終章#67 I fight
推薦希望調査 氏名:百瀬澪
第一希望:第一会議室
第二希望:
第三希望:
SIDE:友斗
出発したはずのその部屋に俺は戻ってきた。
我ながら、バカなことを考えているな、と思う。この部屋にいないから捜しにいったのにここにいるなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。
たとえば校庭で、俺とずぶ濡れになることを望むかもしれない。文化祭の日はまさにそうだった。
或いは逆に、木を隠すなら森と言うように体育館で人に紛れて、さぁ私を見つけてみろ、とやるかもしれない。そっちの方が強欲で傲慢なあいつらしいじゃないか。
なのに、ほんの僅かな疑念が生じる余地すらなく、ペンが走った。
その時点では一切の確信はなく、それでも退く気にはなれないからと部屋を飛び出した。
三人を見つけて戻ってきた今。
扉の前に立ち、ああなるほどな、と感じた。
よくゲームで『怪しい気配がする』だとか『扉の向こうから強い気配が』とかボス戦前に出るのを見て、なんと都合がいい、と冷笑していた。しかしいざ扉の前に立って気配を感じてみると、ゲームの主人公たちに申し訳ない思いが湧き上がる。
澪の気配がする。
扉を開くと、出発したときと何一つ変わらない第一会議室が広がっていた。
四人分の衣装と化粧道具。テーブルの上に残された伝言。入江先輩の姿はない。それが答えみたいなものだった。
「間違えたのか……?」
まぁそりゃそうだよな。
幾らなんでも、ここまで大胆な答えを用意してくるはずがない。だってそれじゃあ、捜せっていう雫たちの課題の目的に沿っていないのだから。
「――とか言ったら満足するのか? この性悪女」
間違ってる?
アホか。そんなこと
だとすれば後はどこにいるかだが――ハッ、そんなもん、問題にもならねぇな。
澪のことを何でも知ってるわけじゃない。
これからも、知らないことは増えるだろう。澪は俺の前を走り続けて、俺がいない世界を駆け抜けていく。
それでもな、澪。
お前を最初に見つけたのは俺なんだぜ。
「ここだな」
迷うことなく、部屋の隅の掃除ロッカーの前に立った。
第一会議室の掃除ロッカーは、普通の教室よりも少しだけ大きくなっている。ほうきが大きめのものだからだ。
普通の教室の掃除ロッカーにはどこぞのツンデレヒロインじゃないと隠れられないだろうが、ここの掃除ロッカーであれば澪は十二分に隠れられるだろう。
果たして、掃除ロッカーを開くと、
「性悪女はないんじゃないの、王子様?」
「お前はお姫様っていうより魔女なんだよな。やり口といい、日頃の行いといい」
「殴るよ?」
「言っとくけど、俺だってやり返すときはやり返すぞ?」
「それで勝てると思ってんの? 私だよ?」
「…………何とも言えないのがすげぇ悔しいわ」
そこには澪が、見つけて当然でしょ、とでも言いたげな顔で入っていた。
何と傲慢。何と強欲。
これでこそ
「っていうか、なんで濡れてるの?」
「なんでって……澪は他の三人が隠れてる場所、知らないのか?」
「ん、知らないよ。どこだったの?」
「雫は三年F組で、大河はプールで、来香は屋上だな」
「ああ、なるほどね。それでずぶ濡れなんだ」
「そういうこと」
澪は掃除ロッカーに入ったまま、くすくすと笑う。
そっと手を俺の頬に伸ばし、濡れた後れ毛を愛おしそうに弄った。
「私が最後なあたり、色々と思うところはあるけどね。この浮気者」
「澪にだけは言われたくないんだよなぁ……」
「ま、そうかもね」
何せ澪は、俺以外の三人にも程度の差はあれど恋愛感情を抱いている。
性別が違うだけで、立場的には俺と同じなのだ。
「っていうか、この隠れ方をしてる時点で大河のこと好きすぎるだろ」
「……っ、べ、別にいいでしょ。なに、嫉妬してるの?」
「どうだろうな。ちょっとだけ嫉妬してるかもしれん」
はっきりと告げると、澪は呆気に取られたようにぱちぱちと瞬いた。
「ふ、ふぅん……嫉妬してるんだ?」
「ちょっとな。でも、気持ちのいい嫉妬っていうか……悪くない方向のヤキモチだな、とは思ってる」
「ということは、気持ちがよくなくて悪い方向の嫉妬を知っている、と」
「そういうの、揚げ足取りって言うんだぞ」
「誘導尋問とか犯人しか知らない事実を口にしたことによる推理って言ってほしいけど?」
「どっちもあんまり歓迎されないからな、それ」
軽口を返すけれど、澪は俺を逃がす様子がない。
あー、はいはい、自白するまで許してくれない感じね。これは誘導尋問ではなく長期取り調べによる自白の誘導では?
