0-3 スキルカード! これが異世界での能力です!

 久秀とテアニンは一頻ひとしきり暴れた後、ようやく落ち着くことができた。


 久秀は愛器・平蜘蛛が理不尽極まる理由で捨てられたことを、テアニンはいきなり殴られたことを、それぞれ納得してなかったが、話が進まなかったので一旦は横に置いておくことにした。



「さて、んじゃ、カメリアに旅立つ前に、“スキルカード”を渡しましょうか」



「すきるかあど?」



 聞きなれぬ南蛮語の登場に久秀は首を傾げた。そして、テアニンはニヤニヤ笑った。なにしろ、転生システムの醍醐味の一つであり、これを説明している時こそ、女神っぽさが出る至福の瞬間であるからだ。



「ああ、そうだわ。スキルカードの説明前に、これ、握っといて」



 そう言うと、テアニンは一冊の分厚い本と取り出した。なにやら訳の分かない字で書かれていたため、久秀にはその表題を読むことができなかった。



「これは『知識の泉』と呼ばれる本で、これを掴んだ者は、これから行く世界に必要な知識が手に入るわ。現地の言葉での会話、読み書き、基礎的な知識、それが頭の中に流れ込む」



「それはなんとも便利な」



 何の躊躇いもなく久秀は本を掴んだ。


 すると、本が輝き出し、パラパラとページがめくられていった。その都度、文字が飛び出しては久秀の頭の中へと飛び込んでいき、そして、また閉じた。



「これで意思疎通には不自由しなくなるはずだけど……、どう?」



「すきるかあど、とは技の名前が書かれた呪符のような札であり、それを取り込むとそれに書かれた効能を得られる魔術的要素の札である」



「そうそう。うっし、インストールは大丈夫みたいね」



「見習い女神テアニン、性格は穏当に見えつつ、その実お調子者で抜けが多い。身長は五尺四寸……、っと尺貫法は駄目だな。身長は162センチ、体重は54キロ、すりいさいずは上から88・58・87である、と」



「余計な知識は仕入れんでいいし、口に出して言わないの! 調整ミスってない、この本」



 テアニンはぶつくさ言いつつ、本をどこかへしまい込んだ。


 それからテアニンがパチンの指を鳴らすと、周囲に無数の“札”が現れた。様々な色の輝きを放ち、見ているだけで中々に艶やかであった。



「これが“すきるかあど”か」



「そう。このカードには様々な効能が書かれていて、それを自分の能力に上乗せできるの。こっちで用意したものから、あなたの世界の偉人の能力まで、色々と取り揃えているわ。このカードもSからEまでの六段階で分けられている。で、そこから“二枚”持って、あっちの世界に行けるわよ」



 そう言うと、テアニンはどこからともなく穴の開いた箱を取り出し、それを頭の上に掲げた。すると、飛び交っていたカードがその穴に吸い込まれた。



「札の枚数と、箱の容量が合っておらんな」



「細かいことは気にしないの。んじゃ早速、チュートリアル的なお試しシャッフル参りましょうか!」



 テアニンはブンブン箱を振り回し始めた。



「いい? カードは無数にあるけど、持って行けるのは基本二枚だけ。この箱から二十枚取り出して、その中から二枚選んでいいわよ。……てい!」



 箱の横をポンと叩くと、札が飛び出してきた。その数合計二十枚。これまた様々な色を纏った札であり、中には虹色に輝く者が混じっていた。それも三枚。


 それを見たテアニンは目を丸くして驚いた。そして、叫んだ。



「なんでSランクが三枚も混じってるのよ! 確率千分の一以下のはずよ!?」



「なんだか分からんが、ワシの日頃の行いの良さが出たのであろうな。なにしろワシには廬舎那仏るしゃなぶつ毘沙門天びしゃもんてんの加護が付いておるから」



「東大寺と朝護孫子寺に怒られろ!」



 にやける久秀にテアニンは叫んだが、ニヤニヤ返されるだけなので、話を続けることにした。



「じゃあ、こっから二枚選んでいいわよ。まあ、チュートリアルだから気に入ったのがなければ、もう一回引き直してもいいけど。もっとも、Sランク三枚出ちゃってるから、これよりいい組み合わせが出るとは思わないけど」



 実際、Sランクが三枚も並ぶことなどまずありえないのだ。良くて一枚、悪くするとAが一番上などということもままある。B以下ばかりすら見慣れた光景であった。それが三枚同時にSランクが出るなど、異常事態も異常事態なのだ。


 そんな落ち着かないテアニンを後目に、久秀は飛び出した二十枚の札をじっくり眺め、そして、言い放った。



「不要だな。引き直すぞ」



「はぁ!?」



 呆けた顔でテアニンから間の抜けた声が漏れだした。なにしろ、折角出てきた虹色の札をいらないと豪語したからだ。



「ちょっと待ちなさい! Sランクの輝きが見えないの!? 滅多に手に入る能力じゃないのよ!?」



「だが、ワシには不要だ」



「んなわけあるか! これ、これなんか、絶対使えるって!」



 テアニンは虹色の札を一枚掴み、それを久秀の顔に押し当てた。なお、その札には【剣聖の閃き】と書かれていた。



「これ! 剣聖・上泉信綱かみいずみのぶつなの力が手に入るわよ! これさえあれば、どんな奴だってバッタバッタとぶっ倒せるわよ!」



「愚かな。個人の武勇など高が知れている」



 久秀は札をビリリと破り捨て、紙吹雪のごとく散らせてしまった。



「ぬおおおおお! なんつうことを!」



 テアニンは這いつくばって散らばった札の欠片をかき集めた。



「昔な、剣の腕前にイキっておったバカ将軍を一人、始末したことがある。確かに剣の腕前は大したものであったし、持っている刀の数々も業物わざものであった。だが、殺された。普通の刀を持った、普通の兵士にな。腕利きの剣豪と言えど、数の前では無力なものよ。ゆえに不要と言ったのだ。もし、個人の力うんぬんを語るのであれば、唐土もろこしの項羽でも連れてくることだな」



