終章#37 Heartbeat Songs

「俺は……誰とも離れたくない」


 口を衝いたのは、稚拙極まりないわがままだった。

 否、わがままと呼ぶことさえ憚られる。子供の駄々、或いは、もっと危うい依存感情と捉えてしまう方が正しいようにさえ思えた。

 喉がひりひりと冷える。

 飲み下す吐息は、唾液は、妙に熱くて。気を抜けば火傷してしまいそうだった。空っぽの手を握りしめ、じんわり滲む汗を折り畳んだ指の先で触れる。爪が掌を掠り、あともう少し力を入れれば食い込むことだろう。


 雫は息を呑み、数回瞬いた。

 それからおずおずと、たとえばピアノの鍵盤に初めて触れる子供のように、口を開く。


「それって……この前と同じ、ってことですか?」

「四人と一緒に生きていきたい――確かにこの前、俺はそう言った。その気持ちは変わってないし、嘘でもない」

「それってつまり――」

「だけど」


 その先を聞く前に、俺には伝えるべきことがある。

 雫の言葉を遮り、はぁ、と溜息を吐いた。

 正直、言いたくない。死ぬほどかっこ悪いうえに恥ずかしくて、ついでに情けない気持ちでもあるから。彼女たちに――想いを寄せる相手にみっともない姿を見せたくはない。


 だが、今更すぎる話だ。

 どれだけ情けない顔を見せたことだろう。

 支えてもらってばかりの日々だった。だから躊躇ったところで手遅れなのだと思う。


「……だけど。あの日の俺は、かっこつけすぎてた。理想だの未来だの、俺らしくないことを借り物の言葉でペラペラと話してた」


 それは唾棄すべき偽物だった。

 どれほど過ちを犯そうと、偽物だけは許してはいけなかった。

 せめて間違えるのなら、本物そのものの心でなきゃいけない。


「一緒に生きたいって気持ちは確かにある。だけど、それは結果論でな。俺はただ、お前ら四人と離れるのが嫌なんだ」

「……どう、違うんです?」


 もっともな疑問だ。俺は彼女たちを一瞥する。拒絶の色が滲む来香の瞳が痛かった。

 それでも、口にしなければ望むこともできない。

 どんなにかっこ悪くてもちゃんと望みたいから。


「考えたんだ。雫や澪、大河と一緒になる『ハーレムエンド』のことも、来香と二人になる『個別エンド』のことも。もちろんその他の可能性だって考えた。三人の内の誰かと二人になる未来もあるかもしれない、って」


 雫と結ばれれば、きっと毎日笑顔でいられる。俺が立ち止まりそうなときは背中を押してくれて、戦っているときは見守ってくれる子だから。いつかのような仮初ではなく、本当に恋人らしい二人になれると思う。

 澪と結ばれたら、お互いに切磋琢磨することになるだろう。声優を目指してどんどん自分を高めていく澪の背中を追いかけて、時々劣等感とも戦って、絶対追いついてやるって思える。俺たちらしい関係になれる。

 大河となら、同じ速度で歩いていく二人になる気がする。二人で協力して何かをやって、叱ったり叱られたりを繰り返して、一緒に汗を掻く。どっちがか勇気を出せば、もう片方も頑張る。そんな二人になるはずだ。

 来香を選んだら、きっと先が読めない毎日が待っている。予想外の来香の行動に驚かされて、けど、負けてられないからと俺も仕返しをして、ポンコツ化する来香に吹き出す。兄妹みたいな二人になるのかもしれない。


 誰と結ばれても、幸せには違いなくて。

 まして『ハーレムエンド』なんて都合がいい話、ひたすら理想的で。

 だけど、


「選んだら……答えを出したら、いなくなるんだろ? 三人を選べばいつか来香は離れてく。来香を選んだら三人と距離ができる」

「それは当たり前じゃないかな。恋って、そーゆうものでしょ?」

「かもしれないな」


 間に挟まれた来香の指摘に、ああ、と俺は首肯した。

 分かっている。

 そんなこと、分かっている。


『オール・オア・ナッシングだよ。――何もかも失くす覚悟がなかったら、ラブソングなんか歌わない』


 何もかも失くす覚悟の分だけ、人は何かを望むことができて。

 落ちうる絶望と手にしうる希望は切り離せなくて。

 だけど、いいや、だからこそ。


「でも俺は――大っ嫌いなんだよ。そういう、主人公に選ばれなかったヒロインがだんだん疎遠になっていくタイプの青春ラブコメがな!」


 知ったことか、と切り捨てたかった。


「俺は…っ、人と関わるのが得意な方じゃない。そりゃ処世術はそれなりに身についてるし、コミュ力だってあるにはあるけどな。根っこの性格からして、たくさん友達を作れるタイプじゃねぇんだよ」

