終章#36 話をしよう
SIDE:友斗
「――話をしよう。俺たち五人の話を、な」
たくさんの秘密を抱えた。何度もすれ違った。見たくない過ちから目を背けた。全力で誤った方向へ突っ走った。失敗と成功未満のそれっぽいラストばかりを経験した。
結局のところは『間違い』以外の何物でもないことを繰り返して、その果てに今があるのだと思う。そもそも、一度たりとも綺麗な答えを出せたことなんかなかったのだ。心も言葉もぐちゃぐちゃなまま、彼女たちを向き合い続けてきた。
なのに、小綺麗な答えを求めてしまった。
色んな人の言葉を借りて、ツギハギにして。俺のものではない誰かの答えを、俺たちの答えだと恣意的に誤解した。
始まったときから歪んでいた俺たちの関係が、綺麗な形に収まるはずがないのに。
「うーん、まだ分かんないかー。五人じゃないって何度も言ってるじゃん! あたしたち二人の問題なんだってば」
「いいや、俺たち五人の問題だよ。対バンライブをやるって決めたのは俺で、実際にやるのは四人なんだからな」
どうせ来香はこう言ってくるって分かっていたから、無理やり五人の問題をでっち上げた。新聞部経由で感謝祭の開催と共にリークした、対バンライブの情報。晴彦と如月、それから伊藤にまで頼みこみ、多方面に拡散してもらった。
もはや『誤報でした』の一言で済まされる状況ではない。三人のステージと来香のライブは、それだけ冬星祭で多くの生徒を魅了していた。
「っ、卑怯だなぁ……! どうして分かってくれないの? あたしは三人と仲良くできない。友斗くんは自分が好きな女の子を侍らせてハーレム気分を味わいたいのかもしんないけど、そーゆうのあたしはNGなんだってば」
「…………」
「あたし一人を選んでくれないなら、この話は終わり。ライブも知らない。友斗くんが勝手に言い出したことなら、友斗くんが責任取るべきだよ」
調理室にいる他の生徒の視線なんかお構いなしに、来香はあっけらかんと言い切った。
いや、他の生徒の視線があるからこそ、わざとあからさまな物言いをしているのかもしれない。噂止まりだった『百瀬友斗は四股している』という話は、来香の口にした『ハーレム』の一語でリアリティのあるものへと変わった。
一段階、俺に向けられる視線の温度が下がったのを感じる。
ただでさえ一部のもともと面識があった相手以外からの好感度はダダ下がりな状況なのに、やってくれるじゃないか。
そうやって俺を傷つけて見せることで、自分以外に知らしめようとしているんだろ?
『ハーレムエンド』が夢物語だ、って。
だけどな。
「だったらこの場で、生徒会長として正式に依頼します。月瀬先輩――感謝祭を盛り上げるために、有志発表のトリを務めてください。私や雫ちゃん、澪先輩と一緒に生徒会代表として」
「入江会長っ? なんのつもり?」
「今言った通りです。私は感謝祭を最高のイベントにしたいんです。霧崎先輩に負けないくらい立派な生徒会長になるために。だから、冬星祭を大いに盛り上げてくださった月瀬先輩を遊ばせておくつもりはありません」
「……っ」
今日の俺は一人じゃない。
俺の話を最後までちゃんと聞いてもらえるように、大河が隣にいてくれる。
「話を聞くだけでいいんです。だから私たち五人の話を――最後まで聞いてください。月瀬先輩だけじゃなく、雫ちゃんと澪先輩も」
大河の確固たる言葉に、三人は何も言い返さなかった。
言い返せなかった、わけじゃないと思う。知ったことかと突き返し、無理やりにこの場を逃げ去ることもできたはずだ。
そうしなかったのは、話を聞いてくれる気になったからだ、と信じたい。
――キーンコーンカーンコーン
小生意気なチャイムが場違いに鳴った。
最終下校時刻が迫っている証だ。調理室を借りている以上、ここでこのまま話しているわけにはいかない。
ある意味、タイミングがいいのかもな。
「話は帰りながらってことでどうだ? 駅までは一緒の道だしな」
俺が言うと、三人は戸惑った様子のまま、渋々といった感じで頷いた。
冬は少しずつ終わりに近づき、夜はやや短くなっている。それでも短夜より長夜と呼ぶ方がしっくりきて、十二分に外は暗い。
