9章#17 ラブゲーム(3)
ジャンケンの結果、さいころを振る順番は次の通りになった。
晴彦→雫→如月→俺→澪→大河。
ちなみに澪と大河のジャンケンは十数回のあいこの果てに澪が勝利し、めちゃくちゃ勝ち誇っていた。まるでボクシングのチャンピオンになったかのようだった。この二人、息が合いすぎだと思う。
「じゃあ始めるぞ~」
初手、晴彦。
さいころを振る晴彦を横目に、俺はこのゲームを分析する。
俺は頭脳戦モノの主人公ではないし、負けず嫌いでもない。だからこのゲームに負けることは構わない。しかし……問題はさくらんぼ入りのおにぎりだ。これを食べるのは避けたい。
狙うは5位以上。最下位にだけはならないようにすればいいのだから、幾らでもやりようはあるだろう。
問題はやはり『ラブドキマス♡』だ。
晴彦や如月は、まず間違いなくお互いを指名するだろう。過激な課題がない以上、ラブラブカップルな二人が躊躇するとも思えない。如月は他の女性陣にやる可能性もあるが……それにしてはカップル感が強いもんな。
雫や澪、大河が指名する相手も言うに及ばず。自分で言うのも変だが……きっと、俺を指名してくるはずだ。
この指名をパスするのはできない。次の指名がランダムになる以上、如月や晴彦が相手になる可能性もある。それは二人の仲のためにも避けなければならない。
では、俺はどうか。
三人を選ぶのは……正直、きつい。かといって三回のパスでゴールまでたどり着けるかは分からない。
ならば指名すべきは――晴彦か。
「あっ、じゃあ友斗先輩。相手をお願いしますっ!」
「……ん? えと、今呼んだか?」
結論が出かかっていたところで名前を呼ばれ、思考を保留する。
顔を上げると、ぶいぶいっ、とピースをする雫がこちらを見ていた。
「呼びましたよ! 私が『ラブドキマス♡』を踏んだので、相手役に指名したんです」
「いきなりっ!? こういうのって数ターンして場が温まってから出るもんだろ!?」
「ちっちっち。セオリーに囚われてばかりじゃ見えないものがあるんですよ、友斗先輩」
「いや、それ以前にこういうのには定石があるもんだろ……」
考えてばかりで油断してた俺も悪いんだけどね?
こうなってくると、『ラブドキマス♡』の位置を覚えて計算する必要は出てきそうだな。頭のうちで計算しつつ、ひとまず抵抗しても無駄なので受け入れる。
「で……俺は何をされればいい?」
「んーっと、読み上げますね。……『任意の相手の頭を10秒間撫でる。撫でたら5マス進む』だそうです」
頭なでなでか。まぁ、雫が相手なら何度かされたことはあるし、耐えられないことはない……かもしれない?
「あ、じゃあ私が時間測ります」
言って、大河がスマホを取り出す。まぁ大河なら時間をこっそり延長するようなことはしないだろうしな。
少し気恥ずかしいなと思いつつ、ん、と雫に頭を差し出す。
「ふふー。そんなになでなでしてほしいんですか~? 私の母性にメロメロなんですね~♪」
「ッ、違ぇよ。さっさとゲームを進めたいだけだ」
「はいはいツンデレ乙です。じゃ、始めますね」
ひらひらと俺の言葉を交わすと、雫はそっと俺の頭に触れた。
ぴっ、とスマホのタイマーが動く音が聞こえる。
「なで、なで、なで、なで……えへへ。友斗先輩の髪、さらさらしでますね」
「……っ、そうか」
「はいっ。よしよしよしよし……いい子ですよ~」
「うぐっ」
経験があるから耐えられるなんて、そんなことはなかった。
ふわふわと気分が高揚する。めっちゃ気持ちいいし、心が安らぐ。ついつい、頬が緩みそうだった。
が、何よりきついのはこの姿を他の奴に見られていることだろう。晴彦や如月がニヤニヤしながら見てくるせいで、更に気恥ずかしさが加速する。
ヤバい、頭が回らなくなってきた――。
「はい、終了です」
「終わった……っ!」
「終わりましたねー。えへへ、よく頑張りました」
「終わったんだから撫で続けんな」
「てへっ」
雫が可愛らしくウインクを決め、頭から手を離す。
ちょっぴり名残惜しいと思ってしまった自分を心の中でタコ殴りにした。まだ序盤だ、ここでノックアウトされてるんじゃねぇ。
「じゃあ次は如月先輩ですね」
「ええそうね――って、あら。雫ちゃんと同じマスだわ」
「やっぱり数ターン後じゃないとこうなるよな!?」
同じ出目になったらなっちゃうわけだしな?
全力でツッコんだおかげで、心が溶けずに済んだのはよかったけれども。
この後、晴彦は如月に撫でられてめっちゃだらしない顔をしてた。
◇
一ターン目に『ラブドキマス♡』を踏んだのは雫と如月だけだった。順位的には二人がトップであり、それに晴彦、俺、澪、大河の順で続いている。
そうして突入した二ターン目。
晴彦、雫、如月が無難なマスに止まり、いよいよ俺の番になった。
「ほい、友斗」
「ああ……」
さいころを受け取り、俺はぎゅっと握って念を込める。
5が出ると『ラブドキマス♡』であり、6が出ると無償で3マス進めるのだ。進むマス自体は前者の方がいいが、なるべく踏みたくはない。後者になれ、と心から祈る。
神よ……!
