごそごそ箱の中身を探り、そして、まずは一枚引っ張り出した。札の色は金色。つまりAランクだ。



「ありゃりゃ、残念。まあ、ランダムでAランク引けただけでも御の字じゃない?」



「いや、大当たりだ。クックッ、はっきり言って、先程の“えすらんく”とやらより有用だ」



 満面の笑みを浮かべる久秀。何を引いたのかとテアニンは札を覗き込むと、そこには【本草学を極めし者】と書かれていた。



「ああ、それね。効能は植物学やら薬学の知識が手に入り、薬の調合までバッチリできるようになる札ね。確か、曲直瀬道三まなせどうさんってお医者さんの能力だったかな」



「やはり、曲直瀬殿の能力であったか」



「あら、お知り合い?」



「ああ。京に住んでおった頃、ワシは“二人の道三”の世話になっておってな。一人は油屋の店主で、ワシはそこの店員を務めておった。そして、近所に住んでいた曲直瀬殿には、調子が悪いときに世話になっておった。懐かしいのう」



 今でも思い浮かぶ当時の“二人の道三”の顔を思い浮かべながら、久秀は懐かし気に語り始めた。



「あの頃は楽しかったな。酒を飲んでは店主の道三とは国盗りについて語り合ったものよ」



「京の油屋で道三……、えっと、美濃の長井規秀ながいのりひでのこと?」



「そうだ。何年かあの店におったが、それはそれは楽しい日々であったわ」



 テアニンは何となくその光景を想像してみた。


 暖簾のれんをくぐってお店に入ると、松永久秀が「いらっしゃいませ」と笑顔でお出迎えし、その奥から店主の斎藤道三が「ようこそお越しくださいました」とこれまた笑顔でお出迎え。


 想像するだけで、なんだか寒気がしてきた。



「それ、本当に油屋!? 絶対、なんか怪しい物、商ってない!?」



「フッフッフッ、“裏めにゅう”なるものもあったぞ」



「うわぁ……。京の都って怖い」



 本気か冗談か分からなかったが、とにかく、この話題はおしまいにしようと次に振った。



「で、もう一人の道三にも世話になったって?」



「うむ。医者の方の道三には色々と健康法を学んだ。それと『黄素妙論』という性技の奥義書を伝授されてな。フフフ……、それを用いて、女をヒイヒイ言わせたものだ。なんなら、おぬしも試してみるか?」



「いえ、私は結構」



 テアニンはきっぱりと断った。神と人間の色恋沙汰は厄介事にしかならない事を、テアニンはゼウスという大先輩の神から学んでいた。


 なにより、“二人の道三”が目の前の規格外の男に少なからず影響を与えたことも理解した。そして、それをどうにかしないと、絶対に面倒事になるということも同時に理解した。



「まあ、でも、そのスキルは利用価値が高いわね」



「ほう、おぬしにもこのスキルの有用性が分かるか?」



「もちろん。要は医者や薬師になれるってことだからね。医術、薬学なんてどこの階層、どの種族にも必須の存在。丁重に扱われ、どこにでも紛れ込みやすくなる。どこかに潜んでいる“魔王”を探す上で、どこにでも入りやすいってのはいいと思うわ」



「何を素っ頓狂な事を言っとる。毒薬作り放題、暗殺し放題ではないか」



 両者の認識の間に、凄まじい深さの溝が現れた。それはもはや天地ほどの乖離と言ってもいい。



「……ん?」



「……ん?」



「いや、ほら、毒殺ってあんた」



「誰にでも近づけて、薬を処方しても怪しまれない。医者と暗殺者は相性がいいのだぞ」



「いやいやいやいやいや」



 間違ってはいないが、こうもあからさまに言われてはさすがに反応に困る内容であった。



「なあ、女神よ、仕事の内容は“魔王”を探すことだな?」



「え、あ、う、うん。その通りよ」



「ならば、それっぽい奴を片っ端から一服盛っていけばよい。死ねば人間、死なねば魔王」



「ちょっとちょっとちょっと!」



 何か聞いてはならない話が耳に飛び込んできたようなので、テアニンは大慌てでそれを止めに入った。



「それに、先程、おぬしは言っておったな。ワシの“すてえたす”にはすでに“築城”と“暗殺”に関する技能が初期配置されておると」



「え、う、うん。確かに」



「ならば、この札が最上の組み合わせ。暗殺+医術、これで魔王を探す。危うくなったら、自作の城に逃げ込もう。どうだ、これならば申し分なかろう?」



「ええ……」



 最早、言葉も出なかった。何しろ、目の前の全裸男は、探索と殺害を同列で語っているのだ。今まで散々奇妙な人間とも組んだりもしたが、その経験すら霞んでしまうほどの状況であった。



「ヒサヒデ、あなた、それじゃ、無実の人まで死んじゃうじゃない! それでいいの!?」



「ワシに疑われる方が悪い。疑わしきは始末しろが、戦国の鉄則だぞ」



「あっちの世界に、戦国乱世の思想を持ち込まないで! 仮想現実な世界だけど、あんまり突飛な行動はどっかに影響出かねないから、絶対にやめてよね!」



「断る」



 女神の嘆願を突っぱねて、久秀は腕を組んで堂々を居直った。



「あんたねぇ……、人を殺すのがそんなに楽しいの!?」



「バカを申すな。ワシは一度たりとて、楽しいから人を殺めるなどという事をした覚えはないぞ」



「じゃあ、なんでそんなにあっさりと殺すなんて言えるのよ!?」



「必要だから。何より、らねば、られるからだ。当然であろう?」



 テアニンは恐怖した。戦国期の日本人は大なり小なり頭がおかしいとは聞いていたが、ここまでイッているとは考えもしていなかったからだ。


 それとも、目の前の松永久秀なる人物だけが、特別にぶっ飛んでいるのだろうか?


 そう思わずにはいられない女神であった。



「それになあ、女神よ、おぬしはわしの流儀ややり方を通す事を認めたではないか。約を違える事は認められんぞ」



 そう、テアニンはその点については久秀に一任していた。魔王を探す方法は自由にさせる、と。



(やっば、なんて言うか、私、人選間違えた?)



 最早取り返しのつかないところまで来てしまった。とんでもない人に仕事を依頼し、とんでもないスキルを与えることになった。


 認めた以上、修正は効かない。


 今は試験中なのだ。見習いが正式な女神になるための。最初に人選で大チョンボをしてしまうなど、その後の点数が絶望的な状況になりかねない。


 とにかく、できうる限り、目の前の男が暴走しないよう努めねばならなかった。どうかバカバカしい事になりませんようにと、テアニンは“神”に祈るより他なかった。

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