「……急に何の話?」

「お前ら四人がどれだけ大切かって話だ」


 鼓動が速くなっていくのを感じる。

 落ち着け、落ち着け、と本当なら宥めるべきなのだろう。だけど今はそんな気分じゃなかった。生きてるって全力で感じられるこの苦しさが心地いい。

 ――もっと速く。

 そうとさえ、欲していた。


「どうしてこんなに近い関係になれたのに、たった一つの選択のせいで離れていくことになるんだよ!? そんなのっ、空しくて苦しくて……寂しい、だろ」


 ああこれだ、と自分の中で感情の在り処が見つかった。

 俺は寂しいのだ。

 寂しいから、同じく寂しそうにしてる誰かを見つけることができて。

 寂しいから、そんな誰かの手を取ろうとし続けて。

 それなのに、たかが恋一つで終わってしまうのが納得いかなくて。

 だけど、恋を『たかが』で切り捨てることもしたくなくて。


「答えを出しても終わらない関係もきっとある。自分たちが築いてきたものを信じて、ただ一つを選ぶような――そんな関係も、どこかにあるはずだ。だけど、俺たちがそうじゃないことは分かってる」


 自分たちが積み上げてきた歴史を拠り所に。

 きっと青春ラブコメならそうする。泣いて笑って、ゆっくりと結んできた絆があるから。その時間を信じれば大丈夫だ、って。

 でも俺たちは違う。

 他でもない俺が違うものにしたのだ。来香も一緒がいい、と駄々をこねて。


 ――いいや、違うだろ。

 違えかけた思考に寸でのところで気が付いた。

 違う、そういうことじゃない。自分の弱さを何か別のもので隠そうとするなよ。この期に及んで見栄を張ろうだなんて馬鹿げている。

 かっこつけ方、履き違えてんじゃねぇよ。


「違う、今のはなしだ」

「え……?」

「俺たちがそうじゃないかどうかは知らないし、分からない。そんなことはどうだっていいんだよ。たとえどんなに濃い時間を過ごして、信じるに足る関係になれていても、俺はそれを信じ切れない。ただそれだけの話なんだ」