俺は観念したように溜息を吐いてから白状する。
「そうだな、悪い方向の嫉妬も知ってる」
「たとえば?」
「…………夏に告られてるのを見たときとか」
「ふぅぅぅぅん?」
「おいやめろその顔」
澪が蠱惑的な笑みを浮かべた。
ぺろりと舌なめずりするのが妙に色っぽくて、血がぞわぞわする。
「他にはないの?」
「は? 他に?」
「そ。たとえば――『可愛い女子ランキング』とか」
「ぶふぅぅぅっ……!? それ、知ってたのか?!」
「白雪ちゃんからこっそりと」
『可愛い女子ランキング』。
如月の要望に応え、晴彦が校内の男子ほぼ全員が揃ってるグループトークで投票を募り、定期的に作っているランキングだ。
最近は気にしていなかったが……そう言えばこの前、今年最後のランキングが出たって言ってたな。
「さぁ問題です。今年最後のランキングの1位は誰でしょう?」
「………………澪、じゃねぇの?」
「正解。どう、嫉妬しない?」
澪が試すように俺を見つめてくる。
くっそぅ、卑怯すぎるだろそれ。こんなの正直に言うしかなくなるじゃねぇか。
「……残念だったな澪。一周遅れてるぞ」
「え?」
「春にそのランキングの存在を知ったときからモヤってた。俺のセフレが高い順位だ、って思ったら、優越感とか嫉妬とかがぐちゃぐちゃになってたよ。ぼっちだとは思ってたけど、まさかそこまで人気があるとは思ってなかったからな」
「~~っ、へ、へぇ」
ぷいっと顔を背けた澪は、そのまま掃除ロッカーを飛び出した。
室内灯に照らされて、くるくると可憐に回る。
――ああ、奇麗だ
鮮烈に思った。
「つーか……話逸れすぎたな」
「ほんとね。誰かさんのせいで」
「いや、そっちのせいでは……?」
言ってから、まぁお互い様だな、と苦笑する。
「前から――多分、最初に会ったときから思ってたんだけどさ」
「うん」
「俺たちって、同類だよな」
「同類?」
「そう、同類」
「どんなところが同類だと思うの?」
「たとえば、性悪なところとか」
「女の場合は愛嬌って呼ぶけどね」
「シスコンなところ」
「妹を愛さない存在の方が意味分からないよね」
「面倒くさいところは?」
「私、別に面倒くさくないし」
「じゃあ、間違えてばっかりなところ」
「それもこれも、友斗がこれだけ好きにさせたせいだと思うんだけど?」
「……その台詞、そのまま熨斗つけて返してやるよ」
こういうところが、どこまでも同類だった。
二人で顔を見合わせ、ふっ、と破顔する。
くつくつ笑った後に、ふぅと一呼吸した澪が言った。
「まぁ友斗の言う通りなんだけどね。私たちは同類。きっと遺伝子レベルで、ね」
「だな」
俺たちは元セフレで、義兄妹で、恋人で。
もしかしたら腹違いの兄妹かもしれない、二人。
だから堪らなく強欲で、何一つ諦めようとしない。
澪は手で銃を作って、その銃口を俺に向けた。
「私は絶対に負けない。友斗の心も夢も何もかも、撃ち落としてみせる」
だから、とかっこよく笑った。
「一生私の戦友でいてね」
ばーん、と澪がトリガーを引く。
俺がわざとらしく撃たれたフリをすると、はっ、と澪が小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「演技が大根どころか小根」
「わざわざノってくれた俺に対してその言い方はあんまりじゃない?!
