9章#15 ラブゲーム(1)

「「ただいま」」


 買い出しを終えて家に帰る。

 扉を開けて言うと、奇しくも澪とハモった。

 別に大したことじゃないはずなのに、妙に意識してしまう自分が憎たらしい。好きな女の子が一緒にいるのは、フィクションよりもずっと息苦しいのかもしれない。

 そんなことを考え始めていると、お邪魔します、という二人の声が続いた。おかげで考え込まずに済む。


「おかりなさいお姉ちゃん、友斗先輩!」

「よ、ようこそいらっしゃいました。八雲先輩、如月先輩」


 トタトタという足音の後に、雫と大河が出迎えてくれる。

 わざわざ出迎えられるのもくすぐったくて視線をスライドさせると、何やら晴彦がにやにや笑っている。なんだよ、と目で訴えると、にへらっと返してくる。


「いやぁ~、すっかり家族みたいだなぁって思って。『ただいま』も『おかえり』も、素敵よね」

「……そりゃあな。春から同居してるんだし、いい加減慣れるだろ」

「まーな。けど入江ちゃんが『ようこそ』って言うあたり、三人じゃなくて四人だよなってしみじみと実感したんだよ」


 言われて、ハッとする。

 大河は随分と我が家に馴染んでいる。今日もお客ではなく出迎える側に回っているし、俺もそのことに違和感を抱かなかった。それ自体は俺たちが言ったことなのだが、いざこうして指摘されるとむず痒い。


「ふふー、それは当然ですよ、八雲先輩っ♪ 私たちは四人なんですから。ね、大河ちゃんっ?」

「うん……ということで、本日は出迎えるとして対応させてもらいます。八雲先輩も如月先輩も、何かあったらぜひ声をかけてくださいね」

「公認メイド!!!」

「メイドじゃねぇよ自粛しろ如月!」


 ツッコミどころにツッコんで、息苦しさを吐き出す。

 さっさと靴を脱ぎ、家に上がった。


「あっ、お二人とも。荷物をお預かりします。ハンガーを用意しておきましたので、上着はそれぞれ掛けていただければ」

「おお、さんきゅー」

「ありがとねぇ、大河ちゃん」

「いえ、これくらい最低限のおもてなしですので」

「いやどう考えてもやりすぎだし。トラ子、無駄に張り切ってて痛いよ。これだからぼっちは」

「ぼっちじゃないですし、仮にぼっちだとしても関係ないですから。澪先輩は早く手を洗ってきてください」

「言われなくても分かってるって。あんまりグチグチ言ってると友斗みたいになるよ」

「ちょっと? 人を悪い例みたいに扱わないでもらえますかね?」

「違うの?」「違うんですか?」

「ケンカの後に俺をディスるまでをテンプレにするのはやめようぜ!?」


 俺たちのやり取りに、ぷっ、と晴彦と如月が吹き出した。

 不服の意を視線で訴えかけつつ、澪に続いて俺もコートとマフラーを片して手を洗う。

 大河は晴彦と如月を案内し、雫は台所で作業をしている。さて俺は何を手伝おうかと思うが、料理に手を出すわけにもいかない。

 ふむ……と逡巡していると、なぁ、と晴彦に声をかけられた。


「友斗の部屋ってどこ?」

「ん……俺の部屋は階段上がったところだけど。なんでだ?」

「え、いや。ほら家に来たからには定番のアレをやろうと。な、白雪?」

「ええっ! やっぱり探すわよねっ、エロほ――」

「――シャラップ!」


 こいつ、何の躊躇いもなく『エロ本』って言おうとしやがった。

 ギリリと睨むと、てへっと誤魔化される。


「あのなぁ……? それが定番でテンプレな展開なのは重々承知、いや百々承知してるけど。でも普通に考えれば分かるだろ。そんなの持ってねぇよ」

「つまりスマホで済ませてると」

「パソコンの数学ファイルじゃないの?」

「どっちも違う」


 あと、如月は目をキラキラさせないでほしい。あんまり大声で話してると、料理を手伝い始めた澪も混ざってきて大変なことになるだろうが。大河の耳に入っても面倒だし、そもそも好きな子たちの前で話すのは羞恥で死ぬ。