 唇が戦慄いた。

 我がことながら本当に情けない。でもしょうがないだろ? 俺は少年漫画の主人公にはなれない。絆だの友情だの、そういう暑苦しいものに寄りかかれるほど素直じゃない。

 だって俺は知っている。

 たとえ強く結ばれた二人でも、呆気なく離れ離れにされてしまうことを。


「だから俺は、自分たちの関係を信じて誰かを選んだりできない。終わらせる覚悟をしながら、答えを出すこともしたくない」


 きゅっと雫がスカートの裾を握ったのが見えた。

 大河の吐息が微かに聞こえる。その眼差しが彼女の熱を伝えてきた。

 吐き出すように、俺は言う。


「お前らが離れていくのをみすみす見送るくらいなら、俺は一生答えを出さない。『選ばない』っていう最低な選択肢だけを選び続けてやる」

「――っ」

「俺たちの青春ラブコメにエンディングなんか迎えさせてやらない。俺は四人と死ぬまで青春ラブコメがしたい」


 どんなエンディングを迎えても誰かが離れていってしまうなら、『ハーレムエンド』も『個別エンド』も、全部お断り。

 それが俺の望みだった。


「そんなの」


 と冷たい炎みたいな声がした。

 きゅいっと目尻を下げ、嘲笑交じりに来香が言う。


「ただの停滞じゃん。あたしはヤだ。だって死んでるのと変わんないもん」


 失望の滲んだ声だった。

 蝶が花から飛び立つように、来香はくるりとターンし、公園を出ていこうとする。ずしゃ、と砂利が擦れる音がした。

 待ってくれ、と。

 言いかけた言葉が声になるよりも先に彼女が来香を追いかけた。


「――待ってください」

「……入江会長。待たないよ。もう答えは出たじゃん? 兄さんの求めてるものを、やっぱりあたしは認められない。話は終わってるんだよ」

「終わってません。勝手に、私たちの話を終わらせないでください」


 来香の前に立ちふさがるのは、大河。

 月光みたいなブロンドヘアーが微かに揺れる。その瞳に宿る確固たる意思が俺の喉を急かす。掠れている場合じゃない。もっともっと、伝えなければいけないことがある。


 この気持ちはたった一つの言葉にすることなどできないから。

 何をどう口にしても、どれだけしっくりきても、その言葉に当てはめようとすれば何か大切なものを削ぎ落してしまうことになる。おそらくは無意識のうちに。


「違うよ、来香。俺が欲しいのは停滞じゃない」


 大河が止めてくれたその背中に言えば、来香はこちらへ向き直る。


「じゃあ、何なのか教えて。あたしには停滞にしか思えなかったよ?」


 その表情は大人びていて、なのに、子供じみてもいる。

 多分それは夜に似ていた。黄昏にも黎明にも傾くくせに、あわいではなく一意の時間だと錯覚しそうになる。


「俺が欲しいのはお前らだ。四人が俺から離れないでいてくれるなら、後はどうだっていい。だから――好きなだけ奪い合ってくれ」

「……え?」

「来香はこの前、言ってたよな? たとえ嫌われても、自分一人を選んでくれるまで頑張るつもりだ、って。じゃあそうしてくれよ。俺から離れていくこと以外なら何をやったっていい。お前ら四人に俺の全部をくれてやる。シェアしたっていいし、奪い合ったっていい。それは俺が決めることじゃない」


 にっ、とまるで悪徳商人みたいに口角を吊り上げる。


「もしかしたらこんな自信満々に言っておいて、コロッと誰か一人を選ぼうとするときが来るかもしれない。今分かるのは今のことだけだからな」

「――っ」

「ずっと続く戦いは停滞に見えるかもしれない。でも、そう見えるからってだけで、欲しいものに手が届くかもしれないのに諦めるのか? それこそ死んでるようなもんだと俺は思うけどな」


 我ながら無茶苦茶なことを言っているな、と自覚する。

 詐術が割り込む余地さえないほど、酷いやり口だ。来香の恋心につけ込んで、俺自身を餌にしているのだから。


「兄さん、サイテーなこと言ってる」

「かもな。でも、俺は四人が欲しい。そのためならどんなことでもやるって決めたんだ」

「ほんと…ほんっっとに、クズじゃん。どうせ選んでくれる『いつか』なんて来ないんでしょ? そんなの、ただのキープ宣言だよ……っ」


 ああ、そうなのだろう。

 『ハーレムエンド』を望むよりも遥かに酷い。

 だけど、来香の声からは――。

 拒絶の色が、薄らいでいた。


「あれあれ、来香先輩は私たちに一生勝てないのが怖いんですか~?」

「――は?」


 揺れる来香を煽るように、軽やかな声で言ったのは。

 ぴょんっとベンチから立ち上がって笑う、雫だった。


「友斗先輩の話を聞いて、私は決めましたっ」

「……雫」

「もともとお姉ちゃんや大河ちゃんとだって、全部をシェアするつもりはなかったですしね。それに、どーせ来香先輩は振られてもしつこ~く粘着してきそうですしぃ? だったら最初っからライバルになってた方が分かりやすいです」


 だから、と希望の雫を掬い取るように、雫は言ってのける。


「友斗先輩と大河ちゃんのプランに私も乗っかります!」


 ぱちんと雫らしいウインクを決めてから。

 にやぁと挑発的な笑みを来香に見せて、雫は話を続けた。


「まぁ、私たちに負けるのが怖いって言うなら、来香先輩を無理に誘ったりはしないですけどねー」

「……っ、好き勝手言ってくれるじゃん。負けるのが怖いとかじゃなくて、勝利条件がそもそも雫ちゃんと違うって話だよね?」

「勝利条件が違うって、自分だけ『ハーレムエンド』を望んでないから不利だ、とでも言い訳したい感じです? それってすっご~く情けないですよねー。別にスポーツやってるわけじゃないんですし、理想の家庭像が合うかどうかが重要になるのなんて当たり前のことじゃないですかー?」