「あ、5だ」
神よ!!!!
出目の無慈悲さを俺は恨んだ。高速なフラグ回収。あまりにもえぐい。俺はがっくしと肩を落とし、コマを5マス進めた。
「お~! やりましたねっ、友斗先輩! 『ラブドキマス♡』ですよ」
「全然嬉しくないんだよなぁ……えっと。『任意の相手と手を繋ぎながら三つ褒める。1マス進む』か――って、進めるマスがショボくないか!?」
「まぁ手を繋いで褒めるだけしね」
俺のツッコミに、澪が苦笑しながら応じる。
いやそうなんだけどさ……手を繋ぐのだって、今の俺にとっては難易度高いぞ? っていうか俺じゃなくても割と難易度は高いし、頭なでなでの5分の1しか進めないのは少ない気がするんだが。
だがまぁ、俺の作戦的には願ってもみない課題だろう。
俺の計算に狂いはない。にぃと口角を上げ、晴彦を見遣った。
「俺は晴彦を相手に指名するわ」
「パスで」
「じゃあ手を繋い――はぁぁぁ!?」
晴彦と手を繋ごうとしていたところで予想外のことを言われ、俺は堪らず大声を出してしまう。
今『パスで』とか言ったか?
嘘だろ? と晴彦を見遣るが、真顔で返されてしまう。
「パス、三回分あるんだろ? 俺、友斗と手、繋ぎたくないし。褒められるのも恥ずかしいしな」
「っ、それはそうかもだが……でもそうすると如月が――」
「そのときは私もパスすればいいのよ」
「そうじゃん!」
何を言ってるんでしょう、俺。
すっかり失念していた。パスの権利は俺以外にも全員が三回分持っているのだ。てっきり晴彦ならパスしないかと思っていたが、それは俺に都合のいい希望的観測にすぎない。
晴彦がパスをしても、次の相手が如月になる確率は4分の1。そもそも当たる可能性は低いし、当たったところでパスをすればいい。至極真っ当な思考だった。
「ユウ先輩って、本当に抜けてますよね」
「うぐっ……そういうことを言うなよ。自覚してるんだから」
そして、自覚しているからといって直せるわけではない。
俺は頭を抱え、負けを認める。
「分かった。で、次の相手役はどうやって決めるんだ?」
「それは――これです!」
じゃじゃーん、と雫が取り出すのは数本の割りばしだった。
聞かなくともわかる。王様ゲームで使うアレだ。
「まぁここであんまり時間を取ってもしょうがないので、さっさと決めちゃいましょう。赤い印がある一本を引いた人が次の相手役です」
雫の言葉で、残る三人が思い思いに割りばしを選ぶ。残った一本を雫が手に取り、せーのっ、という合図で割りばしを引いた。
正直ここまでくると、誰が相手もでも変わらない。如月に当たって、パス権が減ることを願うくらいだ。如月にパス権がなくなれば晴彦もパスはできないだろうしな。
しかし、
「あ、私だ」
印がついた割りばしを引いたのは、澪だった。
じっと割りばしの先端を見つめた澪は、蠱惑的な笑みをこちらに向ける。
「じゃあやろっか、友斗」
「……そう、だな」
「ん。手、握って?」
「握らなきゃダメ、なんだよな」
「ルールだしね。どうしても握りたくないなら無理にとは言わないけど」
「……握るよ、握る」
演技だと分かっていても、哀しそうに目を伏せられると胸が痛む。
ふぅ、と息を吐き出して覚悟を決め、澪の手を握った。暖房のおかげか僅かな温もりが伝わってきて、指の腹にひんやりとした指輪が触れる。
…………これも、見られてるんだよな。
「これで三つ、褒めるんだよな?」
「そ。たった三つだよ、簡単でしょ」
「その自信過剰っぷりも凄いな」
まぁ、褒めるところを探すのは困らないんだけどさ。
困るのは、褒めるのがどうしようもなく恥ずかしいってこと。手を繋いでいるだけなのに、どうしようもなくこそばゆい。
ん、と言葉を待つような澪の顔。
とくん、とくん、と胸が鳴る。
「妹想いなところ」
「真っ先にそれを出すあたり日和ってるよな」
「晴彦、うっさい。……あと、欲に忠実なところ」
「ん」
あと一つか。
やばい、いざ残り一つってなると絞るのが難しい。えーっと、えっと……。
「出汁巻き玉子が、世界一美味いところ」
考えた末に出たのは、そんな当たり障りのない一つだった。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
沈黙の三点リーダーが宙に浮かぶのが見えるような気分になる。
「ええっと、澪?」
「……そういう不意打ち、卑怯。その口をステープラーで留めてやりたい」
「俺そんな変なこと言ったか!? 割と平凡なこと言ったよな!?」
言うと、ぎゅーっ、と澪が強く手を握ってくる。
若干の痛さに顔をしかめつつ助けを求めると、はぁ、と大河が溜息をついた。
「澪先輩、一番の得意料理が出汁巻き玉子らしいので、それが世界一美味しいって言われて照れてるんじゃないでしょうか」
「トラ子うるさい。別にそういうことじゃないから全然違うから一ピコメートルも当たってないから」
「そうして早口になるときは大抵が本音ですよ。澪先輩にしては分かりやすい反応ですね」
「うっっっさい!」
「痛いイタイ!」
大河への怒りのせいか、俺の手を握る力にこもる。
ぎゅうぎゅうと力強く握ってくる手は、火傷しそうなくらいに熱かった。
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