8章#16 幸せな帰り道
「――以上で、今日の活動は終わります。明日は一度学級委員を集めて話す予定なのでよろしくお願いしますね」
放課後の終わりまで話し合いを続けて、冬星祭に関する事項はほとんどが決定された。まぁミスターコンの運営は、主に如月と一年生二人が受け持つことになったし、時雨さんもサポートしてくれるそうなので、俺が出る幕はないだろう。
……ないよね?
そうこう考えている間に、めいめいに帰りの支度をし、生徒会室を出て行っていた。
俺もちゃっちゃと片付けを終え、
「大河、今日はどうする? うち寄ってくか?」
と声をかけた。
「いえ。家に帰ります。明日も学校がありますしね」
「うい。じゃあ送るわ」
「はい、お願いします」
もう12月。夜は随分と長くなっている。今の時期に送らなければ、いつ送るんだって話である。
帰り支度を終えて帰ろうとしていると、ふふ、と時雨さんは微笑んでいた。
「二人が仲良しでボクは嬉しいよ。やっぱりお似合いだね」
「なっ……き、霧崎先輩! そうやってからかうのはやめてください!」
「ん~? からかってるつもりはないよ。本当に、お似合いだって思ってる。ね、キミ?」
……何を言いたいんだ、この人は。
首を縦にも横にも振りにくい問いをされ、俺はじっと時雨さんを見つめる。陽炎のように、時雨さんの思惑がぼやけて捉えられない。
「時雨さんのからかいは今に始まったことじゃないし、気にしなくていいからな。お似合いとかお似合いじゃないとか関係なく、俺は大河と一緒にいるんだし」
「~~っ!! そういうこと言うのも卑劣だと思います!」
「卑劣って言葉を日常会話で使うのすげぇな」
「事実、卑劣だと思ったので」
「さいですか」
肩を竦め、バッグを手に持つ。
いつまでも時雨さんの相手をしていてもしょうがない。『好き』が見つかっていないのにその手の話を受け続けても複雑なだけだし。
行くぞ、と大河に声をかける。
「時雨さんも、鍵閉めるから出て。早く帰らないと晴季さんも心配するよ?」
「ふふっ、分かってるよ。二人といると楽しくって、ついね」
言うと、時雨さんは肩にスクールバッグをかけ、生徒会室を出ていく。
その足取りは舞い散る花びらのように軽やかで、儚い。
やがて準備が整った大河と共に、俺たちもその場を後にした。
生徒会室の鍵を職員室に返してから玄関に向かう。
すると、
「あ、やっときたー! 二人ともお疲れ様ですっ」
と元気な声が聞こえた。
見遣れば、ぴょんぴょんと元気そうに跳ねるツインテールが。
パチパチ弾けるサイダーみたいな笑顔を浮かべながら、雫は俺たちを出迎えた。
「あれ……雫ちゃん? こんな時間にどうしたの?」
「ふっふっふー、それはね、大河ちゃん!」
えっへん、と胸を張る雫。
やたらと溜めを作った後に続けた。
「二人を待ってたの! 一緒に帰りたいなぁって思って」
「あ、うんそんなところだろうとは思ったわ」
「友斗先輩っ? そこはもうちょっと驚いたり喜んだりするところじゃないですかねーっ?」
雫はぐいぐいと俺との距離を縮め、言ってくる。
でもなぁ……そう言われても困るというか。
「雫のことだし、一緒に帰るために待ってるとか普通にありそうだろ。友達と話してればいいんだし」
「私は忠犬みたいに友斗先輩を待ってるのが当たり前だと思われてるんですか!?」
「そこまでは言ってないからね? どんだけ俺は酷い奴なんだよ!」
堪らず、俺は苦笑する。
まぁそういう風に受け取られてもしょうがないのだけど。
どう言えば伝わるだろうかと考えていると、雫がふっと優しく微笑んだ。
「なーんて、実際忠犬みたいに待ってたんですけどね。二人と一緒にいたかったですから」
「雫ちゃん……!」
「大河ちゃんっ!」
「俺の目の前で抱き合わないでね?」
「あ、疎外感感じちゃうなら私たちのことをいっぺんにハグしてもいーですよ?」
「雫ちゃん。疎外感を『感じる』のは変だよ。既に『感』ってあるから、抱く、とかが適切」
「大河ちゃん真面目で細かい!」
ほんとそれな。百合百合しく抱き合いながら言葉の間違いを指摘するとか、細かすぎるでしょ。あと『〇〇感を感じる』っておかしいけど、『〇〇を感じる』って言う方が変だから許してほしいときってあるよね。
……と、考えつつ。
「疎外感はしないからハグしねぇよ。女子二人をこんなところでハグしたらいよいよ最低男って噂が出回るだろ?」
「ふむふむ。こんなところじゃなければウェルカムだと」
「そうなんですか……ユウ先輩、変態ですね」