「それっ、は……」


 口を挟む場所が見当たらないくらい、雫が言葉を連ねていた。

 反論の切り口が見つからないのだろう。来香はきゅっと悔しそうに唇を引き結ぶ。

 両者の視線が交差すること、暫く。

 あーもう、と苛立たしげに来香が唸った。


「ねぇ兄さん。いっこだけ約束してほしい」


 吹っ切れた様子の彼女が、真摯な眼差しを向けてきた。


「絶対にあたしたちを平等には扱わないで。答えじゃなくてもいいから、そのときの一番をいつも決め続けるって約束して」

「――もちろんだ」


 その答えは、容易く口を衝いた。

 迷わなかったし、躊躇いもしなかった。

 当たり前のことだ、と思う。

 心変わりするなんて、普通に考えたら酷いことなのかもしれない。だけど、彼女たちが全力で立ち向かってくれるのに心変わりさえしないことの方がよほど気持ち悪い。

 生きるってきっとそういうことだから。


「そっか。じゃあ――いいよ。ずっと傍にいて、兄さんを奪い合ってあげる。雫ちゃんみたいなビッチ紛いの小悪魔に負けるわけにもいかないしねー♪」

「あ~あ、すぐそーゆう根も葉もないことを言う! 来香先輩ってやり方が卑怯っていうか、汚くないです?」

「中途半端な位置に立ってふらふらしてたくせに、簡単に兄さんの側につく方がよっぽどズルいと思うけどなぁ?」

「ズルいのは女の子の武器なので~。こーゆうのは友斗先輩も可愛いって思ってくれるからいいんですぅ」


 やいのやいの、と二人が言い争いを始める。

 どんぐりの背比べみたいな様子にスキー場での二人を思い出して、ふっと笑みを零す。


 ――はぁ、と。


 憂鬱な夜そのものみたいな溜息が聞こえたのは、そのときだった。

 ベンチから立ち上がった彼女は、黒と金とが混じった髪を靡かせる。

 魔法の鏡に裏切られた悪い王妃様のように、はふぅ、と煩わしげな吐息をもう一つ。

 そして、


「いい加減にしなよ、友斗。現実を見て、って言ったよね?」


 と言った。


「三人を説得したら私も絆されるとでも思った? そんな安い覚悟で反対してるつもりはなかったんだけど?」


 鋭く熱いその睥睨に、息が詰まりそうになった。

 だけど、彼女の在り様を目に焼き付けなければいけないような気がした。

 雫が不安げに、来香が試すように、俺と澪を見つめる。

 分かってる。澪を――彼女が突きつける現実をねじ伏せない限り、雫や来香が乗り気になってくれたところで、俺たちの望みには届かない。


「どんなに言葉をこねくり回しても、現実は変わってくれない。友斗はトラ子と来香、どっちかとしか家族になれない。――それとも、どっちとも家族にはならないつもり?」

「…………」

「離れたくないって思ってるなら……なおさら選ばなきゃダメなんだよ」


 彼女の声が悲痛に耳鳴った。

 まったく以てその通りだ、と思う。

 願った程度で現実は変わらないし、望むもののために現実を無視することもできはしない。理想に溺れて生きることも、結局は死んでることと大差ないのだと思う。

 だけど、


「綾辻澪ともあろうものが、現実なんかに白旗を上げるのかよ?」


 現実に負けてやるつもりは微塵もない。

 澪は舌打ちと共に、ずん、と一歩踏み込んでくる。


「友斗が分からず屋なだけでしょ!? 勝ちようがないものに突っ込むのはただの無謀って言うの。どうして分からないのッ!?」

「分かって堪るかよ! らしくない役を嫌々演じてんのはそっちだろうが!」

「――ッ」


 綾辻澪がそんな風に在ってはいけない。


『全部手に入れちゃいそうなら、もうそれでいいよ。私が欲しいものを何もかも掴み取ってやるんだ』


 あの狐火みたいなお月様が隠れてしまったのなら。

 俺がその雲を吹き飛ばしてやる。


「教えてやるよ、現実の倒し方ってやつをな」

「っ、なにそれ……っ?」

「いっこだけ。くだらない現実をぶっ倒せる、パーフェクトプランがあるんだよ」


 いや、俺、って言わなきゃ間違いになる。

 俺だけでは届かないやり方だから。


「――澪先輩。私と結婚してください」

「……は?」


 突然の申し出に澪は虚を衝かれたようだった。

 大河はその隙を逃さない。


「姉さんと霧崎先輩みたいに、私と澪先輩が家族になるんです。そして――」