「そうね……じゃあ片付けは私たちでやっておくわ」
「お、悪いな」
「ありがとうございます、如月先輩」
「ううん、いいのよ。できることをするって、晴彦と二人で決めたから。友達には笑っていてほしいものね」
……本当にいい
如月とのやり取りを終えた俺たちは二人で顔を見合わせ、小さく笑う。
来香はじっと俺を睨み、澪は意図を探るようにこちらを凝視し、雫は迷ったように俯いていた。行くぞ、と声を掛ければ、三人とも不承不承といった感じで支度を始める。
コートを羽織り、大河と共に調理室を出る。
ついてこなかったらどうしようと不安だったが、三人分の足音が追随してくれた。バレないように頬をマッサージし、鼻っ柱をつまみ、眼鏡の位置を直してふぅと息を吐く。隣で大河がおんなじようなことをしているのに気が付き、一気に緊張が解けた。
玄関に出れば、もう飽きるほど凍えた寒さが広がっている。
冬はまだ終わらない。
だけど、フィンブルの冬のままじゃいられない。
この冬を春に塗り替えるために――。
「んじゃまぁ、行きますか」
その一歩を踏みしめた。
◇
夜に満ちた街に月光色の沙幕が下りている。俺たちはつかず離れずを繰り返し、その五人分の影が一つになることはなかった。
錐で夜空に穴を開けたのかと見紛うほどに月は満ちている。
満月よりも望月の方が好きだな、と益体のない考えが脳裏によぎった。満ちていることの充足感は安心をくれるけれど、俺はそれよりも、望みを照らし出してもらえる方が好きだと思う。
駅までの道のりは決して長くない。
ふと途中にある、小さな公園が目に入った。本当に小さな、子供の遊び場にすらなりえない公園。たまにうちの高校の生徒が待ち合わせ場所として使っていた気がする。
寄っていいか?
そう聞けば、『嫌だ』と答えさせてしまうような気がして、何も言わずに公園に入る。
一瞬足音が止まった。が、すぐに三人分の靴音が聞こえる。その後から、安堵の滲むスニーカーの音が軽やかに鳴った。
さぁざぁ、と周囲に植えられた木々が風に揺られる。
ぽつんと一柱、公園灯。おかげで歩いていた道よりも幾分か明るかった。
木製のベンチには、全員は座れない。
座れるのはせいぜい三人程度だろうか。雫と澪は腰かけるが、来香は立ったまま。
ほぅと漏れた吐息は白く溶ける。
「で、何を話すつもりなの? 対バンライブをやるのは、まぁあたし的には別にいいけど……そんなことに意味があるとは思えないな。答えてよ、兄さん」
力強いその一言が、ぴきりと空気にヒビを入れる。
澪の睥睨が、雫の困惑が、来香の言葉に追従して俺を衝いた。
「学校で言ったし、この前も言ったよね? あたしはあたしだけを選んでもらわなきゃ満足しない。『ハーレムエンド』を認めない。だから何度話したって無駄なんだよ」
「……ああ」
「それとも、どっちを選ぶか決めた? あたしか、三人か。それなら聞いてあげる。たとえ選ばれなくても、兄さんを好きでいることをやめるつもりはないけどね~」
ひらひらとクロアゲハのように舞う来香。
まるで月下美人。
人工灯の照らす姿は息を呑むほど奇麗で、溜息が出るほど儚かった。
「選ぶつもりなら私も聞く。だけどあの夜の焼き直しなら――やめて。何度も同じことは言いたくないから」
強張ったその声は、強く引いた弓のようだった。
怜悧な眼がすぅと細くなる。
「分かってる。あの日とは別の答えを見つけたつもりだ」
それはさっきも言ったこと。
選ばない――その選択を取るつもりはない。
ちゃんと選ぶものを決めて、彼女たちと向き合っている。
「……友斗先輩。聞かせてほしい、です。
友斗先輩は、どうしたいんですか――?」
心の雫がたぷんと零れて、
雫の望みと俺の望みはどこかで交わっていて、なのに、少し違う。
その僅かなズレを埋める方法を探していた。
どうやって言葉を紡げば、彼女たちに俺の気持ちが伝わるだろう? この気持ちをきちんと届けられるだろう?
想いの力は、決して強くはないから。
それを乗せていく言葉は、いつも不純だから。
「俺は……誰とも離れたくない」
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