「それはそれ、これはこれ」
「そういうところが性悪なんだよなぁ」
愛嬌ではなく、紛れもなく性悪だと思う。
俺は苦笑し、それから澪に手を差し出した。
「約束するよ。俺はいつまでも澪の戦友だ。肩を並べたくないって思ったら、いつでも見限ってくれ」
「ん、そのつもり。友斗がぼやぼやしてたら私が全部独り占めするから」
「もしそうなっても、全部独り占めしてる澪を俺が独り占めするけどな」
差し出した手を銃にして、ばーん、とトリガーを引く。
澪はふっとお姫様のように笑うと、胸を抑えながら言った。
「今宵、私はあなたにハートを撃ち抜かれてしまったようです。どうか私と踊っていただけませんか?」
「――っ、それは責任を取らなくてはいけませんね。お手をどうぞ」
なるほど、これは確かに小馬鹿にされるのもしょうがない。
そう思えるぐらいの名演だった。
銃を手に戻して差し出しなおせば、澪がその手を取る。
澪に合わせて、でたらめなステップを踏む。
タップダンスとか、ジャケットプレイとか、何となくそれっぽいことを澪がこなして、俺はそれについていく。逆に俺がそれっぽい動きをしてみせれば、そんな児戯に追いつかれるつもりはないとでも言いたげに、もっとかっこよくキメてくる。
「――っと」
気を抜いた瞬間、澪が俺の足を踏んだ。気まぐれなその動作に驚いた俺は、後ろにバランスを崩してしまう。
「ってぇ……」
「どうよ。押し倒してみたけど」
「どうよ、じゃねぇよ。会議室の床に薄めとはいえカーペットが敷かれてることに初めて今感謝したわ」
澪も当然バランスを崩し、というか半ば確信犯な様子で俺の体に覆いかぶさった。
こうやって押し倒された経験はないわけじゃない。
たとえば――そう、裏切りが始まったあの夜とか。
「興奮してる?」
「……するだろ、そりゃ」
「シちゃう?」
「シない。この後ライブだろうが」
「シた後なら、すごいライブができるかも」
「すごいの方向性がおかしくなるっつーの。……見せてくれるんだろ、最高のライブ」
「ま、ね」
こんなところで抜け駆けするつもりはないくせに、と心の中で呟く。
小さく笑った後も、澪は俺に覆いかぶさったままだった。
「これ、いつ退いてくれんの?」
「んー。考えたんだけどさ。今友斗とキスすればお得だと思うんだよね」
「お得とは?」
「三人と間接キスができて、友斗の唇まで貰える。一口四接吻ってところ?」
「発想がすげぇな……そういうとこ、ほんと好きだわ」
でしょ、と言う澪の顔は、どこか色っぽかった。
獣のようでありながらも乙女チックに唇を濡らし、ん、と目を細める。
「ちょうだい?」
もう何度もしてるくせに、初心者みたいに唇を尖らせていた。
――ああ、好きだ
原始的とは大きく外れたところで、強くそう思う。
だから、
――ちゅっ
初めてみたいに、キスをした。
「…っ、やば。どうして……?」
「えと、何が?」
「いや、なんか、その…………前より、超気持ちいい」
「――っっ!? ……当たり前だろ。今は恋人だし、あの三人の間接キスのおまけもついてるんだから」
「それもそっか。ね、友斗。私が逝くまで、キスしてね?」
「……下ネタ判定が難しいこと言うんじゃねぇよ」
「ダブルミーニングだし。キスだけでイく自信、あるし?」
「っ、盛るなっつーの!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます