第3話 未来は自分で開拓するしかない 

 吉崎は答えた。

「風俗に身を堕とすとはよくいったものだ。

 しかし、悪質ホストのお定まり文句

『僕は風俗という職業に偏見はないよ。

 職業に貴賤なしというじゃないか。いや、むしろ僕の為に風俗までしてくれる君には感謝するよ。一年後、結婚しよう』などというが、それはもちろん大嘘。

 風俗から上がった途端

『君と僕とはなんとなく違う。結婚しても離婚するのがオチ。だから別々の道を生きていこう』なんて別れ話を持ち出すんだよね」

 私とまさ恵おばさんは、同時に言った。

「典型的な男の騙し文句ね。女を金ヅルとしかみていない証拠よ」

 吉崎はまさ恵おばさんの目をじっと見つめて言った。

「まさ恵おばさんも知っている通り、僕は根っからのワルではない。いや、金の為に女性を売るなんてことは、僕には到底できなかった。

 でも女性を売ったワル男はこう抜かしやがったんだ。

『僕はこの薄汚れた世の中を、この手で握りつぶしてやる。

 僕は正義のヒロインになるべきだ。しかしその為には女の犠牲が必要である』だとワケのわからん理屈をこねあがった。

 罪責感のあまり、頭がおかしくなってしまったに違いないよ。

 だいたいその悪質ホストは、女性客が来店もしていないのに、なんとLINEで勝手に八十万円もするシャンパンを卸したことにしているんだ。

 これを遠隔シャンパンと言っているがね。

 まあ、電話と違ってLINEに証拠が残るのがせめてもの救いだがね。

 そして、女性客が断ると店ぐるみになって、取り立て屋が詰め寄り髪の毛を切られたらしいよ。

 ホストクラブによっては、すでに反社と関係しているところもあるしね」

 昔ならメールだが、今はLINEか。

 しかしそれで女性客の許可もなしに、八十万円も売掛金をさせるとは言語道断である。

 まあ誰でも反社と関係すると、金を要求され、挙句のはてに恐喝を働くというのは、昔からある周知の事実であるが。

 私は思わず沈黙したが、そこはスナック勤めのつねであり、なんとか言葉を返した。いや、むしろこういうときこそ、気のきいたトークで周りを和ませることが必要である。

「人は罪責感に悩まされると、精神が病んでいく。そして元の世界には戻れなくなってしまう。悪党はその心理状態を利用して

『どうせ一度無くした良心だ。良心など捨ててしまえ』

と、悪の世界へと引導していくのよね。

 もう絶望、地獄行きまっしぐら」

 吉崎とまさ恵は、興味津々で私を話に耳を傾けてくれた。

「このことは私の持論だけどね、人との出会いはXYZだと思うの。

 Xの字のように、お互いが点として交わり、Yの字のように、点としてしばらくの間、交わったあと、別々の道をいくのが通例のパターン。

 しかしそのあと、Zの字のように別々の道を平行線のように歩んだ二人に、なんらかの共通点があれば、それが接点として交わるときが訪れるかもしれないわね」

 吉崎は答えた。

「ホストとの出会いによって、ひととき楽しい時間を過ごし、それがストレス解消になるケースばかりだと、ホストは善とみられる。

 しかし、女性がホスト狂になったとたんに、ホストは悪の根源のように見られる。まあ、ホストも女性客の売掛金の肩代わりをするんだから、どうしても悪の方向にいってしまうのが常だけどね。

 その売掛金のマイナス分を、未成年者の女性を利用して穴埋めをしようとする魂胆だ。しかしホスト自身も辛いんだぜ。一度でもそれをすると、今度は自分自身を貶めることになり、一時的に売掛金を穴埋めしたあとでも、罪責感は残り、澱のように溜まっていくぜ」

 まさ恵おばさんは、思わず口を開いた。

「人は傷つくと刺激を求めようとする。まだ淋しさだけならゲームや酒やギャンブルで埋められるが、罪責感が生じるとそれを振り払うために、麻薬に手をだすようになるが、日本ではそれが難しいと、ドーバーオーズをするようになる」

 私は思わず口をはさんだ。

「ドーバーオーズって、風邪薬やのど薬のなかに含まれている麻薬成分を摂取することね。

 だから今は、薬局でも未成年者には、風邪薬、のど薬を二箱以上販売してはいけないのよね。あー、世の中急になにが起こるかわからない。まさに想定外よね」


 吉崎は声を潜めて言った。

「お恥ずかしい話だけどね、僕達ホストというのは、酒ばかり飲むから、アチラの方はさっぱりなんだよ。男のとして機能を果たせないケースが多いんだよね」

 下ネタか。それにしてはリアルで深刻だ。

 私は医学的見地から答えた。

「それに加えてオーバードーズなんかしたら、余計にダメになっちゃうじゃない。

 しまいに性欲減少したりしてね」

 吉崎は答えた。

「ホストをしていたら、間違いなく性欲減少が嵩じるばかりだよ。

 女性客にだまされたり、また女性客のなかにはホストの敵テキーラを飲ませる奴もいるんだよ」

 ゲッ、テキーラというとアルコール度数が40%から55%もある。

 四年程前に、テキーラを一気飲みさせられた新人ホストが即死にいたり、その父親が勤務していたホストクラブを相手に裁判を起こし、勝訴したという事件があったくらいである。

