8章#41 プレゼントを買いに

 ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る~♪

 しゃらん、しゃらんと鈴が鳴る。

 そんなクリスマスがやってきた。


 正確には、クリスマスイブ、だが。

 もっと言うと、クリスマスイブは24日の夜のことであり、冬星祭の第一部はただの12月24日でしかないわけだが。


「それでもまぁ、無事終わってよかったな」

「ですね。ひとまず、片がついてよかったです」

「だなぁ」

「ただ、先ほどまで幼稚園の子たちが地域の方々がとても楽しそうになさっていたので、そうやって水を差すようなことは言わないでください」

「うぐっ……はい、すみません」


 早速生徒会長大河に叱られる俺。ばつが悪くなってそっぽを向くと、その視線の先っていうか目の前にパァと笑う雫がいる。


「ほんとーですよ。せっかくのクリスマスなんです。今日は捻くれもかっこつけもなしでちゃんといい子に青春しましょう!」

「ぐぅ、そうは言われてもな……」

「ま、基本的に友斗って悪人だし。美少女三人を誑かしてる男のところにはサンタも来ないかもしんないけどね」

「いくらなんでもその言い方は酷くない!?」


 あながち否定できないんだけど!

 とツッコみつつ、四人で笑いあるクリスマス前日。時雨さんをドライブに連れて行った日曜日からは既に数日が過ぎている。


 事の顛末については、もちろん三人にも報告した。

 その際の反応は次の通りである。


『あ、あの人そういう感じなんだ……ふぅん。トラ子の姉って感じだね』

『澪先輩、それどういう意味ですか!? ……姉さんがそんな向こう見ずだなんて、妹として恥ずかしい限りです』

『でもでもっ、すっごく素敵な解決だと思います! 百合カップル尊い……!』


 時雨さんのがどうこうって話より、入江先輩が告白した話の方への感想だよな。

 ま、あの日以来、時雨さんはだいぶスッキリしているように見えるし、もう大丈夫なんだと思う。入江先輩は告白するだけじゃなくて、ちゃんと時雨さんがやりたいと思っていることも言ってたしな。


 今の時雨さんは、入江先輩だけでなく、壬生聖夜とも向き合っている時期なのだと思う。だったら後は見守るだけだ。


「――と、まぁふざけるのは程々にして。大河、午後の準備はできてるよな?」

です」

「おお、なんかそれ久しぶりな感じがするな」

「トラ子の変な喋り方ね。キャラ付け乙」

「キャラ付けじゃありませんから!」

「もうすぐ二年生だしね。高二病ってやつ?」

「違います! それを言ったら『トラ子』って呼び方をするのもどうなんですか?」

「だって『タイガー』って呼んだらパクリになるし。そこまで獰猛じゃないから烏滸がましいし」

「なんのことですか?!」

「元ネタ分からないなら後で教えるから冬休みにでも見な。ってか、うちで見よ」

「あ、え、はい」

「凄いですよ友斗先輩。流れるようにケンカして凄い唐突に終わりました」

「それな。もうこいつら仲良すぎるだろ」

「何か仰いましたか?」「は? ありえないんだけど」

「「そういうところだよ!」」


 雫と俺が、声を合わせて叫ぶ。

 むぅと不服そうに顔をしかめる澪と大河。そういう反応がほぼ同時だからアウトなんだぞ、と思うが、もう面倒なので口にしないでおく。


「まあ、何はともあれ。準備が終わってるなら、少し抜けてもいいか?」


 スマホで時間を確認しながら、大河に尋ねる。

 現在時刻午後2時すぎ。第二部の入場は午後5時からであるため、まだ幾分か余裕がある。


「抜けていいというか、スタッフの人は皆さん一度帰宅されるはずですが……そういうわけではなく、ということですか?」

「ああ。いやそういうわけでもあるんだが、家に帰るのとは別に行くところがあってな」

「ふぅん」「へぇ」

「……? あっ、ああ!」


 俺が言うと、澪と雫が意味ありげに笑った。それを見て、大河も気付いたらしい。こくこくと頷かれた。

 ぐぬぅ……そう反応されるとこっちも困るんですけど?