「あのな、この家は部屋の鍵が閉まらねぇんだよ。つか、仮に鍵が閉まったとしても同じ家に女子がいるなかでことをできるわけないだろ?」

「「あ~」」


 と、二人が納得したようにこくこく頷く。

 なんかこの反応もムカつくな。『お前らはシたのか?』とか言って、うぶカップル要素を引き出してやりたくなる。どうせシてないだろうし。

 が、そんなこと言うとこの後変な空気になりかねないのでやめておく。やだよ、こっそり手を繋いだり目配せしあったりされたら。あと、冬星祭の帰りの雰囲気を思い出したら、シてるのでは?と思えてきたし。


「分かったら散れ。適当にソファーにでも座っててくれよ。少ししたら昼飯ができるだろうから」

「おー、亭主関白感」

「亭主でも関白でもない。いいから行くぞ。俺もやることないし、何なら勉強教えてやるから」

「「あ、それは嫌」」


 息ぴったりだった。そんなに勉強は嫌か。そんなんだと、三学期の学年末テストがヤバいからな……?

 苦笑しつつ、三人でリビングに向かう。雫たち三人が台所に立っているので、いよいよ俺の役目はなさそうだ。


 仄かなカレーの匂いが漂ってくる。

 四人で、家族で……。

 『ハーレムエンド』のその先には、こんな日常があるのだろうか?

 ふと湧き出た妄想は、フルスイングで蹴飛ばした。



 ◇



「ふぅ……マジで美味かった」

「そうねぇ~。こんな美味しい料理を食べられるなんて、百瀬くんは幸せ者だわ」

「まぁな。けど別に、何時も作ってもらってるわけじゃないぞ。ローテーションで作ってるんだから」


 昼食を終えて、俺は晴彦と如月と話していた。

 洗い物は俺がすべきだろうと思っていたのだが、三人が『二人の相手をしてて』と言って台所から俺を追い出したので、諦めることにした。

 そういえば最初の食事当番のとき、晴彦にも相談したんだっけ、と思い出す。その後に時雨さんとも話し、雫に頼むことにしたのだ。


「で……お前ら、この後どうする? 一応据え置き型のゲーム機は揃ってるけど、複数人で遊べるようなソフトは持ってないぞ。友達いなかったし」

「しれっと悲しいことを……」

「うっせぇ。友達百人目指してる晴彦とはわけが違うんだよ」


 こちとらモンスター育成ゲームでの通信すらほとんどしてないんだぞ。ゲームは一人でやるもの、もしくはネットでやるもの、というのが俺の中での常識だ。

 じゃあ、と晴彦が聞いてくる。


「普段四人でいるときって何やってんだ?」

「普段、か……」


 言われて、ふと考えてみる。

 うーむ……あれ?


「食ったり、喋ったり、テレビ見たり……そのくらいだな。あの三人は一緒に風呂入ったり、寝たりしてるみたいだけど」


 もしかしなくても、普段からほとんど何もしてない?

 雫と澪と大河は色々やったりしてるけど、俺含め四人でやってることはマジでほとんどない。せいぜいプレゼント交換と裁判か。


「ガチ家族じゃん……」

「それはそれでどうなのって聞きたくなるわよね」

「……しょうがないだろ。そういう空気なんだから」


 四人で遊べるような何かを持っているわけでもなく、何かで遊ぼうという空気にもならない。それなのに俺が何かをしようとする方がおかしい。

 元より、大河は遊びに来てるんじゃなくて四人の時間を過ごしに来てるんだしな。

 思っていると、こほん、と偉ぶって如月が咳払いをした。


「まぁ、その点私たちはとってもイイモノを持ってきてるのだけどね」

「そーそー! 安心していいぜ。今日は友斗を、絶対に退屈させないから」

「何故だろう。そこはかとなく嫌な予感がするんだが」


 めっちゃ満面の笑みの二人を見て、俺はこめかみに手を添えた。別にこの二人に痛い目に遭わされたことがあるわけじゃないんだけど、なんかね?

 思っていると、ふっふー、と後ろから雫の声が聞こえた。


「だいじょーぶですよ、友斗先輩♪ 私からお二人に頼んだので、変なものじゃないです」

「えぇ、そのとおり!」

「その念押しが逆に怖ぇんだよな……じゃあ聞くけど、何を持ってきたんだ?」


 じっと如月を見遣ると、彼女は鞄から何かを取り出した。


「『ラブドキ♡ キュンキュンすごろくゲーム』よ!」

「いえーい♪」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 ……嫌な予感、的中だった。

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