 そして、あたふたするテアニンの頭に改めてまだ持っていたステンレス鍋をゴツンとお見舞いした。これまた完全な不意打ちになり、テアニンは顔面から地面に倒れた。



「だから、それは止めなさいって! 鍋は武器じゃないのよ!」



「仕方あるまい。現在のワシの装備はマッパに鍋なのだからな。鍋一つで武器防具を補わねばならん状態なのだ」



「あっちの世界に飛ぶときには相応の装備を渡すから、それまで我慢なさい!」



 テアニンは殴られた頭を擦りながら、別の虹色の札を掴んだ。



「ほら! これだって強力な上に汎用性も高いわよ!」



「【遁甲天書とんこうてんしょ】か。三国時代の軍師・諸葛孔明が吹くはずのない風を吹かせ、敵陣を焼き払った術」



「そう! 風雨を操り、雷を落とす術が使えるようになるわよ! 人間が手にしていい限界に近い能力と言ってもいいわ!」



「だが、不要だ」



 再び久秀はビリリと札を破り捨てた。



「ぬおおおおお! なんつうことを!」



 またしても紙吹雪と化した札をテアニンはせっせとかき集めたが、またしてもその頭上に鍋が振り下ろされた。再びゴチンッといいと共に脳天に直撃し、テアニンは頭を抱えながら転げ回った。



「愉快な女神よな」



「くぅ……。だから、それ、止めなさいって! 鍋が変形するわよ!」



「ちょっと歪んでいるくらいが丁度いい。使い古している感が出て、渋みが増してくる。もっとも、こうテカテカ光っているようでは、まだまだだがな」



「歪んでるのは、鍋じゃなくて、あんたの性格でしょ」



 どこまでも我を通してこちらの言うことなどどこ吹く風と言わんばかりの態度に、テアニンも徐々に慣れてきた。やはりこの操りにくさこそ、低ランクの証なのだと。



「【遁甲天書】、天候を操る術であるが、それはよくない。シトシトと降り注ぐ雨、サッと吹き抜ける一陣の風、その自然の機微を感じることが風情なのだ。その雨風が自分の意識の中に取り込まれておると分かると、途端に萎える。風情も趣きもあったものではない。成り行き任せの自然体、意のままにならぬからこそ世界は美しいのだ」



「うっわ、柄にないことを。切った張ったの戦国武将が、一端に文化人気取りとか」



「ワシはそもそも、京に住まう都人だぞ。雅な空気を吸って育ってきたのだ。尾張の田舎で育った信長うつけとは、上辺だけ取り繕っているあの田舎侍とは、根本的に違う」



 久秀は先程までぞんざいに扱っていたステンレス鍋を、今度は愛おしく撫で回した。



「そう、世界は美しいのだ。指先に留まる一匹の虫にすら愛おしく感じるほどにな。詫び寂びか、同門の与四郎がいつも言っておったわ。ふん、あやつもあやつで信長うつけに取り入りおってからに、変わってしまうものなのか…」



「なお、詫び寂びを説く男は今現在、全裸マッパである」



「やかましいわ!」



 雰囲気をぶち壊しにされ、久秀は再び鍋を振り下ろしたが、今度はがっちり受け止められた。再び、鍋を挟んでの鍔迫り合いである。



「だったら、さっさと服寄こせよ!」



「そんな全裸のあなたにぴったりの札でしょ、最後の一枚!」



「【万人仏性】、釈迦の教えか。そういえば、釈迦も全裸で修行しておったそうだな」



 久秀は最後の一枚を手に取り、そして案の定、破り捨てた。



「釈迦の教えがどれほど素晴らしいものであろうと、その弟子達がどのような振る舞いをしてきたか、ワシは見てきたからな。釈迦自身、教えの変質を否定はしておらん。時代や地域によって、どうあがこうとも変わってしまうのだからな。だが、日ノ本の釈迦の弟子達は余りに歪ませ過ぎた」



「まあ、確かにね」



「仏の教えだなんだといっては傲岸に振舞い、果ては酒を飲み、肉を喰らい、女を抱いて、人を殺める。戒も何もあったものではない。お経が読める以外は、武士と何ら変わらぬ。叡山を焼き、長島で撫で斬りにし、石山を締め上げる。この点だけはワシも信長うつけのやり様を認めている。ワシはあんな歪んだ教えを説くつもりはない。ワシはあくまでワシ一人。教え説くことなど、何一つない」



 怒りとも悲しみともとれる久秀の表情に、テアニンはその心情を悟った。



(そうか。このヒサヒデという男、歪んでいるんじゃない。誰よりも真っすぐなんだ。どこまで行っても自分中心、自分本位。自分がやりたい事をそのままやってしまう。だから周囲には却って歪んで見えるし、狂っている様にも見えるんだ)



 曲げない曲がらないからこその扱いにくさ。これが自分が偶然見つけて手に取った“松永久秀”という男なのかと感じ入った。

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