8章#44 ラスボス登場
「はい、お疲れさまでした! いきなりギター演奏とは、素晴らしい! 一気にクリスマスムードになりましたね!」
如月のそんな進行を耳にしながら、俺は焦っていた。
当然である。
まさか杉山クンがギターを演奏するとは思ってもいなかった。しかもめっちゃ上手いとか、ズルいでしょ。どう見てもスポーツ少年だし、実際、どっかの体育会系の部活に入ってたと思うんだけどな……。
鬼に金棒、イケメンにギターである。ぱちぱち、ぱちぱち、ととめどない拍手が聞こえる。
「そういえばさ、百瀬くんって何やるの?」
次の参加者が舞台に出ていくなか、こっそりと月瀬が聞いてきた。
俺は渋い顔をしつつ、
「んっと……ダンスを」
と呟く。
刹那、月瀬の顔に『?』が浮かんだ。ですよねー。その反応されると思ったから言いたくなかったんだよ。
「百瀬くんって実はダンスが上手いの?」
「いや、全然そんなことないぞ。まぁ運動神経はそこそこだからな。晴彦と相談して、ウケがよさそうなダンスにしたんだ」
「なるほど」
俺には人に誇れるような特技がない。
強みがあるとすれば生徒会とかの経験が豊富なところだが、ミスターコンで披露できるわけがないし。それ以外には、本当に何もないのだ。
――だからこそ、誰かを助けていたい。
世界はいつでも俺より凄いから、凄い誰かを助けられる自分で在りたい。そうすればきっと、俺も凄くなれるから。
いざ向き合ってみて、歪んでるな、と痛感する。
そんな自分を否定するつもりはない。ヒーローになろうとする自分が大好きだ。でもやっぱり、俺は俺で“何か”が欲しいのだと思う。
って、今はそんなことを考えてる時間じゃないな。
「ねぇ百瀬くん。披露する特技って、確か今からでも変えられるよね?」
「ルール上はそうだけど……」
「じゃあ変えよう。百瀬くんのそれは、かっこつけでも何でもないよ。絶対勝てないと思う」
真剣な顔で月瀬が言う。
本音を言えば、俺だってそう思う。付け焼刃のダンスなんかじゃ誰の心にも届きはしない。だって、そこには俺がいないから。
杉山クンのギター演奏を見て、改めて感じてしまった。この特技披露は、ただ凄いことをすればいいわけじゃないのだ。
自分と結びついたことをして、ちゃんとパーソナリティを伝える。
それが大切なのだと思う。
「そうは言ってもな……他に何をやればいいと思う?」
「歌は? 気持ちは込めやすそうだよ」
「無理だな、流石に音痴すぎて聞かせられない」
「そうだった……」
そうだったって酷くない? 月瀬の前で歌ったことないんですけど?
が、こうして話している間にもどんどん俺の番が近づいてくる。無駄口を叩いてはいられない。
「あっ、そうだ! 腹話術とかどう?」
「は? 腹話術?」
「うん! 百瀬くん、話すのは上手だし。漫談みたいな感じで腹話術を披露したら、意外と印象に残ると思う!」
「そうか?」
「メイビー!」
確実じゃないのかよ、おい。
「いきなり腹話術って言われても困るんだが」
「でもできるよね?」
「できな…くはないけど」
といっても、本当に小さい頃の話だ。
体があまり強くない友達や美緒と遊ぶとなると、どうしてもままごとや人形遊びといった室内遊びが多くなる。幼いながらにあっと言わせたかった俺は、テレビの教育番組でやっていた腹話術を習得したのだった。
「なんでそのことを――」
「はいはい、それは今はいいから! できるんだよね? だったら、やろう!」
「やけに強引だな……つーか、あれって人形が必要だろ?」
一年H組の参加者が自己紹介を始めている。
もう残り時間はない。やっぱり、ダンスの方がいいんじゃないか?
