9章#16 ラブゲーム(2)
如月が鞄から取り出したのは、広げるとテーブルを覆いつくすほどの大きさになる紙と普通より少し大きめのさいころだった。
流石の俺も、これが何なのかを大まかに予測することはできる。
いわゆるすごろくだ。さいころを振って、出た目の数だけ進む。なるほど、テーブルゲームの定番であり、六人でもそれなりに楽しめると言えよう。
問題は、
「『ラブドキ♡ キュンキュンすごろくゲーム』よ!」
「いえーい♪」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
明らかにアレなゲーム名がついていることだった。
何故かノリノリの雫と目が合うと、ぱちん、とウインクをされる。おもくそ可愛いがツッコミ役が不在すぎてやばい。ヘルプミーってことで、大河に目を遣った――が、苦笑を返されてしまう。
えぇ……このノリに付き合わないといけないの?
「一応、聞いてやろう。その『ラブドキ♡ キュンキュンすごろくゲーム』ってのはなんだ?」
「名前間違えずに言えるんだ……」
「やっぱりネーミングセンスが雫ちゃんと被ってるんですね」
「澪、大河。ツッコミ役がただでさえ足りない上に誰も助け船を出してくれない中で頑張ってるんだから背中から撃ってくるのはやめてくれ」
別にネーミングセンス被ってもないし。
ぶつくさと思いつつ、今は話を進める。
「で、その不穏なゲームについての説明は?」
「その説明は、私じゃなくて雫ちゃんにお願いするわ」
「は?」
「お任せくださいっ!」
びしっ、と敬礼をする雫。はじけるような笑顔が可愛らしい。が、悪戯心に満ち満ちていてちょっと怖い。
ドヤ顔のまま、雫は説明を始める。
「説明しましょう! 『ラブドキ♡ キュンキュンすごろくゲーム』とは! ラブドキっとするようなシチュエーションをこなしながらすごろくをし、キュンキュンするゲームです」
「一ミリも分からなかったから再提出」
「友斗先輩が厳しいっ! 精神的ドメバイですね!」
「厳しくないし、ドメバイじゃなくてDVだし、そもそもDVでもないしっていうツッコミどころしかない返しをするのはやめような」
そこはかとなくこみ上げてくる嫌な予感に苦笑しながら、さあ、と説明を促す。雫はにししと笑い、テーブルの上に出されたアイテムを指しながら話した。
「まあ真面目な話をすると……基本的には普通のすごろくです。ただ『ラブドキマス♡』っていうマスがあって、そこに止まるとキュンキュンするようなことをしなくちゃいけないんです」
「キュンキュン……?」
「ですです」
言われ、マスに目を向ける。ハートの形のマスが『ラブドキマス♡』なのだろう。中に書かれている内容はマスによって違う。一番手近なところにあるマスには、『任意の相手に壁ドンしながら何かを囁く』と書いてあった。
完全に大学生のコンパのノリじゃん。いや、大学生のコンパ知らないけど。王様ゲームでなし崩し的に色々シちゃう爛れた大学生を彷彿とする。流石にこのゲームからそういう流れにはならんと思うが……。
「で、今からこれをやるつもりなのか?」
「もちです! そのために持ってきてもらったので」
「なるほど……そうか。じゃあ五人で楽しんでくれ。俺は部屋で――」
「――もちろん友斗先輩も、ですよ? っていうかこの話の流れで自由参加なわけないじゃないですか。きょーせいですっ!」
「うぐっ……」
逃げようとした俺の手首をがっちりホールドする雫。
そんなの分かってるんだけどさぁ……でも、なぁ……?
