9章#05 聖夜(1)
夕食時を過ぎていることもあり、クリスマスっぽい惣菜はそこまで多く残っていなかった。割引シールが貼られたものを幾つかカートに入れ、ついでにシャンメリー二本ほどとケーキを買い込み、俺たちは家に帰った。
「「「「ただいま」」」」
四人の声がそう被るのは、今までならば特別なことではなくて。
けど、好きな女の子三人と同じ場所に帰ることができるって幸せすぎるな、みたいな考えが頭をよぎって、胸の奥がぐちゃぐちゃになった。
今日も、父さんや義母さんは帰ってきていない。
年末年始できっちりまとまった休みを取るためにも、今は追い込んでいるのだとか。晴季さんも似たような感じっぽいので、勤め人のさがなのだと思う。
俺だって、年が明けて1月に入ったら月瀬にバイトを紹介してもらうことになっている。そうなったら俺も、勤め人の気持ちが分かるのかもな。
そんなことを考えて意識を逸らさねば、夕食の支度をする三人のことばかり見てしまいそうだった。
三人の部屋着は、別に新鮮なものではない。
雫と澪は、薄手のTシャツにもこもこのパーカー。雫はホットパンツを、澪は俺のおさがりのスウェットを履いている。大河は少ししゃんとしたシャツとチェックのレギンスパンツだ。
買ってきたものを温める三人をよそに、俺は食器の準備をする。
テレビを点けると、バラエティ番組のクリスマススペシャルがやっていた。曰く、タレントの切ない恋バナ。見る気にはなれないが、わざわざチャンネルを帰るのも意識している感じがして躊躇われる。とりあえずそのままにしておいた。
「さて、と。じゃあ準備ができたし食べましょっか!」
温まった食事を運び終えると、ぱんぱん、と手を叩いて雫が言った。
俺はとぽとぽと四人分のグラスにシャンメリーを注いで席につく。
三人の視線がこちらに向いた。
「友斗、乾杯の音頭でもとってよ。そういうの得意でしょ?」
「そういうのって……澪は俺にどんな印象を抱いてるんだ」
「パーリーピーポー?」
「マジで俺のどこを見てそう言ってる?!」
そりゃ今年は打ち上げにちょいちょい参加したけども。
お分かりの通り、俺はパーティーからは程遠い人種だ。乾杯の音頭とか分からんし、そもそも今乾杯をする必要があるのかも分からん。
三人はくすくすと笑い、大河が代表するように言った。
「確かにそういう明るい人には見えないですけど……でも、この場で音頭を取るとしたらユウ先輩じゃないですか? 一番の年上なわけですから」
「そそ。妹フェチなんだしさ。たまには兄らしいことしたら? おにーちゃん?」
「っっ……」
真っ当な大河の指摘と澪のからかうような言葉のダブルパンチ。
これに抗うのは難しそうだ。雫を見遣ると、ふぁいとです、と口の形だけで言われる。乾杯の音頭って言われてもなぁ……。
「えーっと。じゃあ……乾杯」
「0点」
「ちゃんとお願いします」
「私のエールを無碍にしすぎですから!」
「ぐぅ」
ダメか。
え、じゃあ何言えばいいの? スピーチ的なことをしなきゃいけない感じ? めっちゃ緊張するんですけど。
でも……やるか。折角のクリスマスパーティーなわけだし、好きな女の子たちの前だし、なんか気が利いたことを言うくらいは…………許されるだろ。
俺は席を立ち、こほん、と咳払いをした。
「ええっと……まぁそんなわけで、今日はクリスマスイブだ。三人と一緒にこうして過ごせて、すげぇ嬉しい。クリスマスが、また一ついい思い出になった。だから来年も、その次も――」
――ずっと、ずっと、傍にいてほしい。
そう言えたら、よかった。
この恋心さえなければ、大切な人に向けての言葉として、照れ臭くなりながらも口にできたのに。
恋をしただけで、言えなくなる。抱いてしまった恋心のせいで、今まで口にしてきた言葉が特別な響きを伴ってしまうから。
「――幸せでいてほしい。それじゃあ、メリークリスマス」
「「「…………」」」
一応、『メリークリスマス』が乾杯の音頭だったのだが……三人はぽかーんと呆けたような表情を見せて、乾杯をしてくれない。
えっと……? と首を傾げると、まずは雫がハッと我に返ったような素振りを見せて、言った。