「言ってないんだよなぁ。勝手に変態扱いされてるだけなんだよなぁ……」
しみじみと呟く俺。
二人はぷっと破顔し、ハグをやめて言ってくる。
「まぁこんなところで話しててもしょーがないですし、帰りましょっか」
「そうだね。もう下校時刻だし」
というわけで、雫と大河は一年生の下駄箱へと向かう。
スキップ交じりのその後ろ姿を見送って、俺も靴を履き替えた。
玄関の外に出ると、ひんやりと冷えた空気が頬に触れる。咄嗟に摘まんだ耳は、思いのほか冷え切っていた。暫く外にいたらすぐに赤くなりそうだ。
もっとも、これだけ暗ければ耳の赤みなんて気にしてもいられないだろうけれど。
靴を履き替えた二人と合流し、歩き始める。
こうして三人で歩くのは、それほど珍しいことではない。
澪と雫と俺。今も三人で登校しているのだから。
でも雫と大河と俺、という組み合わせは案外珍しいのかもしれなかった。
雫は前から俺の仕事が終わるのを待っていてくれたし、普段から大河を家へ送っている。雫と大河の仲だって悪くはないのだし、こうして三人になるのだって珍しいことじゃないはずなのに。
そう思うと不思議なもので、億劫な寒さすらも悪いものには感じなくなってくる。
「寒いですねぇ」
「そうだな」「そうだね」
「冬ですねぇ」
「だな」「だね」
とた、とた、と並んで歩く雫と大河。
俺はそんな二人の一歩後ろをのっそのっそと歩いていた。
「冬といえば、もーすぐクリスマスですよね」
雫は、テンション高めにそう言った。
「そうだなぁ……クリスマスだ」
「その前に冬星祭があるんですけどね」
「あ、そっか。うちの学校ってイブに最後の三大祭やるんでしたっけ」
雫が思い出したように呟くので、俺と大河はこくと頷く。
「そうだよ。と言っても雫ちゃんの場合は……学級委員として、当日近くなったらちょっと手伝ってもらうくらいになると思う。ですよね、ユウ先輩」
「ん、そうだな。詳しいことは明日話すが……冬星祭は、それほど学級委員の仕事はないはずだぞ。強いて言えばツリー作るのを手伝ってもらうくらいか」
「ツリーって、クリスマスツリーです?」
そうだな、と俺は肯った。
「地下の倉庫に、でっかいクリスマスツリーがあってな。今はバラバラになってるから、少し前になったら組み立てなきゃいけない」
「へぇ……そんなにおっきいですか」
「ああ。去年見たが、マジで凄かったぞ。金かけるところが違うだろってレベルで」
クリスマスのイルミネーションとかを見に行ったことがないからなのかもしれないが、うちの学校のクリスマスツリーを見たときには本気で圧倒された。柄にもなくテンションが上がったほどだ。
「なんだかロマンチックですね。あ、じゃあ冬星祭って何をやるんですか?」
花崎や土井が知らなかった時点で、雫も知らないだろうとは思っていた。
俺が答えるより先に、大河が掻い摘んで説明する。
「午前中は地域交流会って感じだよ。部活動の人たちが発表したり、近くの幼稚園にお願いして何かしてもらったり。午後は……有志発表とか、かなぁ。今年はミスターコンテストとかもあるけど」
「あー、ミスターコンテスト! そーいえばやることになってたね!」
ぱちんと手を叩いた雫は、くるりと華麗にターンしてこちらを見つめてくる。
うーん、この感じ。絶対に――
「友斗先輩ももちろん出るんですよねー?」
「俺はもちろん出ないんですけど? どこ情報なの、それ」
「私情報です」
「勝手な決めつけなんだよなぁ……だいたい、主体ではないとはいえ俺だって生徒会なんだからな。生徒会主催のミスターコンに出れるわけないだろ」
俺は原理原則を説くように告げる。
だがしかし、雫ははてと首を傾げた。
「でも霧崎先輩はミスコン出てましたよね?」
「あっ、あの人は特別だから」
「友斗先輩も割と特別枠じゃありません?」
「確かに……」
「納得すんなよおい!」
確かに、制度上では俺が出ちゃいけないなんて決まりはないのだけれども。
それでも俺に出るつもりはない。
だって、滅茶苦茶恥ずかしいことさせられるんだぞ?
「とにかく、だ。ミスターコンに出るつもりはないぞ」
「と、見事にフラグを立てる友斗先輩なのでした」
「フラグじゃないからね!?」
フラグになど絶対しない。
俺は断固として胸に誓った。フラグっぽいって触れておけばフラグ折れるみたいな部分あるしね。
◇
「有志発表……そっか、そういうのがあるんだ」
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