8章#24 フラグ回収士

 SIDE:友斗


 晴季さんの相談を受けてから数日が経った。

 まずは壬生聖夜の作品を全て読破しようと考えた俺は、暇を見かけては小説投稿サイトにアクセスしている。とりあえず四作を読み終えた感じだ。

 これでも読むのは速い方だと自負していたが、何せ彼女が書く作品はどれも文庫本数冊分の文字数があったからな。暇があればどんどん読み進めているつもりだが、それでも全てを読みきるには時間が要りそうだ。


 答えは未だ、見つかっていない。

 ただ、朧気ながら輪郭が見えてきている気はする。触れようと思うとすぐに霧散して、未だ掴めはしないのだけれど。


 澪には壬生聖夜のことは話していない。

 いずれは情報交換するつもりだが、まだ分かっていない段階で話しても意味がない。できることなら時雨さんが壬生聖夜だってことは口外したくないしな。本人のためにも。 


 まるで俺の状況を示すみたいに今日の空模様も芳しくない。

 どんよりと曇って暗い空を見ていると、一層気が重くなる。気が重くなればなるほど空が余計に暗くて重く見えて、そのせいで気分が沈んで――と、負のループに突入していた。


「――と。友斗ってば!」

「うおっ!? なんだ、澪か……どうしたんだ?」


 ぼーっと窓の外を眺めていると、澪に肩を揺さぶられた。

 視線を澪に移すと、はぁぁぁ、と深々と溜息をつかれ、ぐいぐいっと耳を引っ張られた。


「この耳は飾りなの? 今、学級委員呼ばれたよね? ちゃんと聞いときなよ」

「え、マジで――って痛いイタイ!」

「反省するまで引っ張り続けるから」

「反省してるって! ごめんなさいごめんなさい!」


 本当に考え事をしていて聞いていなかった。学級委員として申し訳ない、

 澪が離してくれた耳をむぎゅりむぎゅりと手で揉みつつ、俺は席を立つ。ついでに晴彦に『なんでお前が教えてくれなかったんだよ』と視線で咎めると、申し訳なさそうに手を合わせていた。


『だって綾辻さんが怖いから』


 みたいなメッセージを受信する。

 或いは、俺がそう思ってるだけかもしれないけど。だって今の澪怖いし。

 でも澪が怒るのはしょうがない。学級委員として、まずは最低限の仕事をしなければ。つーか今日のLHRは割と待ちに待ったアレだしな。


 澪と一緒に教室の前に向かい、全体に一度謝罪をしてから本題に移る。


「えー。突然ですが、今日の放課後までにミスターコンの出場者を決めないといけない。これから実施要項を説明するから、男子諸君は誰を人身御供として差し出すか考えておくように」

「言い方が最悪だ!」

「謝罪から1秒でこんなこと言えるとか狂ってるのでは?」

「流石すぎる」

「ええい、やかましい! 人身御供を出すったら出すんだよ!」


 どっと笑いが起こったところで、こほん、と真面目な方向に仕切り直す。

 既にミスターコンの出場者を決めているクラスも多数あるため、ある程度は聞いている奴らもいるだろう。うちのクラスも授業の都合で今日にLHRが延期になってしまったが、本当は先週に決めるつもりだった。


「ま、そんなわけで。とりあえずは詳細を話していくから」


 今一度咳払いをして、思考をきちんと切り替える。

 時雨さんのことで悩み続けてもしょうがない。今は目の前のことを着実にやっていこう。学校のこととの両立ができなきゃバイトの意味がないのだから。


「実施するのは冬星祭の第二部だな。詳しい時間はまた後日冬星祭についてのプリントが配られるから見てくれ。それでやることだけど――」


 と言って澪を見遣る。

 かんかん、と音を立てながら黒板に実施内容を書いてくれていた。話が早くて助かる。


「黒板に書いてある通り。ミスコンと同じ自己紹介と特技披露。それからミスターコンでのみ行うのが特別パフォーマンスだな。事前のインタビューももちろん行われる。あと、衣装もミスコンと違って自由になってる」


 自分で言ってて思うけど、このミスターコンとんでもないよな。

 その他にも細かい要項を何点か説明する。まぁミスターコンを開催するうえでの最低限のルールだからこの辺は割かしどうでもいい。ちなみに、特別パフォーマンスのパートナーは参加者自身が誘うことになっている。

