7章#29 昼飯

「人、多い……」

「ですね。少し疲れました」

「ぼっちの気がある三人で川崎に来るのがそもそもの間違いだったな」


 本屋を出てから二時間ほどが経ち、俺たち三人はやや疲弊した声を漏らしていた。

 どうやら俺たちは、日曜日の川崎を舐めていたらしい。武蔵小杉や自由が丘もそこそこ人が多いしあんなものだろうと思っていたが、全然違った。そもそもここの方が広く、しかも毎週アイドルやら歌手やらがイベントを開いているのだから人が多いのは当然だった。


 流石に人酔いするほど弱くはないが、かといって人の多い場所に慣れているわけでもない。まして俺も澪も大河もぼっち気質ではあるため、疲れを感じていた。


「時間も時間だし、そろそろ昼飯食いに行くか」

「そうですね……どこに行きましょうか?」

「ファミレスでいいんじゃない? 色々あるし」

「あー、それもそうだな。大河もそれでいいか?」

「あ、はい。大丈夫です」


 道端で話し、次の行き先が決まる。

 この辺りのファミレスっていうと……あそこか。


「じゃあ、行くか。こっちだな」


 雫と行ったときのことを思い出しながら、俺は歩を進める。

 そして歩くこと暫く。

 ファミレスに到着し、俺たちはテーブル席に通されたのだが――


「いやちょっと待て」


 いきなりツッコミどころが生じた。

 俺は、自分の隣に座る澪を一瞥し、あのな、と告げる。


「どうして二人と二人で向き合うことを想定されたテーブル席なのに片側に三人で座る⁉ 俺と大河が並んだんだから、残った澪は向こう側だろうが」

「ちぇっ、バレたか……」

「バレたか、じゃない。狭くはないけど、片側空けてたら変なんだし、大人しく動け」


 四人~六人が座れるテーブル席なので、もちろん三人一列で座ることもできる。

 しかしだからと言って横に並んで座る奴なんていないわけで。

 色々と取りに行くことになったら便利だな、と思ったから俺は廊下側の席に座ったのに、大河と澪にサンドされてしまえ何の意味もなくなる。

 けれども澪は、ちぇっ、と不服そうにした。向かい側に座ると、澪は自分の隣の空きスペースをぽんぽんと叩く。


「ならさ、友斗がこっち来てよ。トラ子より私の方が体小さいんだし、合理的でしょ」

「私も澪先輩もそれほど体格は変わらないと思います。席を動くのは迷惑ですし、その必要もないじゃないですか」

「それはトラ子が友斗と隣だからじゃん。私も友斗と隣がいい」

「私だってそうです。だからこそ、今回はユウ先輩が自分の意思で座った方に――」

「ああもう分かった。なら澪がこっち来い。俺がそっち行くから。二人が並べば文句ないだろ?」

「……まあ」「すみません、ユウ先輩」


 謝るくらいなら張り合わないでほしかった、とは言わないでおこう。

 こんなくだらないことで言い争いをされるほど好かれているって思ったら、悪い気はしないし。険悪なムードではなくあくまでわちゃわちゃとした言い争いだったし。

 けふんと咳払いをし、澪と場所を交換する。澪と大河が正面に来る位置に座り、メニューを眺め始めた。

 俺は……肉々しいものを食べる気にはなれないし、ドリアとかかなぁ。長居するつもりはないし、ドリンクバーは要らないだろう。ちびりとお冷に口をつけつつ、注文を決める。


 ふと向かい側を見遣ると、澪と大河がメニューを眺めていた。

 一冊のメニュー冊子しかないがケンカすることはなく、二人で同じページを難しい顔をして見ている。どうやら二人とも、パスタ系で迷っているらしい。


「ねぇトラ子」

「なんですか澪先輩」

「私、ペペロンチーノ頼むからトラ子はイカ墨パスタにしない?」

「それって、二人で分けるってことですか?」

「そ」

「…………澪先輩が仰るのでしたら、私に異存はないです。どっちがいいか悩んでいたので」

「ん。ちなみにペペロンチーノは――」

「半熟卵、ありがいいです」

「ん。そういうとこの趣味が合うのは嫌いじゃないよ。じゃ、それで」


 目の前であっさりと話がまとまっていた。

 澪も大河もお互いのことはチラっとも見ないくせに、どうしてここまで息ぴったりなのか。二人って付き合い自体はそこまで長くないよな……?

 意外に思っていると、顔を上げた二人と目が合ってしまう。


「なに、友斗」「ユウ先輩。何ですか、その目」

「何でもねぇよ。店員さん呼ぶけどいいか?」

「ん、お願い」「お願いします」


 ほぼ同時だった二人の返事を受けて、俺はスイッチを押す。

 すぐにやってきた店員さんに注文と、それから取り分け皿をお願いし、ふぅ、と一息ついた。


「で、二人とも。この後どうする?」


 背もたれに寄り掛かりながら言う俺。

 川崎に来てからそれなりに経っているが、未だに三人のうちの誰も誕生日プレゼントを買えてない。色々と回りはしたものの、ピンとくるものがなかったのだ。


 んー、と迷うように声を出すのは澪だった。


「次は、服系で攻めるしかないんじゃない?」

「服なぁ……まぁ確かにそうか」

「そうそう。結局化粧品見たところで雫は大抵持ってるし、持ってないようなものは私たちには分かんないし」

「私も、それには賛成です。マフラーとか手袋とか、その辺りでもいいかもしれません」


 なるほど。

 もうすぐ冬に突入する。温かい服だったり、冬に欲しくなるマフラーや手袋なんかをプレゼントするのはありかもしれない。


「あとはプレゼントではなく、パーティーの支度もした方がいいですよね?」

「あー、それもそうだな。飾りとかか」

「なら百均でいいんじゃない? 地下のあそこ、色々あるし」

「だなぁ」


 最初からこうやって話し合っておけばぐるぐる二時間近く回る必要もなかったのでは?

