8章#17 アルバイト

 ジングルベル、ジングルベル。

 そうテンションを上げるには、まだ幾分か早いかもしれないけれど。

 しかし、世間はだんだんと着実にクリスマス色に染められていた。


 12月24日と25日。

 何となく当日より24日の方がクリスマスって感じがするのは、小さい頃から25日を別のイベントとして捉えていたかもしれない。


 12月25日は誕生日だ。誰のって、そりゃあ、美緒の。


『クリスマスが誕生日って、なんか損した気分じゃないか?』


 以前、美緒にそう告げたことを思い出す。

 でもあの子はふるふると首を横に振って、


『ううん、そんなことないよ。クリスマスでみんなが幸せそうなときに誕生日の方が嬉しい。兄さんも、そう思わない?』

『うーん……でもほら。プレゼントとか一緒になっちゃってるじゃん』

『はぁ。あのね兄さん。クリスマスも誕生日も、プレゼントを貰う日じゃないんだよ。クリスマスは――』


 なんて、現金な俺にお説教してきたんだっけ。

 ……つくづく子供じゃなさすぎだろ、美緒。でも、俺がクリスマスと誕生日で別のプレゼントを用意したら、本気で嬉しそうにしてくれたんだよな。大人びてたけど、それだけじゃなかったんだ。


 だからこそ今年も、美緒へのプレゼントを用意しようと思う。家の仏壇に供えるために買うなんておかしいかもしれないけど、なにか、ぴったりなものを探したい。

 無論、プレゼントを贈る相手は美緒だけではない。

 少なくとも雫と澪と大河の三人には渡したいし、お世話になっているという意味では時雨さんにも軽く渡した方がいいのかもしれない。友達同士でのプレゼント交換も……ちょっと憧れる。


 つまり、何が言いたいかと言えば、


「そうだ、バイトしよう」


 と、いうことである。

 水曜日の朝。俺がしみじみと呟くと、晴彦ははてと首を傾げた。


「急にどーしたんだよ、友斗。疲れすぎて頭おかしくなったか?」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ……そこまで疲労困憊じゃねぇよ。正気だ」

「正気ねぇ……じゃあ本当にバイトしようって思ってんの?」


 晴彦の問いに俺は首を縦に振ることで応じる。

 冗談でもネタでもなく、割と本気で俺はバイトをするつもりなのだ。


「へー、そりゃまたなんで? なんか欲しいものがあるとか?」

「いやまぁ当たらずとも遠からずってところか」


 これに関しては、別に隠すほどの事情でもない。ちょっと情けないが、それも話の種ということで、俺は続けて説明した。


「俺はほら、修学旅行サボったじゃん」

「そうだな」

「修学旅行ってさ、割とお金がかかるだろ?」

「まー、そだな。学校が持ってる施設使うわけじゃないし」

「そうそう」


 勉強合宿なんかは、学校が持ってる施設を使ったりしていたから、それほど費用は高くない。しかし修学旅行はそうもいかないわけで。具体的には1年から半年くらいにかけて、保護者が費用を積み立てていたのだ。

 あの後色々とあり、なんとか半分ほどの額は返金してもらえた。だが全額返金してもらえるほど虫のいい話があるはずもなく、俺は父さんたちが汗水垂らして稼いだ金をかなりの額ふいにしてしまったことになる。


「別に休まなくていいって言われたのにサボったわけだから、当然あの後で怒られてさ。もちろん感謝もされたし、事情も分かってくれたんだが……それでも、な」


 父さんも義母さんも、俺の気持ちは汲んでくれた。


『あのな、友斗。雫ちゃんのことを大切に思ってくれたのは嬉しい。誇らしく思うよ。でもそれとは別に、叱ってもおきたい。誰かのためにそうやって何でもかんでも擲つのがいいことだとは限らないんだ』