「俺が来香と結婚する。そうすれば俺たち五人、繋がれるだろ?」


 パートナーシップ制度、というものがある。

 いわゆるLGBTカップルのための制度だ。同性のカップルが家族に近い関係になるための制度であり――俺たちはそれをしようとしている。

 もちろんこれで万事解決するわけではない。

 そも、全てを解決するような一手があるわけないのだ。普通じゃない俺たちがそれでも繋がることを願うなら、故意に間違うしかないのだから。


「私を信じさせたのも、私の初めてを奪ったのも、澪先輩なんです。ちゃんとその責任、取ってください」

「っ、でも……だって――」

「五人で大丈夫だ、って。そう澪先輩が信じられないなら、私が信じさせてみせます。だから…だから……私たちの手を取ってくれませんか?」


 結局のところ、信じることしかできないのだと思う。

 家族になっても離れざるを得ないときはあるだろう。

 それでも繋がりを信じられるような――そんな拠り所が必要だった。


 或いは、澪のその髪色も、彼女の中で拠り所になっていたのかもしれない。

 大河や雫と繋がっている、と思うために。


「……馬鹿。こんな罰当たりな方法で私を絆そうとして、後で怒られても知らないよ」

「望むところです」

「そんときは澪も道連れだけどな」

「は? むしろ友斗一人で怒られるべきでしょ。こんな極上の女をものにできるんだし」

「えぇ……せめて大河は一緒だろ」

「ユウ先輩に唆されたってことにします。澪先輩を裏切るわけにはいきませんから」

「おい!?」


 ぷくっ、と三人で吹き出す。

 何故だか無性におかしくて、けらけらとお腹を抱える。


「んー。姉さんが最後だと、なんかあたしがかませっぽくない? ていうか、あたしも結婚するはずなのにぬるっと流されてるしさー」

「余計なことで駄々をこねていたんだから自業自得です! でも……蚊帳の外感があるのは不服かもです。どんどんお姉ちゃんのことも盗られちゃってる気がしますし!」


 と不満げな声が二つ。

 俺たちがそちらを見遣れば、来香と雫は揃ってニヤァと悪戯っぽく笑った。


「そーいえば兄さん♪ 大事なこと、言い忘れてたりしない~?」

「私たちと離れ離れになりたくないなら、ちゃんと言わなきゃいけないことがありますよねー?」

「えっ……い、いや、この前――」

「この前はこの前だよ!」

「何度だって言えますよね?」

「お前ら、息ぴったりだなぁ!?」


 何を求められてるのかは、まぁ、分からんでもない。

 けど『好きだ』とはこの前も言ったわけで……。


「ユウ先輩」「友斗」

「こっちもかよ!?」

「当たり前じゃないですか。というかこの前だって告白らしい告白ではなかったです」

「早く」

「うっ……」


 四人に詰め寄られるこの状況。

 ま、まぁ、そりゃそうだよな……俺が望んだ関係はこういうものだ。

 それは『ハーレムエンド』じゃなく、『ハーレムラブコメ』とでも呼ぶべきだろう。


 じゃあ、と自問する。

 この関係を望んだ俺の気持ちは『好き』という言葉で足りるだろうか?

 愛してる、は違うと思うのだ。

 彼女たちを心底愛おしいとは思う。だけど恋と愛の違いが分かっていないくせに『愛してる』を『好き』の上位互換のように扱うのは違う気がする。ありあわせの言葉は借り物でしかなくて、俺の想いを詰め込めば何かを入れ損ねてしまう。


 複雑な感情を抱いてるわけじゃない。

 でも、単なる『好き』で終わらせたくはなかった。

 おそらく正誤ではなく、俺の意思の問題なのだ。

 もっと特別な、俺だけの言葉を求めていて。

 だけど、それは簡単には見つからなくて――。


「雫、澪、大河、来香。世界で一番、四人のことが大好きだ」


 だから今はまだ、これでいい。

 伝えきれない気持ちは、これから時間をかけて言葉にしていけばいいのだ。

 きっと彼女たちも、そうするはずだから。


「大大大大大好きですよ、友斗先輩♡」

「ん。私も…………好き」

「私も、好きです。大好きです」

「だーいすきだよっ、兄さん♪」


 月は奇麗だった。

 死んでもいい、って思えるくらいに。

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