8章#15 ミスターコン

「――と、こんな感じか。現時点で質問があれば言ってくれ」


 10分ほどかけて丁寧に冬星祭について説明をした。

 一年生ズの表情を窺うが、特別に何か不安を抱えているようには見えない。全てをイメージできたわけじゃないだろうが、後はやりながら不明瞭な箇所を適宜質問していけばいいだろう。


「ないってことで……ほい、大河。ここからは任せるわ」

「はい。ありがとうございました、ユウ先輩」

「ま、大河の庶務だからな」

「…………そういうからかいかたは意地悪だと思います」

「悪い悪い。あんまり先輩冥利に尽きることを言ってくれるから、つい」


 言われてみれば、大河の気持ちを知っている分際で酷いかな、と思わなくもない。

 けれどそういうことに触れず腫れ物みたいに大河の気持ちを扱うべきではないと思うし、先輩としても男としても嬉しかったのは事実なわけで。

 だからこれくらいは許してほしい。如月、その目やめろ。ニヤニヤすんな。


「ええっと。冬星祭の説明についてはだいたい終わったんですが……今年の生徒会では、新しく取り組まなければいけないことがあります」

「ミスターコンよね」

「はい。色々とやらなければいけないことは多くて忙しいですが、今年は同時進行でミスターコンテストの準備もする必要があります」

「そう考えると、本当に言い出しっぺは生徒会のことを考えてないわよね~」

「ほんとだねぇ」

「あんたらは絶対言っちゃいけない台詞だからな!?」


 すっとぼける如月と時雨さんに、堪らず俺はツッコミを入れた。

 冬星祭のミスターコンは、完全に選挙対策の公約だ。選挙から約2か月後という程よい近さにある行事だから『ありえるかも。あったら面白いかも』と想像しやすく、投票意欲を掻きたてる。

 その点を考慮すると、今回の冬星祭まではあのときの敗戦処理が残っている、とも言えるだろう。


「まずミスターコンテストの立ち位置ですが……第二部の生徒会企画の一つとして行うのがいいと思うんですけど、どうですか?」


 大河の提案は妥当かつ真っ当なものだった。第一部で行うのは流石に厳しいしな。

 否やの声が上がらないのを確認して、大河は話を進める。


「あとは、ミスターコンテストの実施内容ですけど……私は、ミスコンテストよりも少し大きめの規模でやる必要があるのかな、と思います」

「え、大きく……? 小さく、じゃなくて?」


 次の大河の提案に驚いた様子を見せるのは土井だった。

 見遣れば、如月も意外そうにしている。まぁ無理はない。伝統的に続いているミスコンより新設のミスターコンの規模を大きくするって考えは、どこか矛盾しているようにも聞こえるからな。

 実際、ミスターコンをやるだけなら小さくした方が楽だろう。

 では何故大河がその逆の案を出したかと言うと、


「来年以降もミスターコンを続けて伝統にするためには、強く記憶と記録に残る必要があると思うんです」


 というわけだ。


「っていうと?」

「一回目を小規模にしてしまうと、あくまで今年の生徒会が行った企画として考えられて、来年実施するにしてもまた認可を貰うところから始めなければいけなくなるかもしれません」

「それくらいなら今年やれるところまでやって、来年も当然やるって顔をしてた方がいい、ってことだな」

「はい。そうして伝統になっていったときに規模はミスコンに合わせていけばいいと思います」


 無論、大河の案は完璧ではない。来年を見据えすぎて今年がぼろぼろだったら元も子もないわけだし。

 けれども、その案は大河が来年以降をきちんと見据えてくれている証左で。

 来年も同じ立場で、でも今よりもっと立派に冬星祭に取り組んでいる姿が想像できて、少しどころではなく嬉しくなる。


「大変にはなると思うんですが……でも、どうせやるのなら、私は妥協したくありません。皆さんはどうですか?」


 大河の言葉に、一年生の二人は困ったような顔をする。実際にやってみたことがない以上、何とも言えないのだろう。

 真っ先に挙手したのは月瀬だった。


「あたしも、妥協したくない。って、まだまだ分かんないことだらけの新入りが言えた分際じゃないかもだけど……でも、悔いは残したくないもんね。人間、いつが最後になるかなんて分からないもん」

