9章#07 聖夜(3)

 SIDE:雫


 友斗先輩からクリスマスプレゼントを貰うのは初めてじゃない。お姉ちゃんや大河ちゃんと違って、私は去年までもずっと友斗先輩とプレゼントを交換してきた。誕生日プレゼントも何度も貰っているのだから、割と慣れて余裕があると思っていた。


 でも今年のプレゼントは、何もかもが違う。

 そもそも指輪なんて、貰ったことがない。ネックレスやイヤリングならくれそうなものなのに、それすらもなかった。ブックカバーとか栞とか、あとは消えモノとか。そういうところも好きだったけど、やっぱり女の子だもん。好きな人からアクセサリーを貰えるのは嬉しい。


 まして、指輪だ。

 指輪を持っていないわけじゃない。小さい頃にはおもちゃの指輪を買ってもらったりもしたし、自分で買ったことも数度ある。

 けど友斗先輩がくれるようなしっかりしたものは初めてだった。


 キラキラと煌めく誕生石。空みたいに蒼いその石は、ブルートパーズだと思う。私も調べたことはあるし。

 お姉ちゃんと大河ちゃんとは、あしらわれた誕生石の色だけが違って、あとのデザインはお揃いだ。大好きな人たちと一緒のプレゼントなのも、初めてのこと。だから嬉しくなる。


「雫。指輪、かしてくれ」

「はい。お願いしますねっ、友斗先輩♪」

「……おう」


 友斗先輩に言われて、どうぞ、と指輪を渡す。

 触れた手はほんの少し熱くて、あー照れてるんだな、と思った。頑張って我慢をしてるんだろうけど、顔もほんのり赤く染まってるし。可愛いなぁ、こういうの。


「じゃあ手、出してくれ」

「はーいっ。痛くしないでくださいね?」

「っ、分かってる」


 ぶっきらぼうにそう言う友斗先輩。

 そっと私の手に目を落とし、丁寧に私の小指に触れた。それから一度こくりと頷いて、ピンキーリングをはめてくれる。

 きつくも緩くもない、ジャストサイズ。フリーサイズではないことを考えると、友斗先輩はきっちりサイズを考えてくれたらしい。手を繋いだとき……かな? 何それ、嬉しい。

 友斗先輩の方を見遣ると、ぱち、と目が合った。


「「あっ」」


 ぷい、っと不器用な子供みたいに視線を逸らされる。

 何この反応????

 庇護欲っていうか、母性本能っていうか、そんな感じの何かがこちょこちょされるんですけど???


「ありがとうございます、友斗先輩っ♡」

「あ、ああ」


 これくらいのサービスはな、と言った友斗先輩は、次に大河ちゃんに向き直った。

 大河ちゃんはピンと背筋を伸ばして、緊張した様子で指輪を渡す。


「お願いします……!」

「分かった」


 はめやすいようにピンと指の間を広げて、手を差し出す大河ちゃん。

 友斗先輩はごくんと息を呑むと、私にしたように、大河ちゃんの指に触れる。


「んっ」

「あ、悪い」

「い、いえ。ユウ先輩の手が少しくすぐったかっただけなので……」

「……そっか」


 ちょっとだけ色っぽい声を漏らす大河ちゃんに、友斗先輩の顔がますます赤くなる。こほん、こほん、とさっきから咳払いばっかりだ。そんなにしても照れ臭さとかは消えないんじゃないかな~?

 思っているうちに、大河ちゃんの小指にピンキーリングがはまった。


「ジャストサイズ、ですね」

「ん? ああ、まぁな。そこまでサイズに種類があるわけじゃないし。一応ある程度は調整もできるはずだから」

「そうなんですね……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 友斗先輩の視線は、逃げるようにお姉ちゃんの方に向かった。

 お姉ちゃんは悪戯っぽく笑い、はい、と指輪を渡す。


「『痛くしないでくださいね?』」

「っ、そのやり取りは既に済ませたんだが?」

「ま、ね。初めてのときの方がよっぽど痛いだろうし」

「……ここで下ネタ言うかね」

「下ネタのつもりはないし。友斗との、大切な思い出だから」

「~~っ」


 初めてって……エッチの話だよね?

 友斗先輩の顔に『限界』って書いてある。それでもお姉ちゃんは攻めるのをやめないらしい。くくく、と愉快そうに口角をつりあげると、手を差し出した。


「んんっ。はめるからな」

「ん」


 確かめるように指に触れてから、すーっとリングをはめこむ。

 やっぱり、ピッタリサイズ。

 私たちのことを考えて選んでくれたんだろうなーって分かった。


「ねぇ友斗」

「な、なんだよ」

「いつか、隣の指にも同じことしてもらうから」

「~~っ!?」


 トドメだった。隠しようもなく、トドメだった。

 お姉ちゃんが大河ちゃんにドヤ顔して見せる。でも、そのドヤ顔も口もとが明らかにニヤケてるんだよなぁ。

 まぁ、しょうがない。

 だって……今回のプレゼントは、特別だから。


 私にとっても、大河ちゃんにとっても、お姉ちゃんにとっても、すごく特別だ。

 何故なら――この指輪には、気持ちがこもってるから。

 私は二人と頷き合う。


「あー! 俺、もう眠いし寝るわ」

「まだ9時すぎだけど?」

「寝る子は育つからな。澪には分からな――脛はやめてっ!?」

「因果応報、自業自得。あと私はチビじゃないし」

「身体的特徴を揶揄するのはよくないことですが、澪先輩が小さいことは否めないのでは」

「お姉ちゃん、寝るの遅かったもんね」

「…………ちぇっ」


 大河ちゃんを援護射撃すると、お姉ちゃんが渋い顔をする。

 実際、お姉ちゃんはあんまり寝てなかったもんなぁ。友斗先輩との身長差も20cmくらいあるし。でも身長差大きめのカップルも私的には最高なのでオッケー!