「大河、せめて二人みたいな『何となく察してます』感にとどめてくれ。そこまでがっつり頷かれると困る。いや、上手く隠せてない俺が悪いんだけどさ」

「えっ、あ……すみません。善処します」

「お、おう」


 そう謝られても困るんだよなぁ、と苦笑すると、澪と雫がくすくす笑みを零す。

 ま、いっか。

 どうせバレてるしな。土曜までは忙しい上に日曜をドライブで潰した俺には、アレを買いに行く時間がなかったわけだし。


「で、抜けていいか? 一回家戻って着替えてから行くから、多分開場ギリギリに到着って感じになるんだけど」

「えっと……はい、大丈夫だと思います。でも開場30分後にはミスターコン参加者が集合なので、絶対に遅れないようにお願いしますね」

「うっ、嫌なことを思い出させるなよ……」

「忘れられては困ります。の冬星祭の目玉になんですから」


 きっぱりと告げる大河に、ふっ、と微笑が漏れた。

 立派になったものだ。入江先輩ほど傲慢でも自信満々でもないが、自信千々くらいにはなってるんじゃないだろうか。

 それにしても、ミスターコンなぁ……嫌すぎる。めっちゃ嫌。が、月瀬にはこの前色々と世話になったし、今さらすっぽかす選択はありえないっていう哀しさ。


 くっそぅ、この後行くところだってあるのに。

 どうして頑張った俺にまだこんな仕打ちが残ってるんですかねぇ神様?


『頑張って、兄さん』


 俺の脳内美緒は厳しすぎない!?


「ったく、分かった分かった。必ず現着する。じゃあ悪いけど、もう出るな」

「はい――あっ、その前に一ついいですか?」


 一旦家に帰ろうとすると、大河が声をかけてきた。

 振り返ると、くしゅくしゅ、と髪の先っぽをいじくっている。雫と澪が何故か大河の背中を、とん、と押した。


「えっと……どうした?」

「あ、あの…………『3分の2の縁結び伝説』! 残り3分の1、私と結んでくれませんかっ?!」

「へ?」


 思わぬ発言に変な声が出た。

 まさか大河の口から『3分の2の縁結び伝説』なんて俗っぽいものが出てくるとは思わなかった。

 つーか、あれか。雫と澪が教えたんだな。それで3分の1ずつ、フェアに行こう、とでも話し合ったパターン?

 だとしたら……ちょっとばかし、俺とすれ違ったな。


「あー、悪いけどそれはできない」

「っ、私とじゃ……嫌、ですか?」

「友斗先輩っ!」「友斗」

「いや違うから! 最後まで話を聞け」


 まぁ俺から言わなかったのが悪いからいいんだけどさ。

 俺はくしゅくしゅと髪を掻きながら、あのな、と言った。


「考えたんだけど……3分の1ずつじゃ、ダメなんだろ。こういうのって必要分まで達しないとむしろ不吉なことが起こりそうじゃん? ほら、こっくりさんだって途中で指を離したらダメって言うし」

「……それはこっくりさんの話では?」

「たかが学校の伝説で不吉なことって……」

「オタク脳すぎない?」

「それ言い始めたらこの伝説に乗っかってる時点でバカバカしいからな!?」


 って、そーでなくて。

 つまりさ、と俺はやけになって続ける。


「雫と澪とは、今日のうちにもう3分の1。大河とは3分の2を結んで、三人としっかり伝説を達成しときたいって思ってたんだよ。冬星祭の第二部は丸々後夜祭なんだから、何となくそれくらいいけそうだろ? ボーナスステージって感じでさ」

「「「…………」」」

「嫌なら無理にとは言わねぇけど……」


 あー、くそ、恥ずかしい。

 しかも発言がクズいし。

 でも、こうするのがいいって思ったんだ。

 だって――3分の1ずつじゃ、平等に分け合っただけじゃんか。そんな中途半端な結論に、意味なんてないだろ。三人を待たせてるのは、ひとえに俺の不確かさのせいなんだから。


 それに体育祭のときに雫と結んだアレは、不誠実なものだった気もするし。

 あれをなかったことにするつもりはない。過去があるから今がある。でも、あれで終わりにするのもそれはそれで違うと思ったのだ。


「嫌なわけ、ないじゃないですか! そーゆうめちゃくちゃなとこ、好きです」

「ぐっ、うっせぇ」

「ユウ先輩……クソ真面目、ですね」

「お前には言われたくねぇんだよ」

「このかっこつけ。でも……ほんとはもう3分の1欲しかったから、許す」

「ならかっこつけとは言わないでほしかった……羞恥で死にそうなのに……」


 めっちゃ恥ずいしヤバいんだけど。

 でも三人が嬉しそうに笑ってくれるから、ならよかったかな、とか思えてきてしまう。

 俺はぱしーんと両頬を叩き、


「じゃあ。そんなわけで、今度こそ行ってくる」


 と告げて、その場を逃げることにした。


「行ってらっしゃいです、友斗先輩!」

「ユウ先輩、気を付けてくださいね」

「楽しみにしてるからね、友斗」


 というわけで。

 俺は、プレゼントを買いに向かった。

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