8章#25 サンタたちの暗躍①
SIDE:雫
「へぇ。流石は友斗先輩だね、ちょーフラグ回収士じゃん」
放課後。
私はお姉ちゃんと歩きながら、友斗先輩はミスターコンに出ることになった経緯を聞いていた。
なるべく他の人に押し付けようとした友斗先輩は、あまりにも華麗にフラグを回収し、出場することになったそうだ。
「じゃあ、相手役はお姉ちゃんがやるの?」
「ん、ううん。確かにそういう空気にはなったんだけど……友斗がきっぱり断ったんだよね」
「えっ、そなの?」
てっきりヤケになってお姉ちゃんを巻き込んでやろうとか考えると思ったのに。
うん、と頷くお姉ちゃんは複雑な顔をしてる。
「友斗曰く、私たちに告白するときは演技じゃなくて本気がいいんだってさ。こういうときに嘘で『好き』って言いたくないんだって」
「あ~」
言いそう、めっちゃ言いそう!
そしてお姉ちゃんが嬉しいのと悔しいのが半々って感じの顔をしてる理由も分かった。友斗先輩に特別扱いされてるのは嬉しいけど、相手役になれなかったのは不服、みたいな感じだろう。
「せっかく私が相手役になろうと思ってたのに、ああいうとこズルいよね……あ、そうだ。それで一つ思ったんだけどさ」
と、お姉ちゃんが思い出したように言う。
「もし友斗が捻くれたこと言わなかったら普通に私が相手役やろうと思ってたんだけど……こういう抜け駆けって、雫的にあり?」
なるほどと納得した私は、んっとね、と言って答える。
「私的には全然OKだよ。お姉ちゃんにはお姉ちゃんの、私には私のアドバンテージがあるんだから」
別に、ハーレムエンドを目指すことは個別のアプローチをやめようね、っていう意味ではない。それはただの妥協でしかないし、三人それぞれが我慢をすることになってしまうのだから。
「あ。でも平等にした方がいいなって思うところは平等にしたいかも」
「んー。って言うと?」
「『3分の2の縁結び』。私とお姉ちゃんが3分の1ずつ結んでるでしょ?」
言うと、お姉ちゃんは納得したように首肯した。
ちなみに今日は大河ちゃんはいない。放課後なので冬星祭の準備をしている。そもそも抜け駆けって言い出したら放課後にいつも一緒の大河ちゃんはズルいし、家に帰ったら一緒の私たちだってズルいよね、と思いつつ。
「折角都合がいい伝説があるんだし、3分の1ずつに分け合いたいなぁとは思うんだよ」
「ん……気持ちは分かるかも」
「ふふっ。そーゆうところで大河ちゃんにいじわるしないあたり、ほんとは大河ちゃんのこと好きだよねー」
「……っ。別に、そういうんじゃないし。体育会系的な可愛がり方してるだけだから」
ぷいっ、とそっぽを向くお姉ちゃん。
素直じゃないんだよなぁ。
私がくすくす笑っていると、お姉ちゃんはばつが悪そうに聞いてきた。
「雫のクラスは? 雫を相手役に指名する害虫はいなかった?」
「お姉ちゃん言い方! ……まぁいたけど」
「いたのっ!? 今すぐこらしめにいかな――」
「――くていいから! 断ったから!」
勢いよく踵を返しそうだったので、お姉ちゃんの手をぐいぐい引っ張る。大切に想ってくれるのは嬉しいけど、こらしめにいったら大変なことになるから。
それで? とお姉ちゃんが話の先を促してくるので、私は渋々続けた。
「杉山くんっていう子がいてね」
「ああ、付き合ってるって噂が流れてた?」
あ、知ってたんだ……。
苦笑交じりに頷く。
「そうそう。RINEも送らないでって言ったし、教室でも避けてるのに指名してきたからさ。みんなの前で『絶対いや。好きな人がいるから』って言って断った」
「ふふっ、そっかそっか。何か根に持たれたりしたらいつでも言うんだよ」
「うんっ! でもだいじょーぶ!」
根に持つタイプではなさそうだし、今回のことで流石に諦めてくれた気もするし。ネタみたいな空気になったので、変に私の評価が悪くなったりもしないと思う。
そんな感じのことを軽く説明すると、それならよかった、とお姉ちゃんは微笑んだ。
と、そんなことを話している間に目的地に到着する。
旧音楽室を使った、演劇部の部室だ。
こんこんとノックをして扉を開くと、中では発声練習みたいなことをしている人たちがいた。演劇だからってことかな? うわぁ、本格的。
ええっと……ここに来るように言われたんだけど。どうすればいいのかなぁ、と思っていると、
「あ、いらっしゃい」
と、とても美人な人が私たちを歓迎してくれた。
綺麗な金色のロングヘアー。さらさらお日様みたいに靡くその姿に見惚れそうになる。身長も高いし、スタイルもいいし……なんだか大人って感じだ。
演劇部の部員と数言交わすと、こちらにやってくる。
この人が今日私たちが話そうと思っていた相手。
入江恵海先輩だった。
「久しぶりね、綾辻澪」
「フルネームで呼ばないでもらえますか?」
「嫌よ。私、認めてる相手のことはきちんと名前を覚える主義なの」
「ははっ。その論理だと友斗は認められてないわけですか」
「さあどうかしらね」
入江先輩はくすりと笑い、肩を竦める。
お姉ちゃんがムッとしながらトントンと会話していく姿を見て、ああこの人は大河ちゃんのお姉さんだなぁ、と思った。言い争いに入るのがめちゃくちゃ早いもん。
「っと。それで……あなたが大河のお友達かしら?」
入江先輩の視線がこっちを向く。
見定めるような瞳に射竦められる気分になりながらも、私らしく笑って言った。
「違います。大河ちゃんの親友です。そういう言い間違いをすると、大河ちゃんに嫌われちゃいますよ」
