9章#06 聖夜(2)
重いプレゼントとは何だろう。
俺は今まで、何度かプレゼントをしてきた。
たとえば澪。彼女の誕生日プレゼントとして渡したのは、園芸部から貰った髪飾りだった。あれは解釈によって重くも軽くもなると思う。そもそもあのときは、プレゼントの軽重をそれほど意識していなかった。何が似合うか、何なら喜んでもらえるか。そこを考えていたように思う。
では雫はどうか。先日のゲームのプレゼントは論外だろう。喜んでもらえはしたが、軽重で言えば軽いはずだ。無論、判断基準を変えればその限りではないが。
雫には過去に、他のプレゼントもしてきた。ブックカバーとか、栞とか、お菓子とか、入浴剤とか、プレゼントするたびに色々と調べていたように思う。
さて、例を幾つか挙げてみたが、プレゼントの中でもとびきりに重く、そして痛いものがあることを俺は知っている。
……知っているくせに、俺は選んでしまったのだった。
「渡したい物ですかっ!?」
「ふっ、やっと?」
「わ、渡したい物……!」
覚悟と共に深い後悔が胸を埋め尽くしている俺とは対照的に、三人の表情はパァと晴れた。くっそぅ、可愛い。俺のプレゼントってだけでそんなに喜んでくれるとか天使かよ。マジで好きすぎてヤバい――じゃなくて!
油断すると思考がおかしな方向に行きそうなので、心の炎に後悔をくべていくことにした。
ちょっと待っててくれ。
そう告げてから一度部屋に行き、三人分のプレゼントを持ってリビングに戻る。
緊張とワクワクが綯い交ぜになったような目で見られ、こそばゆい気持ちになった。
「えっと……分かってると思うけど、クリスマスプレゼントだ」
「「はい」」「うん」
渡すことは、バレている。
それなのにこうして畏まっているのは、お年玉のやり取りをする家族のようだった。ぽりぽりと頬を掻き、まずは雫を見遣る。
「雫は、これな」
「はいっ。ありがとうございます……っ!」
「ん、まあ、あれだ。いつも傍で笑ってくれてるのとか、嬉しいし。そういうののお礼も含めてるから」
「ふふー。つまり友斗先輩は私のことが好きでしょうがないってことですね~」
「っっ、ま、まぁ後輩としてはな。最強の後輩だろ」
小悪魔は心臓に悪いからやめてほしい。
照れ臭さともどかしさと羞恥で死にたくなる。同時に、この子一人に『好き』を手向けられないことがどうしようもなく歯痒い。
俺は苦笑することで誤魔化しながら、ほい、と雫に箱を手渡した。
しかし、中を確認する様子はない。他の二人にも渡してからってことか。
「じゃ、じゃあ次は大河」
「は、はい」
そう口にしてから、そもそも三人いっぺんに渡せばよかったのでは、と気付く。でも呼んでしまったのでもう手遅れだ。雫への態度と差をつけるのもそれはそれでしっくりこないし。
「大河はこれ」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
「っ……そか。ま、生徒会でもその他のことでも、公私ともに支えてもらったしな。その礼みたいなもんだから」
「はい。大切にします」
大河用の箱を手渡すと、ぎゅっと大事そうに抱き締めた。
……っ、そういうことをされるとめちゃくちゃグッとくるからやめてほしい。でもそういう反応されると嬉し――こほん。
きちんと頬に力を入れ、最後に澪へ目を向ける。
「次に……澪な」
「ん。っていうかこれ、表彰式みたいなんだけど」
「……今それを言うなよ。俺もいっぺんに渡した方がいいかなって思ってたんだから」
「そ。ま、そういう変なところも好きだけど」
「~~っ、変なところとか言うんじゃねぇ。誠意をもって接してる結果だと言え」
今好きとか言われるとクリティカルヒットすぎて頬がゆるゆるになるんだよな……。俺はぷいっとそっぽを向き、澪用の箱を差し出す。
「澪のはこれだ。時雨さんのこととか、色々と世話になってるし。これからもよろしく頼む」