少し前までならともかく、今こんなゲームをやるのはまずい。
「み、澪。雫に何とか言ってくれないか?」
「え、嫌だけど。これも私たちの作戦の一環だし?」
「うぐっ」
上機嫌に鼻歌を歌う澪を見て、このゲームに乗り気なことに気付いた。くっそぅ、可愛いなおい。
となれば、頼りになるのは大河だ。きっと生真面目な大河なら、こんな風に強制することには反対してくれるはず。
「大河。分かってくれるよな……?」
「ユウ先輩がどうしても嫌なのでしたら私は強制すべきじゃないと思いますが……私は、やりたいです。少し恥ずかしいですけど。ダメですか?」
「――ッ……!?」
その返しはズルい。
大丈夫だよ、やるよ、って頭を撫でてやりたくなる。大河も乗り気なのか……って、当然だな。澪も、大河も、俺のことを好きでいてくれる。
これも『ハーレムエンド』のため、ってことか……。
ぐぬぬ……と考えていると、雫が追い打ちをかけるようにニヤニヤと言った。
「っていうか! 友斗先輩がそこまで拒否る理由、なくないです? 私たちは友斗先輩のことが好きなのでグイグイ行きますけど、それで困ること、なくないか?」
「っ……それは、そうかもしれないが」
理屈の上では、確かにそうだ。
三人は俺のことが好きで、『ハーレムエンド』を目指してアプローチしてくるとも宣誓してきたばかりだ。そういう意味では、このゲームをやりたがるのも当然だと言える。
一方の俺は、表面上は三人のことが好きなわけではないので、躊躇う理由はせいぜい『恥ずかしいから』くらいしかないことになる。嘘の告白を強制されるわけでもないしな。
問題は、本当は俺が三人に恋している、ということ。
『ラブドキマス♡』の内容をやろうとしても、色んなものが限界で堪えきれる自信がない。うっかり『好き』と口にしてしまうかもしれないし、態度に出る危険もある。
だが――ここで断り続ければ、それこそ怪しい。
いつもの俺なら、きっと勢いに流されてやることになる。強く拒絶してしまえば、“何か”が変わったとバレてしまうだろう。
はぁ、と溜息をつき、俺は項垂れるように頷いた。
「分かった、やるよやる。但し二つ条件をつけさせてくれ」
「条件ですか?」
「ああ」
最後の抵抗、というより予防線だな。
ピンと指を立てて俺は言う。
「一つは、回数制限ありでいいからパスをできるようにすること」
「ふむぅ……なるほど」
見たところ、『ラブドキマス♡』はそれなりに数がある。ゴールするまでに何度も踏むことになるだろう。一度ならともかく、何度も何度もやるのは耐えきれない恐れがある。
雫は如月とこそこそ話し、こちらに向き直った。
「分かりました。じゃあ一人三回までパス有りってことにしましょう」
「……助かる」
三回を少ないと見るか、多いと見るか。いずれにせよ、変に抵抗して回数を減らされても困るし、ここは素直に受け入れよう。
「もう一つ。マスに書いてある内容を全部読んでないから何とも言えないが……明らかにやりすぎな内容はなしにしてくれ」
「そこは安心してください! 鈴先輩が健全なゲームにしてくれたので」
「えっ、これ作ったの伊藤なのか……?」
「ですですっ。何でも、作ってるゲームに登場するらしくて。検証のために作ったらしいですよ」
「あっ、そう……」
伊藤が作ってるゲーム、こっち系なのか……ちょっとプレイしたくなってきたぞ。まぁそれはそれとして、こんなゲームを作りやがったことはちょっと恨むけど。
だが、そういうことなら過激な課題は出ないと思っていいだろう。どうしてもって場合には異議申し立てをすればいい。
「それでは、プレイするってことでいいで。改めてルールを確認しますね?」
雫は俺だけでなく、他の四人に対しても言った。
首肯を受けて、手作り感が凄いルールブックを読みながら口を開く。
「ルールは、基本的にはすごろくです。さいころを回して、その数の分だけ止まります。止まったマスに書かれているに従って、ゴールを目指す感じですね」
マップ上には、『ラブドキマス♡』以外の普通のマスもある。ベースはすごろくで、一部ヘンテコなマスがあるゲームだ、と思えばいいだろう。
「『ラブドキマス♡』に止まったら、ラブアクションをします。マスによってボーナスは変わりますが、『ラブドキマス♡』は一気にゴールに近づけるのも多いので、勝ちを狙うなら積極的に踏んでいくことを推奨します」
「パスした場合はどうする?」
「もちろん、ボーナスは貰えません。それと、他の人のラブアクションの相手に指名されたときにパスをした場合は、ランダムで他の人が相手に選ばれることになります」
「…………なるほど」
見事に釘を刺されてしまった。
そのルールのせいで、相手役に選ばれた場合にはパスを使えなくなる。だってランダムで選ばれた相手が晴彦や如月だった場合、二人にも悪いし、なんか嫌だし。
顔をしかめていると、あっ、と晴彦が手を挙げた。
「雫ちゃん。1位へのご褒美と最下位への罰ゲームはどうする?」
「それももちろん考えてあります! ねっ、大河ちゃん?」
「う、うん」
雫に言われ、大河が首を縦に振る。
席を立ってキッチンから持ってきたのは……おにぎりだった。
「最下位の人には、さくらんぼ入りおにぎりを食べてもらいます」
「え゛」
さくらんぼ入りおにぎりって……食ったことあるぞ。
あの微妙なアレだ。何とも言えない不味いアレ。罰ゲームとしてはパンチが弱いが、正直、絶対に食いたくない。
「1位の人は、さくらんぼ入りおにぎり一つを指名した人に食べさせることができます」
「ってことは……最大で二つ食べることになるわけか」
「その通りです。ちなみに、今回のさくらんぼは軽く砂糖で漬けたものです」
「うわぁ」
いつか食ったアレでさえ甘くて気持ち悪かったのに。
俺がうへぇっとなる一方で、晴彦と如月はよく分かっていなさそうだ。不幸を知らないってのは幸せである。
「じゃあルールも確認し終えたところで早速始めましょう!」
やっても地獄、負けても地獄、勝ってもそこまで天国じゃない。
そんなラブゲームが幕を開けた。
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