「あら……ふふ。そうね。嫌われたら困るから言い直しておくわ。あなたが大河の親友、ね」
「はい! 一年A組の綾辻雫と申します」
「雫ちゃん、ね。ええ、覚えたわ。とても可愛らしくて面白――」
「入江先輩みたいなタイプって、相手を見定めてる感を出しつつ、すぐに面白い人とか興味深い人認定しますよね。とりあえず私の雫に手を出さないでもらえますか?」
「あら。それを言うのなら私の大河にも手を出さないでほしいのだけれども」
「私はトラ子に手を出した覚えはないですけど?」
「なら私も――」
「な・か・よ・く!」
このままだとシスコン同士の不毛な対決になりそうだったので、私が間に入る。
そういえばお姉ちゃんも言っていた。入江先輩はただちょっと変なシスコンだ、と。演劇部の凄い先輩だって印象があったけど、本当にただ変なシスコンってだけな気がしてくるから不思議だ。
「おっと、失礼。じゃあ練習の邪魔になっても仕方がないし、いったん外に出ましょうか」
入江先輩に言われ、私たちは外に出る。
温い部室に入っていたからだろうか。さっきまで平気だと思っていた廊下がひんやり冷えて感じた。
「そういえば。入江先輩ってもう引退してるんですよね?」
すぐに用件を切り出すのも気まずくて私が言うと、ええそうね、と入江先輩は頷いた。
「今は教育係として演劇部でコーチをしてるの。
「へぇ……すごいですね。もう先々のこと考えてるなんて」
「そうかしら? あと数か月で卒業だもの。卒業後の展望を抱いてない人の方が少ないわよ」
そう、なのかもしれない。
私はまだ一年生だから未来のことなんてほとんど見えてなくて、大学生になる自分を想像できないけれど。
でも入江先輩にとってはすぐ近くの未来なのだ。
今はどんな演劇を考えていて、だとか。大学生になったらサークルで主演を取るからぜひ来てね、だとか。そういう話をする入江先輩は、とても活き活きとしていた。
「まぁ、その前に直近の冬星祭だけれどもね。何せ愛しの大河に頼られてしまったのだもの」
慈しみのこもった声で、入江先輩は言う。
愛しの大河って……。
「それで? 三人でパフォーマンスをしたいから衣装を貸してほしい、だったかしら?」
思い出すように言う入江先輩に、私とお姉ちゃんは頷いた。
そう。大河ちゃんと話し合い、私たちは衣装を入江先輩――というか演劇部――に借りられないか頼むことにしたのだ。大河ちゃんが確認したところ、そういう用具の貸借自体は珍しいものではなく、文化祭のときにもあったらしい。
昨日のうちに大河ちゃんにお姉さんへ連絡をしてもらい、私とお姉ちゃんでこうしてやってきた、というわけだ。
「ふぅん、三人で……ねぇ?」
「何か、変なことでも?」
「いいえ。私は変だとは思わないわ。ただ、変だと思うだろう人に心当たりがあってね」
「…………」
入江先輩に意味深な言葉に、お姉ちゃんが怪訝そうにした。
イマイチ言っていることは分からない。首を傾げていると、なんでもないわ、と入江先輩が首を横に振った。
「大河と大河の親友と、それから見どころがある後輩の頼みだもの。演劇部の子たちも『ぜひ』って言ってくれたし、幾らでも貸してあげるわ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!!」
「可愛がられた覚えはないですけど、ありがとうございます」
「いいえ、いいのいいの。それでできれば今のうちに選んでもらってもいいのだけれど……如何せん、数が多くてね。今日のところはサイズとどんな雰囲気の衣装がいいのかだけ教えてもらって、後日確認してもらう形にしたいのだけれど。いいかしら?」
入江先輩の提案に一瞬考え、すぐに肯う。
選んでもらえるならその方が助かる。変に漁って、破いてしまったりしたら大変だしね。
一応こうなるかもとは思っていたので身長とスリーサイズ、それからカップ数を告げる。入江先輩は逐次スマホにメモをしていた。
「あ、ロックはかけてあるから流出することはないわよ。慎重に扱うわ」
とのこと。
そうしてくれると助かる。スリーサイズは特に恥ずかしいし。
その後、お姉ちゃんのサイズを聞いたときの入江先輩の反応にお姉ちゃんがムッとしたりといった事件が起きつつも、なんとか無事に用件は終わった。
「さて、それじゃあ今日は終わりかしらね。準備が整ったらまた大河に連絡するわ」
「はい、お願いしますっ!」
「お願いします……っと、その前に。入江先輩。少し二人で話したいので、この後いいですか?」
「「えっ」」
お姉ちゃんの思わぬ発言に、私と入江先輩の声が被る。
二人って……私抜きで、ってこと?
「えっと……お姉ちゃん?」
「ごめん、雫。ちょっと外せない用事で。隠すつもりはないから、話せるようになったら絶対話すから」
「…………うん」
お姉ちゃんの口ぶりはとても真剣なものだった。
嘘はついてないと思う。お姉ちゃんが嘘をついてるかどうかは何となく分かるから。いつか話してくれるのなら……今は信じることにしよう。
「入江先輩も、いいですよね? この前の件なんですけど」
「そう、ね。聞いてあげる。……それじゃあ雫ちゃん。また、今度会いましょ」
「は、はい!」
一礼をして、私はその場を去る。
去り際に見たお姉ちゃんの横顔はかっこよくて、頼もしくて。
「頑張って」
何の話かは分からないけれど。
私は何となく、そう呟いた。
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