8章#43 ミスターコン

「あ、やっときたー! 百瀬くん、遅いよ」

「すまん。ちょっと買い物に行っててな」


 集合場所に到着すると、私服姿の月瀬が出迎えてくれた。

 普段と違う雰囲気の彼女を見て、一瞬戸惑ってしまう自分がいた。


 黒いシャツの上に着ているのは、赤い彼岸花が描かれた灰色のトレーナー。更には裏起毛の、オーバーサイズパーカーを羽織っており、黒いロングスカートの引き締まったイメージとは対照的な印象を受ける。

 髪型まで変えられてたら月瀬だと分からなかったかもな、なんて思ったりする。


「ん? どうかした?」

「いや。月瀬の私服を見るのって夏休みぶりだよな、と思って」

「あ、憶えてるんだね」

「忘れるわけないだろ。まだ1年経ってないんだから」


 あのときから考えると、月瀬との距離もだいぶ縮まった気がする。何かきっかけがあったわけではないが、自然と日常の一部になっていた。

 強いて言えば……月瀬が生徒会に入ったから、か?

 でもその前からそこそこ話していた。夏以来、ちょこちょこRINEも来てたしな。


「で、どう百瀬くん? 私服モードのあたし、可愛いっ?」

「それ、私服初見のときに言うことでは……?」

「初見のときになーんにも言ってくれなかった人がなんか言ってる」

「いや友達相手に服装褒めるのも違くない!?」


 それはちょっとセクハラっぽくない?

 俺が言うと、月瀬は少しムッとした様子を見せ、しょぼしょぼと拗ねるように呟いた。


「今日は女友達じゃなくて、特別パフォーマンスの相手だもん」

「うぐっ」

「誰かさんのせいで練習できなかったしなー、ぶっつけ本番だしなー。ちょっとくらいおだててくれてもいいんじゃないかなー」

「……ったく、別に俺に褒められても嬉しくないだろ」

「嬉しいよっ! 嬉しいに、決まってるじゃん……!」


 ぐっ、と月瀬が前のめりになった。

 思わず体を後ろに反らした俺は、鼻孔をくすぐる甘やかな匂いによって居た堪れない気持ちにさせられる。

 ラムネに蓋をするビー玉みたいに、その瞳は炭酸を抑え込んでいるように見えた。


「……そうだな、悪い」


 月瀬が言っていることは尤もなのだ。

 俺のせいで、一度しておくはずだった予行練習はできていない。せめて月瀬がノれるよう、気分を作ってやるのは俺の役目であり義務だろう。


「可愛いし、よく似合ってる。いつもと雰囲気は違うけどな」

「えへへ。サンキュー、百瀬くん!」

「お、おう……」


 溶け始めたクリスマスケーキみたいな笑顔だった。

 気まずくなった俺は、部屋に集まっている他の参加者に目を向ける。やはり大体は私服のようだが、制服のままの奴も少なくはない。

 逆にああいう方が目立つのかもな、と思ったりもする。


「それでそれで? 百瀬くんはどういう設定でいくのっ?」


 ミスターコンの特別パフォーマンスについては、きちんとした段取りがある。

 基本は『壁ドン』か『バックハグ』のどちらかを行い、台詞を言うだけだ。だがそれだけではシチュエーションも何ももないため、事前にどういう場面なのかを原稿にまとめ、司会に読んでもらうことになっているのだ。

 つまり、台詞だけじゃなくて場面まで参加者が妄想しなければならない。しかもそれをみんなの前でマイクに声を乗せて読まれるわけだ。死にたいね、うん。


 ちなみに、その場面説明の文章は今から提出することになっている。

 本当ならこの段階では月瀬への説明を済ませておくべきなんだが、何せ完成したのが昨日なので、まだ何も話せていなかった。


「それなんだが――」


 説明するのは、やっとの思いで絞り出した設定。

 月瀬にどうして欲しいのかを説明すると、彼女は何故かぽかんと間抜けな顔をした。


「百瀬くん、実は憶えてる? 憶えてるけど気付いてないふりしてる感じ?」

「……? 何の話?」

「…………しーらないっ」

「えぇ……俺、なんか悪いことしたか?」

「してないよーっ、だ。もういいもん。気付いてほしいわけじゃないし」

「気付くって何をだよ……」


 時々、月瀬はよく分からないことを言う。

 明るくておちゃらけた月瀬が、ある瞬間儚い花のように見えて、息が詰まりそうになるのだ。


「なあ月――」

「あなたが百瀬先輩っすよね」


 と、敵意剥き出しな声が俺の言葉に被さった。

 もうなんかこの時点で面倒な予感がするなぁと思いつつも一応振り向くと、爽やかなスポーツ少年が立っている。


「えっと、そうだけど。君は?」

「っ! 俺のことなんて歯牙にもかけないと? はっ、いいご身分っすね」

「いやだって知らないし……」


 なに? 今は月瀬と話してるんですけど?