「も、もうっ! やればできるじゃないですかっ!」
「ま、まぁ。経験がないわけじゃないからな」
「ん……じゃあやっぱり得意なんじゃん」
「得意ではねぇよ。経験なんて微々たるものだし」
「それでも経験があるだけで充分ですよ、ユウ先輩。いいスピーチでした」
「初めてのおつかいの親目線なんだよなぁ、それ」
しかも結局、三人は乾杯してないし。
俺は、改めてグラスを掲げ、三人に目配せしてから言った。
「改めて。乾杯」
「はいっ、乾杯ですっ!」
「ん、乾杯」
「乾杯、です」
こつん、とグラスの縁がキスをする。
揺れるシャンメリーは、キラキラと輝いていた。
◇
「食べたねぇ」
「だね、雫ちゃん……食べすぎちゃったかも」
「ほんとそれ。トラ子、食べ過ぎだから」
「澪先輩には言われたくないんですが」
「私はいいの。毎日走ってるし」
「あぁ~。私も暫くお姉ちゃんと走ろうかなぁ。カロリー心配かも」
「あはは、そうだね」
食事を終えて。
三人は仲良くソファーに腰かけていた。その声には満腹から来る幸福感が滲んでいた。
数が少ないし割引になっているからと言ってどんどん買いすぎたかもしれない。そう思うくらいの量だったのに、四人で食べたらほとんど全てなくなった。残った分は明日の朝にでも食べればいいだろう。
ケーキは流石に後でということになり、今はまったりタイムだ。
とはいえ俺にとっては、それほど『まったり』と言える時間ではない。何故ならば、この時間にすべきことがあるからである。
『3分の2の縁結び伝説』の約束は、破らざるを得なかった。あのまま約束を守っていた方が三人に対して不誠実だし、最低に最低を重ねるような真似をしたくはない。
だがこちらの方を見送ることは許されない。
今日はクリスマスイブ。
あの子たちがサンタクロースになってあのステージをくれたように、俺もあの子たちにお返しをするべきだ。
……と、思いはするのだけれども。
このプレゼントを選んでいたときのことを思い出すと、どうにもこうにも、躊躇ってしまう。
昼に三人と別れた後。
俺は晴彦と待ち合わせをして、二人でクリスマスプレゼントを選んだ。雫にはきちんと考えるように言われたが、アドバイザーに頼るくらいのことは許されるだろう。
『で、どういう系にすんの?』
『逆にどういう系ならいいと思う?』
『いきなり丸投げかよ……』
『いや。ゲームとかがダメだってことは分かってるぞ』
『当たり前だろ!? 小学生へのプレゼントじゃないんだから』
晴彦は呆れたような溜息をついた後で、じゃあ、と言ってアドバイスをくれた。
『特別な相手じゃないなら消えモノがマスト。入浴剤とかアロマキャンドルとか』
『…………特別な相手だったら?』
『特別な相手なのか?』
『と、特別っつーか。大切な相手であることには変わりないから』
『へぇ、ふぅん、ほーん』
ムカつくニヤケ顔と共に、晴彦は言った。
『だったらアクセサリーだな。クリスマスだし、ネックレスとか指輪とか、結構重めのでもいいと思う』
『アクセサリーって重い方がいいのか……?』
『……重量の話じゃなくて、こもってる思い的な意味。ヘアアクセとかより、ネックレスとか指輪の方が相手を大切にしてる感が出るだろ』
『おお、なるほど。流石はイケメン、考えることが違うな』
『ふふーん。だろ?』
その後、俺は晴彦が如月のために選んだプレゼントの話を聞きながら、プレゼントを選んだわけなのだが。
ここまで話せば、分かってもらえると思う。
俺は――重めのアクセサリーを買ってしまったのだ。
「友斗先輩、さっきからそわそわしてますけどどーかしたんですか?」
「へっ? あ、えっと、あー……」
昼間の軽率な行動を呪っていると、雫に心配されてしまう。
いや、こちらを向くジト目を見るに、心配というより疑いや不審がこもっているようにも思える。まぁさっきから三人の後ろでそわそわしてたからな。
もう、誤魔化してもいられないか。
どちみち逃げ場はないのだ。
もう諦めるか。
俺は覚悟を決めて、三人に告げる。
「三人に渡したいものがある」
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