 そう言って、父さんは吶々と語った。

 お金を稼ぐのは大変だ、ということ。もちろんそれを惜しむつもりはないけれど、無駄にしてしまった分があることをきちんと分かっておかなきゃいけない、ということ。

 俺も、その通りだ、と思った。

 俺の行動は身勝手で、子供の原理でしかなくて。

 もちろん子供の原理で動いていいことだって時にあるし、後悔はしていないけれど、父さんたちの言っていることは身に染みた。

 父さんたちは俺が友達と作る思い出のために、お金を払ってくれたのだ。

 それをふいにしてしまった事実は、ちゃんと受け止めなければならない。


 斯くして、俺には一つの罰が下された。

 それは、数か月分の小遣いなしというとても軽いものだったけれど。

 クリスマスが近づいている今、割とダメージの大きいものでもあった。


「――ってわけで、バイトをしようと思ったんだよ」


 プレゼントをするにも、先立つものは必要だ。

 付け加えて、お金を稼ぐことの大変さを改めて認識すべきだ、とも思った。学生のバイトなんて遊びだろ、って言われてしまえばそれまでだけどな。


「ほーん……なんか久々に友斗は立派なことを言ってる」

「酷くね? あと、今話したことも言うほど立派じゃないからな。要するに金がなくてプレゼントが買えないからバイトしたいってだけだし」

「まーな。友斗らしくない、男子高校生らしい発想ではある」

「マジでお前、俺をなんだと思ってるの?」


 俺ってどこにでもいる男子高校生なんですけど?

 問い詰めたい気持ちはあるが、今はそっちに話がズレてもしょうがないのでやめておく。それよりも本題だ。


「ってことで、晴彦。お前ってバイトとかしたことあるか?」


 生徒会で働いたことはある俺だが、バイト経験は皆無と言っていい。

 だから経験豊富そうな陽キャ側の晴彦に聞いてみようと思ったのだ。

 んー、と考えるように声を漏らしてから晴彦は答える。


「一応あるにはあるな」

「お、ほんとか?」

「まーな。つっても、夏休みとか冬休みだけだぞ。俺、そうじゃないときは部活で忙しいし」

「あー、なるほど」


 言われて、合点がいく。サッカー部の活動頻度までは知らないが、行事がないときには晴彦も結構頑張っているのだ。

 だが、そうやって長期休暇だけバイトをする、というのはそれほど特別なことではない気がする。高校生ならそういうパターンも多いだろう。


「でも俺の場合は、あれかな。夏休みも冬休みも知り合いの伝手で声かけてもらってるから、バイトっていうより親戚のお手伝いのついでにお金ももらってるって感じかも」

「っていうと?」

「夏休みは叔父さんがやってるカフェで働かせてもらったんだよ。で、冬休みは別の叔父さんが働いてる神社の手伝い」

「ほーん」


 ふむふむ、と頷く俺。

 そうか……確かにそうなると、俺は参考にしにくいかもしれない。


「だから年末年始でよければ俺から紹介できないこともないけど……それじゃあ間に合わないもんな」

「そうだなぁ……直近で入用なのはクリスマスだし」


 それに、年末年始は父方の実家に帰省する予定だ。あっちにも神社はあるし祖父ちゃんは神社の人ともかかわりがあるため、俺は俺であっちで手伝う流れになる可能性は高い。


「悪いな」

「別に、気にしなくていーぞ。白雪と二人でやるだけだし」

「そりゃ、仲がよさそうでよかった」

「だろー♪ 去年も白雪が巫女の――」


 晴彦が惚気モードに入ってしまった。

 やれ巫女姿が可愛かっただの、年明けを一緒に過ごせて嬉しかっただの、なんともうぶなで聞いてて頬が緩むような話をしてくれる。

 その話を聞きながらも、俺は結局解決されなかった問題のことを考えていた。


 バイト、どうしよ。

 とりあえずそれ系のサイトで調べてみるかなぁ……。

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