 一つ特筆すべきことがあるとすれば、


「代表者が優勝したクラスには、いいものが贈呈されるらしい」

「おー! いいものって?」

「お菓子の詰め合わせだな」

「急にしょぼ」

「ま、急にできた企画だからな」


 くらいだろう。

 そもそもミスコンでは景品はティアラだけだったんだし、それを考えればクラスに景品があるだけでも充分だと思う。

 ちなみに今回のグランプリには王冠が用意されている。


「――と、以上で説明は終わり。質問はあるか?」

「はい!」


 俺が言うと、真っ先に晴彦が手を挙げた。


「晴彦、立候補か?」

「今質問って言ってたよな!?」

「チッ……で、なんだ?」


 イケメンなんだから立候補すりゃいいのに。

 いや、まだ諦めてはいない。質問してくる時点で関心はあるってことだし。


「えっと。特別パフォーマンスって具体的になにやるんだ? ダンスとか?」

「あー」


 それを聞いてしまうか。

 あえてぼかしてあるのは軽いトラップのつもりだったのだが、聞かれてしまったら答えるしかない。

 はぁ、と溜息をついてから答える。


「『壁ドン』『バックハグ』のどちらかを入れて、キュンキュンするような告白をするらしい」

「「「「お~~!!」」」」

「「「「あ~~??」」」」


 女子と男子よ、対照的な反応をありがとう。

 でもあれだな。男子の中にも満更じゃなさそうな奴はいる。修学旅行でカップル成立した奴らだろう。


「それって誰が審査すんの?」

「基本的にはミスコンと同じく投票だな。冬星祭の第二部は外部の人が来ないし、参加した全校生徒の投票ってことになる」

「うわぁ……絶対後に引くじゃん」


 それな。文化祭のときは外部の客もかなり来ていたから、逆に気が紛れた。他にも色んなものがあるからミスコンだけに意識がいかないし。

 だが冬星祭は文化祭ほど色んなことがあるわけではない。記憶にも残りやすかろう。救いがあるとすれば冬休みに突入することだが、折角の冬休みに逃げの一手を出さねばならないのは高校二年生には痛い。


「えー、そんなわけで。他に質問がなければ誰を犠牲にするかをみんなで話し合おうと思うんだけど、どうだ?」

「犠牲なのは確定なんだ……」

「やりたがる人、いるかもだよ」


 澪と伊藤がぼしょりと呟く。

 いややりたい人いないだろ。

 だがミラクルが起こることを信じ、まずは聞いてみることにした。


「それもそうだな――じゃあ。ミスターコンやってくれる素敵なミスターはいるか?」

「致命的にスカウトが下手なんだよなぁ」


 うっさいぞ澪。俺はただでさえ文化祭でスカウトがトラウマになってるんだ。PTSD的なあれなんだぞ?

 と、聞いてみたが、やはり手は挙がらない。特別パフォーマンス自体は問題なくとも、そもそもミスターコンが嫌だって奴もいるだろうし。


「はぁ……まぁこうなるのは分かってた。でも今回は絶対に出さなきゃいけない。リミットは今日の放課後だからな……分かった。じゃあ他薦可にする。女子でも男子でもいいから、適任だと思う名前をあげてくれ」


 言うと、ちらほらと手が挙がる。

 ふむふむ、いいぞいいぞ。

 そう思いながら名前を黒板に書いていく。


『綾辻 百瀬 八雲』


 …………。


「ミスターの定義!」


 黒板に書かれた文字を見て、俺は堪らず叫んだ。

 何故三人中一人が女子!? 定義が崩壊しすぎじゃない!?


「んー。でもあたしも勝ちにいくならこの三人の誰かだと思う。みおちーなら男装もいけそうだし。百瀬くんも八雲くんもいけそーでしょ」

「そうか……男装か……そうだよな。男だけがミスターって考え方はもう古――」

「その論理で行くとミスターコンを開催してる時点でNGだし、普通に男子のみって書いてあるから私は却下だね。ミスコンとミスターコンの二冠は魅力的だけど」


 魅力的なのか……。

 強欲さを実感しながらも、言っていることは真っ当なので『綾辻』の文字を消す。

 さて、こうなってくると残るは俺と八雲である。

 まずい。見事にフラグを回収しそうだ。


「あーっと。俺もミスターコンの運営に――」

「友斗はミスターコンの担当じゃないって生徒会長から聞いたけど」

「……っ」


 情報共有しないでいただきたい。仲悪いなら仲悪くあってくれ。

 はぁ、とこめかみに手を添えつつ、晴彦を見遣る。


「よし晴彦、じゃんけんで決めるぞ」

「いいけど……それ言い出しっぺが負ける奴じゃね?」

「甘いな。それを晴彦が言った時点でそのフラグは折れてる」

「……まぁいいや」


 ミスターコンで恥ずか死ぬなんて絶対に嫌だからな。負けるわけには――


「「最初はグー、じゃんけん」」


 ――ポン。

 晴彦がパーで。

 俺がグーだった。


「ほら言ったじゃん」

「うん。今のは負けるビジョンしか見えなかった」

「どんまい百瀬くん」


 ぐぅの音しかでないとは、このことか。

 クラスメイト全員の前でじゃんけんしたのに、その結果をなしにすることはできない。


「分かったよ。やればいいんだろ、やれば!」


 俺はやけになって、参加登録書に自分の名前を書き込んだ。

 フラグ回収士だなぁと自分で思いかけて、アホか、と一蹴した。今回はたまたまだからな!

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