 そう思ってじっと顔を見つめ、はたと気付く。

 晴彦ほどではないが、割と俺の好きな部類の顔だったから記憶に残ってた。


「思い出した。雫のクラスのミスターコン参加者だったな。名前は杉本クン」

「杉です! そうやって番外戦術で俺を蹴落とすつもりっすか。汚いっすね」

「いや一ミリもそんなこと考えてないけど?」


 と答えるが、杉山クンは俺の話なんて聞いちゃいない様子だった。

 一年A組、杉山大志。彼はミスターコンに出場する勇者なのだ。

 あと、俺の記憶が正しければ、一時期雫と付き合ってると噂されていたもの杉山クンだった気がする。冬星祭準備期間にたまたま遭遇した澪がキツく威嚇してやった、みたいに話していた。

 ……澪、シスコンがすぎない?


「こほん……で? 俺に何か用か?」

「お、俺は今日、あなたに勝つんで。インタビューでもそう宣言したっすから」

「インタビュー……ああ、そんなのもあったな」


 そういや、俺も適当に答えたんだった。

 SNSでの告知は流石に俺が担当するわけにいかなかったので如月のスマホでもログインできるようにしたのだが、割と上手いことやっていた覚えがある。配布された新聞もよくできていた。そっちは俺も手伝ったけど。


「なっ。見てないんすかっ!?」

「いやすまん。忙しかったのとミスターコンが嫌だったので、つい。そんな俺のことロックオンするようなこと書いてくれてたんだな。嬉しいよ」

「嬉しっ――嬉しがることじゃないっすから! 俺は今日あなたに勝って、もう一度しず……綾辻さんに告白します」


 なんでこの子は、爽やかイケメンなのにチワワが睨んでるみたいな目をしてるのだろうか。もしかして、割とバカ? ネタキャラ枠? ……などと、酷いことを考えるのはやめておこう。

 一応、杉山クンは真剣のようだし。ポッと出のライバル感は否めないが、真剣ならば相手をしてあげよう。楽しもうって大河に話したばっかりだしな。


「そっか、なら頑張ろうぜ。俺も負ける気はないから」

「……っ、はい。じゃあ負けた方が坊主ということでいいっすね」

「うん……? どうしてそうなった?」

「何事にもけじめがあるって思うんで!」


 それをお前が言うか……!?

 やや思うところはあるが、まぁ、所詮は口約束だ。本気で坊主にするつもりも、させるつもりもないだろう。


「はいはい、分かった。じゃあ順位が低かった方が坊主な」

「はいっ! 絶対坊主で年越しさせてみせますから」

「それはそれでめでたそうなんだよなぁ……」


 俺の苦笑はお構いなしに、杉山クンは去っていく。

 なんつーか、嵐のような奴だったな。そう思いつつ、何気なく生徒会のSNSを見て、俺は顔をしかめた。

 ……マジかよ、SNSだけだと杉山クン2位人気じゃん。


「え、もしかして俺坊主になる……?」

「かもねぇ。百瀬くん、流されすぎでしょ」

「うぐっ」


 月瀬の指摘が真っ当すぎて言い返せる場所が見当たらない。


「ま、大丈夫っ! あたしも頑張るから」

「えっ。じゃあやってくれるのか、この設定で」


 杉山クンが現れる前の会話を思い出して尋ねれば、頼もしい笑顔で返してくる。


「――任せてよ。その設定なら、澪や入江先輩にだって勝てちゃうんだから」

「そりゃ頼もしいな」


 この一瞬を大切に。

 気は乗らないが、せっかくのイベントなんだ。死力を尽くすくらいのことはしよう。


「じゃ、特別パフォーマンスの打ち合わせするか」

「うん。イメトレしとかないとね」


 ……問題は特別パフォーマンス以外なんだよなぁ。



 ◇



「さて! ということで始まりました、第一回ミスターコンテスト! 聖なる夜に、うちに学校のサンタクロースを決めましょうじゃありませんか!!!!」

「「「「おおおおお!!」」」」


 舞台の真ん中では、ノリノリで如月が司会進行をしていた。

 冬星祭運営サイドとしてはこの盛り上がりは喜ぶべきなのだろうけど、ミスターコン参加者としてはあんまり喜べない。死ぬほど恥ずかしいだけだし。

 だよな? と思って他の参加者を見遣るが……全然平気そうなのが八割ほど、緊張しているのが残りの二割ってところだった。嘘でしょ。羞恥心とかないんか……?


「流れを説明させていただきます。まずは、参加者全員に順に自己紹介と特技披露をしてもらいます。アピールの時間は、自己紹介と特技披露合わせて2分です。30秒までのおーバーなら目くじらは立てませんが、あんまり長引くのはNOでお願いします!」


 つまり、最大で150秒。

 この間に自己紹介と特技披露をやらねばならないわけだ。


「その後、順番をシャッフルし、特別パフォーマンスに移ります。キュンキュンな台詞で会場をドキドキさせちゃってください! グランプリには王冠を、グランプリ輩出クラスにはお菓子の詰め合わせをプレゼントです!」

「「「「おおおおお!」」」」


 景品自体は大したことないが、校風のおかげか、面白いくらいに盛り上がってくれる。イベント好きだもんな。あと、如月が地味に上手い。選挙のときにも思ったけど、勉強の面以外では高スペックだよな。


「それでは初めていただきましょう! まずは一年A組の参加者です!」


 早速杉山クンの番である。

 彼は、こちらを一瞥してから舞台袖を出て行った。

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