8章#42 冬の星
プレゼントを買って戻ってきた頃には、もう午後5時を過ぎようとしていた。本当にギリギリである。さくっと買って出て来ればよかったものを、いざ商品を前にすると悩んでしまい、想定の三倍ほど時間がかかった。
それでもなんとか開場時間には間に合い、会場に到着すると。
普段とは違う装いの生徒たちが大勢やってきていた。
冬星祭第二部は普通、私服で参加する。元々冬休みに突入しているのだから制服を着る義務はないし、それ以上に折角のクリスマスなのだからおめかししようという空気があるからだ。
まぁ有志発表とかで衣装に着替える奴も多いし、制服でいちいちやってられるか、って声もあったわけだけど。
かくいう俺も、ミスターコンの衣装と兼ねて私服に着替えている。ファッションセンスにはそれほど自信はないが、まぁ、トレンドを押さえた服を選んだつもりだ。他の奴らの服を見ても、めちゃくちゃダサいってことはないと思う。
「あ、ユウ先輩。おかえりなさい」
入口の辺りで迷っていると、大河が声をかけてくる。
そちらを見ると、大河は制服姿だった。
「おう、ただいま。大河は一度帰らなかったのか?」
「えっ、あ、あー……は、はい! 少しやることがあったので」
「やること? トラブルでも起きたか?」
「そ、そういうことではないです! ただ段取りを確認しておきたかっただけですので!」
「なるほど……?」
まあ段取りの確認は大切だな。俺と大河は第一部の準備に集中してたから第二部のリハには参加できてないし。
ふむ……そう言われると、俺もチェックしておいた方がいい気がしてくる。
「大河、念のため俺も有志発表のスケジュール確認しとくわ。それってスケジュール表だろ? ちょっと貸して――」
「ダメです!」
「え、何故に?」
どういうわけか、やたらと食い気味で拒否ってくる大河。
俺が怪訝な視線を向けると、大河の視線が泳ぐ。水泳選手ばりに泳ぎまくっていた。
「ええっと……あ、あれです。ミスターコンの参加者として来ていただかなければならないので」
「あ、ああ。でもまだ時間が――」
「ゆ、ユウ先輩とお話もあるので! いいですよね?」
「うん? ま、まぁ。そこまで言うならいいけど」
別に1分もかからないと思うんだがなぁ……。
でも大河がここまで拒否ってことは、色んな事情があるのかもしれない。大河が自分でやりたいって思ってるのに手を出すのも変な話だしな。
自分がやった仕事が中途半端なままなのは気持ちが悪いが、まぁ、今は納得しておこう。相手に嫌がられているのにメサイアコンプレックスを発揮するのはよくない兆候だ。
「じゃあ分かった。で、ミスターコンってどっち行けばいいんだっけ?」
「ちょうど私も今から向かう予定だったので一緒に行きましょうか」
「了解。じゃあ案内よろしく、生徒会長」
「はい!」
言って、俺は大河についていく。もちろん場所は分かっているが、話したいこともあるって言ってたしな。一緒に行く方が何かと都合がよかろう。
制服と私服で並んで歩いているとどうにも居心地が悪い。なんだかこう、俺だけ大学生になった気分と言うか。
2年後、俺が大学一年生、大河が高校三年生になって。そうして二人で帰るとしたら、こんな感じになるのだろうか。そのときの俺たちの関係は、どんなものなんだろう。ふとそんなことに思いを馳せると、ムズムズとしたくすぐったさが背筋を這った。
「ユウ先輩、どうかしましたか? さっきから落ち着きがないですよ」
「え、ああ、悪い――って、それを大河に言われたくないんだが? お前はお前でさっきからソワソワしすぎだからな」
「いっ、いいじゃないですか! 初めてのことばかりでドキドキしてるんです」
ぷんっ、と拗ねたようにそっぽを向く大河。
そんな様子を見て、そうだな、と俺は笑った。
冬星祭は、大河にとって最初の三大祭。球技大会の比ではないのだ。そんな行事で、しかも去年までやっていなかったミスターコンを実施しようとしてる。落ち着かない気持ちも分かるというものだ。
「なぁ大河。冬星祭の名前の由来、知ってるか?」
「……? どうしたんですか、急に」
「大河の緊張をほぐしてやろうと思ってな。先輩兼庶務の小粋なトークだから付き合えよ」
「小粋……」
「そこに突っかからないでね?!」
もうちょっと気の利いた話題はもちろんあるけども!