 吉崎は、ため息まじりに言った。

「まったく悪質な女性客もいるものだったな。

 ホストという職業は毎日が闘いであり、売掛金を持ちかけられてもだまされやしないかという疑心暗儀に陥り、それを見抜くために演技をしなければならない。

 やさしくしたり、ときにはオラオラ調で威圧感を発揮したりする必要もある」

 私は慰め気味に答えた。

「そんな世界の中で、よく生き抜いてきたわね。

 でも今は、長距離トラックの運転手、体力は要るけど頑張ってね」

 吉崎は笑顔で、

「はい。昔とった杵柄で頑張ってます。

 やはり、僕は毎日クタクタになっても、この仕事の方が向いてる。

 終わってから飲むアイスコーヒーの美味しいこと」

 まさ恵おばさんはすかさず

「あれっ、ビールじゃなくてアイスコーヒーなの?

 もしかしてブラックだったりして」

 吉崎は頷きながら

「僕は昔からブラック派。ほろ苦いのが血糖値を下げてくれるからね」

 まさ恵おばさんは、小さなグラスにアイスコーヒーを入れて、吉崎に差し出した。

「今日は、吉崎君の第二の人生に乾杯。またお話聞かせてほしいな」

 吉崎はすかさず

「うわっ、いいんですか。じゃあ、お言葉に甘えて遠慮なく頂きます。

 私は主に触れられて新しく変えられた気分です」

 急に吉崎はゴスペルを歌い出した。

「私は主に触れられて 新しく変えられた

 イエスの御名をほめ歌おう 私は変えられた

 イエスの恵み イエスの愛 何ものにも代えられぬ

 主を愛して主に仕えよ 新しい心で

 イエスの御名をほめ歌おう 私は変えられた」

 この歌、僕が小さい時フィギュアのおもちゃをくれた時代、まさ恵おばさんがよく口ずさんでいた歌ですよ。

 僕はその当時は、別世界のおめでたい歌だなと思ったが、神を信じるとその心境もわかるようになってきましたよ」

 まさ恵おばさんは、

「そうね。神を信じたときから、どんな現実においても救いがもたらせれるわ。

 その救いというのは、いわゆる金銭や人間関係がうまくいくというよりも、神が与えた真実の道が開かれるのよ。

 金銭は使ったら終わり、人間関係はお互いの都合でしかないけどね」

 私は思わず

「そういえば、私は今まで自分の都合しか考えてなかったわ。

 お金も自分の楽しみのためだけに使っていたし、人間関係も自分の都合に合う人がいい人だなんて思ってた。

 でも真実はそうじゃないのよね」

 吉崎は頭をかきながら

「僕達ホストのねらい目は、地方出身の独り暮らしで、実家ともうまくいってない子に、納得するまで話を聞いてやるんですよ。

 すると、大抵の子は心を開き、僕たちを頼りにし始めますよ。

 そこで、悪質ホスト遠隔シャンパンといって、女性客が頼みもしないシャンパンをLINEで注文してしまうんです。

 あっ、僕はそこまでの悪どいことはしませんでしたよ。

 しかしそういう悪質ホストは、たいてい店ぐるみになって金を引き出すことしか考えていない。もしかして裏には反社が控えてる可能性がありますね」

 まさ恵おばさんは言った。

「まあ、反社というのは自分で稼ぐことができないから、金のありそうなところから引き出すしかないわね。

 だって今は、銀行口座も作れないし、家や車さえも借りることはできない。

 反社と関係があると言っただけで、営業停止処分ですものね」

 私も同調して言った。

「そうね。冗談で「私は反社ではありません。しかし反社と関係のある人物です」と言った時点で、営業停止ですものね。

 まあ、金のありそうなところかつ、警察沙汰になったら困るところから、金を引っ張るしか生き残る方法はないわね。

 反社を辞めても、五年間、いやそれ以上の期間、反社として見られるものね」

 吉崎は答えた。

「もし僕が、反社と関係のあるホストクラブに勤めていたら、さっきの遠隔シャンパンのように、かなり悪どいことをするように取り込まれてかもしれませんよ。

 その点、僕はラッキーだったとしか言いようがありませんよ」


 そのとき、喫茶ハレルヤのドアのベルが鳴った。

 見ると、金髪にジャージー姿の疲れ切った表情の若い女性が入店してきた。

 まさ恵ママは「いらっしゃいませ」と出迎えたが、急ににらみつけ、キーッなどという奇声を発した。

 明らかに風俗の女性であり、もしかしたら性病の毒が脳に回っているのかもしれない。

 私とまさ恵ママが職場で体験してきた脳のおかしな女性と、同じムードを漂わせている。

 

 

 

 


 

 

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