 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、注文したメニューが届いたので頭の隅に追いやっておく。澪と大河はそれぞれ相手の分のパスタをお皿に取り分け、手を合わせた。俺もそれに倣う。


「「「いただきます」」」


 三人で告げてから食べ始めた。

 と言っても、やってきたのはあくまで全国展開しているファミレスだ。当然俺が注文したドリアも何度か食べたことがあるので、食べて衝撃を感じるほど美味しいわけではない。馴染みの味って感じだ。


 くるくると丁寧にパスタをフォークに巻くと、澪も大河もそれを口に運び、もぐもぐと咀嚼する。

 どうやら味に関してはお気に召したようで、二種のパスタ両方をどんどん食べ進めていく。こう美味しそうに食べていると、見ているだけでちょっと幸せになるよな。

 そんなことを思っていると――


「友斗も一口食べる?」


 と、澪が尋ねてきた。

 ジロジロ見すぎていただろうか。俺はふるふると首を横に振り、答える。


「いや、ここチェーン店だしな。そのパスタだって食ったことあるから大丈夫だ」

「ふぅん。でも、今日のと昨日までのとじゃ味が違うかもよ? 何なら、今日は美少女の『あーん』つき。どう?」

「っ、どうってお前……」


 見すぎていたとか関係なく、あーんをしたいだけらしい。

 その瞳は誘うようにギラリと妖しく揺れている。こう言われると、拒否る方がビビってるみたいで負けた気分になるな……。


「分かったよ、じゃあ一口だけ貰う」

「素直でよろしい」

「素直じゃなくて従順って言ってほしいね、お姫様」

「あ、うんうん。そういう気障なノリに持っていくのは寒いからやめときな」

「えぇ……そっちのペースに乗ったんだからちょっとは付き合えよ」


 俺がマジで痛い奴になっちゃうでしょう?

 ぶつくさと文句を言っている間に、澪は一口分ほどのパスタを巻いたフォークを差し出してきた。


「『あーん』」

「……そこで雫の真似っぽい声になるのは恥ずかしいからなのか?」

「うっさい。早く」

「恥ずかしいなら言わなきゃいいだろうに」


 恥ずかしがるポイントが局所すぎて俺には読めない。

 耳の先だけを赤くした澪を微笑ましく思いながら、俺はぱくっとパスタを口に入れた。間接キスだなぁとか思いはするが、あえて意識しない。流石に今更だからな。


「おお、美味いじゃん。安定安心の美味しさって感じだな」

「そこは普通、味は分かんないとか言うとこじゃないの?」

「あいにく、この手のアレは雫に散々やられてるもんでな。慣れてるんだよ」


 だから恥ずかしくないかと言えばそうではなく、周りの視線とかは気になっちゃうのだけれども。

 俺が心のうちでぼそぼそ呟いていると、あの、と大河が声を上げた。


「ユウ先輩。私のも、食べませんか……?」

「えっ……いや、澪と張り合う必要ないからな?」

「張り合ってるとかでは、ないですけど。ユウ先輩に好きになってもらう努力は、不恰好でもやっていきたいので」

「そ、そうか」

「はい」


 そこまでストレートに言われてしまうと、嫌だとは言えない。

 首を縦に振ると、大河はイカ墨パスタの方をフォークに巻き、ぐーっと身を乗り出して口もとに運んでくる。目を瞑っているせいで位置は不安定なので、渋々ながら手で正しい位置まで誘導した。


「ん……イカ墨パスタは食ったことなかったけど、美味いな」


 言うと、大河は頬を綻ばせた。

 いやイカ墨パスタの味を褒めたからって喜ぶ理由なくない? この手の話になると急にポンコツ化しすぎじゃない?

 まぁ可愛いからいいんですけどね?


「ふふっ。目、瞑ってたし」

「む……それを言ったら澪先輩も、手、震えてましたよ」

「それくらい普通でしょ、ロボットでも多少は揺れるし」

「目を瞑っていてもユウ先輩の口まで運べたので、問題ないはずです」

「それはそうとさ」


 話がまた明後日の方向に行きそうだったので口を挟む。

 ん?と首を傾げる二人に、俺はぼんやりと告げた。


「イカ墨パスタ食べると歯が黒くなりそうで大変だよな」

「「あっ」」


 どうやら、二人はそのことにまで頭が回っていなかったらしい。

 神妙な面持ちでパスタに目を落とすと、


「後でうがいする」「後でうがいします」


 と呟いたのだった。

 うんそうね。

 たまたま荷物にウェットティッシュを入れていたので後で貸すことを約束すると、二人とも喜んでくれた。このオチは流石にいかがなものかと思うんですけど、ラブコメの神様。

 もちろん、イカだけに。

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