でも思いつかないので許していただきたい。俺、さっきまで軽く走ってたわけですし? そのせいで頭の回転が遅いのだ。
大河は口もとに手を添えて考えこみ、ふるふると首を横に振った。
「分からないです。過去の資料にも、載ってませんでした」
「だろうな。俺も先輩から聞いた話だし」
俺が一年生のとき、一緒に仕事した三年生から聞いた話だ。オフィシャルな話ではないのでどこまでが本当かは分からないが、悪くない話なので信じることにしている。
「冬星祭の『星』は、クリスマスツリーの上の星らしいぞ。冬に煌めく星だから、冬星祭。キラキラ輝く星の下、無事に三大祭を遂げられたことの感謝を胸に、思いっきりクリスマスイブを満喫しよう。そんな思いがこもってるらしい」
「……そうですか。素敵、ですね」
「だろ」
大河は、ふっ、と微笑んだ。
少しは緊張を和らげられただろうか。
ならいいんだけどな、と思いながら言い足す。
「だからまぁ、あれだ。緊張するのは分かるし、生徒会長としての責任感とかはちゃんと持っておくべきだけど……それはそれとして、冬星祭を楽しめよ。気負ってるだけじゃ感謝は届かないから」
「…………あの」
「うん?」
なんだ? と首を傾げると、大河ははにかみながらこちらに手を差し出してきた。
手に持っていたファイルをぎゅっと胸に抱いて、とても奇麗に言う。
「私が『初めて』って言ったのは、別に生徒会のことではないですよ。生徒会のことは、立場が違うだけで今までにもやってきましたし……今も、ユウ先輩が隣にいてくれるって分かってますから」
「あ、そ、そうか……ん? じゃあ初めてって」
「クリスマスイブに友達と一緒に居られること。好きな人と並んで歩けること。好きな人が隣で笑っていてくれること。そういうことが初めてで、ドキドキするんです」
「なっ――」
不意打ちだった。
どこまでも女の子な顔で、大河は言の葉を届けてくる。
まだ恋ではないけれど。心を掴まれていることは疑いようのない事実で――。
「ねぇユウ先輩。最初の3分の1、今結んでくれませんか?」
言うまでもなく、さっき話した『3分の2の縁結び伝説』の話だ。
「残りの3分の1は、後で雫ちゃんや澪先輩と一緒に、結んでほしいです。でも最初の3分の1は……二人がそうだったように、二人っきりのときに結んでほしい。ダメ、ですか?」
「……ダメなわけ、ないだろ」
既に開場時刻は過ぎている。もう縁を結んでもいいはずだ。
話ってのは、これだったわけか。
俺は、ふぅ、と息を吐き出して、大河の肩に手を置いた。
「やり方は知ってるよな?」
「はい……5秒、見つめ合うんですよね?」
「ああ。目を逸らしたらやり直しだから」
「頑張ります」
行くぞ、と告げて、大河と見つめ合う。
1秒、2秒。大河は目を、逸らさない。この子はそういう子だった。俺に雫のことを問い詰めたときから目を逸らさず、見つめてきたんだ。
「私、ユウ先輩の目が――」
3秒、4秒。
潤んだ声で、大河は言う。
「――好きです」
「っ」
5秒、6秒。
そうして、3分の1の縁が結び終わる。
「よ、よく見つめ合いながらそんなこと言えるな?」
「頑張るって決めたので。さあ行きましょう、ユウ先輩。残りは後程お願いします」
「お、おう」
大河はスタスタと、歩いていくけれど。
でもその耳は林檎みたいに真っ赤で。
可愛いな、と心から思った
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