「ん……ありがと」
二人と違って、澪は比較的淡泊な反応を――と思っていたら、クールに見えた表情が、ふっ、と緩んだ。
ビターチョコレートがミルクチョコに変わったような、ほどける笑み。とくん、と胸が鳴る。
「中、開けてもいいですか?」
「ああ。好きに開けてくれ……あ、でもだな」
「でも?」
はて、と雫が首を傾げる。
でも、なんだと言うのか。自分の往生際の悪さに苦笑しつつ、俺は続けて言った。
「中は同じっていうか、同じじゃないんだけど似てるっていうか……そんな感じだから」
「……? まぁそれは箱を見れば分かりますけど。同じお店のですし」
「あ゛。そ、そうだよな。ははは」
ラッピングからして同じだもんね。分からないわけないよね、うん。本当に言いたいことはそれじゃなかったのだが、これ以上言える感じでもない。
しょうがないので口を噤む。
三人はラッピングを丁寧に剥がす。リボンも、包み紙も、全部を愛おしむような手つきにドキリとした。
やがて箱から取り出されるのは―――三人の、指輪だった。
「指輪、ですか」
「……あ、ああ。ピンキーリングだ」
それなりに値が張るし、どうしても潜在的に愛とか結婚とかそういうことと結びつくイメージがあるから、否が応でも重くなってしまうプレゼント。
しかも俺はわざわざご丁寧に、三人の誕生石のものを選んで買ってしまった。これほど重く、そして意味のこもったプレゼントはない。
買ったときはよかったのだ。ピンキーリングは、別に恋愛グッズというわけではない。あくまで恋愛的な意味合いもあるだけだ、と言い訳できたから。でも今は違う。紛れもなく、このプレゼントには俺の気持ちがこもってしまっている。
「えと、あれだ。ピンキーリングってのは、小指につける指輪でな。右手と左手どっちにつけるかで、色々と意味が変わるらしくて……別に、恋愛的な意味合いだけじゃない、っていうか。仕事とか、人間関係とか、そういうのに願いをこめるのもあるから……」
ペラペラと言い訳を連ねても、それが上滑りしていることは分かってしまう。
俺が明後日の方向を向くと、雫が聞いてきた。
「へぇ。右と左だと、意味ってどう違うんですか?」
「それは……確か、右だと自分の魅力をアピールしたり、表現力を高めたりするんだったかな。左は、チャンスを引き寄せて願いを叶える。人との絆を深めたりもするらしい」
買うときにネットで調べたことを諳んじると、ふむふむ、と雫が楽しそうに頷く。
それから澪と大河と顔を見合わせ、にひ、と悪戯っぽく笑った。
「じゃあ友斗先輩。私は左に着けたいので、着けてくれますか?」
「は? いや自分で――」
「私もしてほしいんだけど」
「わ、私もお願いしたいです」
「へ? いや、あのな。それは流石に……」
「流石に?」
恥ずかしすぎる。だってプロポーズみたいじゃないか。ただでさえ重いプレゼントをしてるのに、渡し方まで重くなったらいよいよ……。
文句は思い浮かぶけれど、それを口にするのは躊躇われる。当然だ。好きでなければ、そこまで過剰反応する必要のないお願いなのだから。
堪えろ、百瀬友斗。
恥ずかしいし、想いが零れそうになる。でも……三人を好きになる前の俺なら、間違いなくこのお願いに応えていた。
「――分かったよ。それくらいでいいなら、やる。雫は左手でいいとして……大河と澪は?」
あくまで平静を装って、尋ねる。
澪は自分の指と睨めっこをして、大河は目を瞑って考えてから答えた。
「私も、左でお願いします」
「左でお願い」
「分かった」
結局、三人とも左手か。
まぁ三人揃って右利きだし、利便性的にも左なのかもな。
俺はそんな風に分析することで気恥ずかしい思考が入り込む余地をなくしてから、雫の方を見遣った。
「じゃあ雫から」
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