「月瀬先輩……ありがとうございます。そうですね。来年もまた、万全の状態で冬星祭に臨めるとは限りません。だから、今年のうちにベストを尽くしたいんです」


 大河が真っ直ぐ言い切る。

 月瀬は僅かに目を細め、うん、と頷く。

 俺も月瀬に続いて賛成の声を上げた。


「いいんじゃないか? 今年は言い出しっぺの一人である元会長が馬車馬の如く働いてくれるらしいしな」

「キミ、酷いこと言うね!? ……で、ボクも同じ考えかなぁ。楽しそうだしね」

「霧崎先輩は基本的にそれだけじゃないですか……。けれど、ありがとうございます」


 時雨さんも賛成したことで、一年生の二人の表情も明るくなる。

 そんな様子を見て、如月も口を開いた。


「私も賛成。楽しそうっていう霧崎先輩の意見は凄く分かるし……そもそも冬星祭って、大変なのは当日だし」

「あー、それな」


 もちろん、当日までにも山ほどやることはあるのだけれど。

 特に大河にはすべきことがあり、俺もそれに付き合う形になると思うわけだが。

 しかし、体育祭や文化祭ほどではない。ま、それでもほぼ毎日放課後までやるんだけどね。


「分かりました。では全員賛成ということで大丈夫でしょうか?」


 一同がこくっと頷く。

 話がまとまったことに胸を撫で下ろす大河だが、まだ肝心のことが決まっていない。俺が口を開くより先に、如月が発言した。


「それで……問題はどうやって規模を大きくするか、よね」

「そう、ですよね……ミスコンテストのときは、ええっと――」

「事前のインタビューをもとに作った生徒会新聞とSNSでの発信。当日は自己紹介と特技披露だったな」

「だったねぇ……あれは楽しかったなぁ」


 俺が言うと、時雨さんは思い出すようにしみじみと呟いた。

 この中だと時雨さんしかミスコンには出てないんだよな。大河をスカウトして、心を折られた覚えがある。


「特技っていうと、時雨さんは何をやったんだったっけ?」

「ポエトリーリーディングだよ」

「ぽえ……えっと」

「主に音楽に乗せて詩を朗読するパフォーマンスのことですよ。ユウ先輩、覚えてないんですか?」


 大河に言われて、ああ、と思い出す。

 そういえば時雨さん、ラップみたいなのをやっていた。あれがそうだったのだろう。ふむふむと首を縦に振っていると、大河はムッとした。


「あのときのユウ先輩は、澪先輩のことしか見てませんでしたもんね」

「べ、別にそういうわけじゃ――なくは、ないな」

「素直で結構です。別に責めているわけではないですから。澪先輩が凄かったのは事実ですし」

「あはは……」


 何と言っていいか分からず、枯れた笑みを返す。

 が、澪がミスコンで凄かったのは本当だ。ネクタイを巻いていたことで注目を集め、流行りのJ‐POPをかっこよく歌い上げ、観客を見事に魅了した。


「そういう意味でも、特技披露は外せないだろうね。事前のインタビューも」

「問題は他に何をやるか、でしょうか」

「だなぁ」


 思いつかない、わけではない。

 ラノベにしろ漫画にしろ、たまにこの手のイベントを描く作品もあるし。それらを参考にすれば幾つか案は浮かぶ。

 だが手間とか時間を考えると却下したくなるものが多い。


「あ、そうだ。面白いこと思いついたよ」

「時雨さんの案は聞きたくないんだけど」

「それは私も同感ですが……貴重な意見なのでお聞きしたいです。お願いします、霧崎先輩」

「やった」

「チッ」


 絶対時雨さんはろくなこと言わないのに……。

 時雨さんは楽しそうに笑うと、


「モテシチュエーションの再現、とかどうかな」

「ほら案の定くだらないことを言い始めた!!」


 俺が真っ先に脳内で却下したオタク脳的アイディアを口にした。

 月瀬が、おおー、と感心したように言って拍手をする。


「どういうことか説明してもらってもいい?」

「文字通り、モテシチュエーションの再現だよ。壁ドン、顎クイ、その他色々。と言ってもその辺りを無制限にしちゃうと審査が難しいから……幾つかに絞ったうえで、選んでもらう形で。台詞を自由に言ってもらって、それを審査するのはどうかな?」

「それは……」


 大河が微妙な顔でこちらを見る。

 どうする? と視線で尋ねてきていた。

 当然却下だ、と言いたい。俺の脳内では却下された案だし。

 だが――時雨さんの案だと盛り上がるのはほぼ確定なんだよなぁ。


「いいじゃないですか、それ! ミスターコンっぽいですし、見ていて面白そうですからねぇ~」


 如月が賛成すると、一年生たちも追従した。月瀬もノリノリっぽい。こうなると、渋い反応しているのは俺と大河だけになる。


「現実的な問題が二つあると思うんだけど」

「うん、何かな?」

「一つ目。そういうことをするのであれば相手役が必要になるでしょ。それは誰がやるの? そしてもう一つ、それを課題にしたらやりたがる人は減ると思うんだけど」

「一つ目については、幾らでも探しようがあるよね。生徒会で出してもいいし、伝手で探してもいい。相手役を見つけることも出場条件に加えてもいいし」

「っ、でもそうすると、二つ目の方が危うくならない? そんな恥ずかしいこと、進んでやりたがるとは思えない。そうなると参加者が――」

「――本当に、そうかな?」


 俺の言葉を遮って、時雨さんは悪戯に笑む。


「だってクリスマスイブだよ? 意中の相手といい雰囲気になる、絶好の理由付けになると思わない?」

「それは……っ」

「それに参加者の話はまた別問題だよ。元々、規模を大きくするなら無理にでも数を集める必要があるんだし。各クラスの代表者を出す、みたいな形にするのがベストじゃないかな」

「……確かに」


 完璧な理論武装、ではないかもしれない。

 いくらでも穴はあるだろう。だが見つけられないし、少なくとも俺が考えていた問題点は解消されてしまった。

 こんな些細なことでも時雨さんの本気を垣間見るとは。


「分かったよ、俺も賛成する」

「はぁ……そういうことでしたら、霧崎先輩の案を採用させてもらいます。各クラスの代表者を、という案も一緒に採用でも大丈夫ですか?」


 否やの声は上がらず、ミスターコンテストを盛り上げるためのパーツが集まっていく。

 俺たちはその後も、ミスターコンテストの詳細を決めていった。



 ……なお、唯一の男子である俺の意見はことごとく封殺された。

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