「それならほら、舞台に置いてある飾り用のぬいぐるみを使えばいいじゃん!」
「ぬいぐるみって……それ、もう痛い奴だろ」
「痛くない痛くない! お兄ちゃんって感じがするもん」
きゅいっと目尻を下げて、月瀬が優しく笑う。
……ここまで言われると断りにくい。まぁダンスにも乗り気じゃなかったしな。
「さて、続いて二年生の番です! まずは二年A組! さぁ、出てきてください!」
「っ、行ってくる」
「頑張って、百瀬くん!」
ろくに考える時間も与えられず、俺は渋々ステージの中心に立つ。
ぱっ、とスポットライトに照らされた。
手元にあるのは、舞台袖を出る瞬間に渡されたマイクだけ。あと、制服のポケットのスマホか。
「ははっ」
自然と笑みが零れる。
どいつもこいつも、本当に凄ぇよな。自分の持ってるもので戦えるとか、羨ましくてしょうがない。
大量の視線が俺を突き刺す。
生徒会役員選挙のときはよかった。やるべきことも武器も作戦もあって、自信満々に振る舞えた。
今は違う。
俺の体、一つ。
それだけで俺は戦わなくちゃいけない。
「あー、どうも! 二年A組、百瀬友斗です。綾辻雫と綾辻澪のマネージャーだとか、選挙のときに美少女に囲まれてトリを飾った黒一点だとか、まぁそんな感じで覚えてもらってるかもしれないんですけど。今日はですね、ジャンケンで見事に負けたんでミスターコンに出ることになりました、はい」
話せ、話せ、へらへら笑え。
内輪ノリを起こす以外に勝ち目はないんだから。
「で、どうせなんでかっこつけたいじゃないですか。クリスマスイブですしね。ダンスでもクールに決めて、モテたいなぁ、告白されたいなぁ、どっかの誰かの専属サンタになりたいなぁ、と」
ステージ上には、確かにぬいぐるみがあった。
時間は残り1分ちょい。余剰時間を考えれば90秒超か。俺はにへらっと笑ったまま続ける。
「でも直前に『ダンスは似合わないからやめろ』と言われまして。まぁ、こんな風にべちゃくちゃ喋った後にダンスをやってもかっこがつかないよなぁ、ってことで……もう面倒なので、このまま喋り続けようと思います。ですが、流石に一人で喋るのはきついですから。ここで皆さんに俺の友達を紹介しましょう」
ステージのぬいぐるみを抱き上げ、その口もとにマイクを近づける。
頼む、ウケてくれ……!
「こんばんわだクマ! クリスマスの妖精、テディクマだクマ!」
どっ、と笑いが起こってくれる。
ミスターコンに求められているものが笑いなのか問題はさておいて、俺は腹話術を続ける。腹話術っつーか、ぬいぐるみと喋ってるだけな気もするけど。
「お前はぼっちだから話す相手がクマしかいないクマ?」
「うるせぇ! 友達はいるから!」
「ああ、知ってるクマ。『掃除、代わりにやってくれるよね? 友達だし』って言うあれクマね」
「うん、違うからねッ!?」
……ミスターコンってか、漫談だけど。
とりあえず俺は、最後まで続けた。
◇
「……死にたい」
「あ、あはは……よかったよ、百瀬くん。面白かったし」
「いや幸いなことにウケてはくれたけどね? でもコレジャナイ感凄いんだよ」
「まぁね」
まぁねって言っちゃってるし。
ぎろりと月瀬を睨むと、音の鳴らない口笛でひゅぅと誤魔化される。それが、拭い切れないコレジャナイ感の証左となっていた。
ま、ギャップ萌え的なものを狙えたらいいな、とは思う。下手にかっこつけなかった分、観客席の男子のウケは意外とよかったしな。
現在、自己紹介と特技披露は三年G組までが終わっている。今やっているのがH組で、それが終われば特別パフォーマンスだ。
ネタに走った参加者もいたが、なかでも俺が一番際立っていたように思う。印象に残ったという意味では大成功だ。後は特別パフォーマンスで巻き返すしかない。
と、思っている間にH組の代表者も終わった。
いよいよ特別パフォーマンスだろう。できれば最後の方だといいんだが――と、考えていた、そのとき。
「これで最後、と言いたいところですが! 今回は記念すべき第一回目のミスターコンということで! 急遽、もう一人参加していただくことになりました!」
「「「おおおおおっっ???」」」
「は?」
盛り上がる観客と、唖然とする俺。
それら全ての注目をかっさらって、上手袖からその人が現れた。
「皆さん、メリークリスマス。三年F組、入江恵海よ」
「「「おおおおおおおおおお!!!!」」」
二年連続ミスコン2位&今年3位&演劇部の元看板女優の入江先輩が、レギュレーションなんてお構いなしで、そこに立っていた。
髪を束ね、服は男装に近い。ジーンズとMA1がめちゃくちゃクールで、化粧もどこかかっこよさ重視だった。
ってか、入江姉妹は男装が似合いすぎでは……?
「最後の三大祭だからね。ボクらもハメを外したいんだよ」
「なっ、時雨さんっ?!」
突如現れた時雨さん。
驚いて振り向き、そして息を呑んだ。或いは、呑まされた。
だって――見たことがないくらいに、こてこてに可愛らしさを意識した服装だったから。
もこもこなパーカー、ふわふわなスカート。女の子を具現化したような姿はともすればあざとさと捉えられるのに、銀髪が持つ異世界感によって違和感が殲滅されている。
「一度でいいから、キミと全力で戦ってみたかったんだよ」
「時雨さん……」
「勝負だよ。キミがどれだけ成長したのか、お姉さんが確かめてあげる」
お膳立てなしの、本気の勝負。
しかも今度は入江先輩と時雨さんがタッグを組んでると来た。もはやミスターコンじゃないじゃんって思わなくもないが、そう挑発されたら黙ってもいられない。
「受けて立つよ」
…………杉山クン、悪いけど気にしてる余裕ないわ。
だってラスボスが来ちゃったし。
ステージでは、おそらく時雨さんが書いたであろう脚本を、入江先輩が見事に演じ切っていた。
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