 って、そーじゃなくてっ!


「でもでも、友斗先輩。今日はクリスマスイブですよ? サンタさんが来るまで寝ないで起きてる日じゃないですか」

「違うからね? サンタと張り合おうとするんじゃありません。粘れば粘るほど遅い時間に作業を強いられるだろ」

「ああ……それは大変そうですね……」

「だろ?」

「大河ちゃん、共感するポイントがおかしいよっ?!」


 生徒会ってそんなにブラックなのかな……。

 ちょっと心配になるけど、今は友斗先輩に逃げられないようにする方が大切。まだやることは終わってないんだし。


「というか、まだお風呂にも入ってないですし、ケーキも食べてませんよね。それでも眠いのでしたら、私は無理強いしないですが……」

「うっ、それは、そうだな」


 大河ちゃんの真っ当な指摘に、友斗先輩はきまりが悪そうに顔をしかめる。サンタとかじゃなくてそっちを言えばよかったんだ……と、私は苦笑した。

 ともあれ、友斗先輩は逃げるのを諦めてくれた。すごく恥ずかしそうな顔のままだけど、今はそれはいいや。

 私は二人と頷き合ってから、けふんこふん、とわざとらしい咳払い擬きをして言った。


「友斗先輩、私たちからも渡したい物があります」

「えっ……?」


 ぽかーん、とちょっと間抜けな顔になる友斗先輩。

 にしし、思惑通りだ。


「さっきのじゃなかったのか?」

「ん~? さっきのってステージのことです?」

「ああ。『スリーサンタガールズ』とかいうクソダサい団体名で出てたし、てっきりあれがプレゼントなのかと」

「ダサくないんですけど!?」

「あはは、ダサいよねあれ」「やっぱりネーミングセンスはないですよね」

「二人とも!?」


 どーせ友斗先輩だって似たようなネーミングセンスのくせに。


「もちろん、あのステージも私たちからのプレゼントですけど! でも、ちゃんと形があるものも用意してます!」

「……そう、か」

「はい、そうなのです。ってことで、ちょっと待っててくださいね」


 言って、私はとたとたと部屋に行く。

 プレゼントを取って戻ると、友斗先輩が気まずそうに正座していた。何故正座……? 可笑しくなりながら、私はお姉ちゃんと大河ちゃんと一緒になる。


「三人で選んだプレゼントなので、ありがた~く受け取ってくださいね?」


 おままごとみたいに幼稚なことなのかもだけど。

 でもちゃんと三人で持って、三人で手渡す。だって私たちが目指すのは『ハーレムエンド』だから。四人で幸せに辿り着きたいから。

 友斗先輩はありがとうとお礼を言いながら、緑色のラッピング紙に包まれたプレゼントをまじまじと見つめた。


「……開けても、いいか?」


 こく、と頷くと、友斗先輩はリボンをほどき、ラッピングを丁寧に剥がす。

 あーこういうことなのかな、って思った。

 さっき私たちがプレゼントを開けてるとき、友斗先輩がやけに恥ずかしそうにしてて。なんでかなーって思ったけど、今なら分かる。こんな風に大切そうにゆっくり開けられると、嬉しいんだ。愛おしいんでくれてるんだ、って分かるから。


「マフラー、か」

「ん。友斗の、もうくたびれてたでしょ」

「まぁな。だから普段から着けてなかったわけだし」

「最近は寒そうになさってましたし……1月になったら、一層寒さも厳しくなりますから」


 何をプレゼントしようか、三人で練習の合間に話し合った。

 マフラーがいいと言ったのはお姉ちゃんと大河ちゃん。よく見てるな、って思った。最近の友斗先輩は寒そうに肩を竦めたり、顔をしかめたりすることがある。

 じゃあ私は何を決めたかと言うと――


「赤か……派手だな。俺に似合うか?」


 ――マフラーの色だった。

 くるくると試しに首にマフラーを巻いて、友斗先輩が私たちを見る。

 うん、やっぱり私の見立て通りだ。お姉ちゃんと大河ちゃんのお墨付きもあったから、ちっとも心配してなかったんだけどね。


「似合うかどうかじゃないですよ、友斗先輩。赤いマフラーはヒーローの証です。似合う男になってください」

「……っ」

「それに……それは、私たちとの運命の赤い糸の代わりですから。きっと他のどんなマフラーよりあったかいですよ」


 友斗先輩は、くいっとマフラーをあげて顔を隠す。

 そのまま赤いマフラーに負けないくらいに顔を赤くして、ぼしょぼしょと呟いた。


「……ありがとう。大事にする」

「「「っっ!?」」」


 その目は、ずっとずっと私たちが向けてもらいたいものだった。

 気持ちがこもった、身体の奥が熱くなるくらいの恋する瞳。

 想像よりもずっと限界オタクっぽさがあって、ちょっぴり意外だけど。

 その瞳に私たち三人が映っていることを、私たちははっきりと認識した。

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