7章#28 デート
11月も中旬に入り、季節は紛うことなき秋になっていた。今年の夏は思いのほか大人しく退散してくれて、今はすっかり肌寒い。
ひゅぅぅと吹く風に身を竦めながら、俺と澪は大河と待ち合わせをしていた。
手持無沙汰だからか、それとも単に澪が美少女だからか。
ついつい、澪に目を奪われてしまう。
『BAD GIRL』と英字で書かれた薄手の白Tシャツの上に、蜜柑色のニットカーディガン。毛足の長いそれは温かそうだ。
ブラックのジーンズは澪の細く引き締まった脚の線を程よく浮かび上がらせていて、どこか色っぽく、フェロモンが滲んでいる。クリーム色のトートバッグが全体の印象を引き締めていて、雑誌に載っていてもおかしくないように思える。
現に、駅を通る学生は大抵が澪を一瞥し、見惚れていた。俺なんかが隣にいてごめんねって気分になってくる。一応俺もオシャレに気を遣ってはいるが、あくまで恥を掻かないようにってレベルでしかないからな……。
そんな澪は今、はむはむとアメリカンドッグを食していた。
現在時刻は9時45分。朝食からそれなりに時間が経っていることもありお腹が空いているらしい澪は、ついさっきコンビニで買ってきたのだ。
三大欲求のうち食欲と性欲を抑える気のない澪なのだが、もちろん通行人はそんな事情を知る由もなく。アメリカンドッグを食べる姿すら様になっているせいなのか、アメリカンドッグを買いに行く人まで現れていた。
「時代が違えばステマ乙とか言われてたのかなぁ……」
「ん、なんか言った?」
「いいや、なんでも」
「そ」
まぁ誰が困るわけでもない。アメリカンドッグは美味いしな。
そう考えていると、
「おはようございます、ユウ先輩、澪先輩。お待たせしてしまったようですみません」
と、快活な声が通った。
そちらを向くと、大河がやってきている。陽を吸収したようなブロンドヘアーは今日も眩しく、可愛らしい。
「おはよう、大河。待ち合わせより早く来てただけだし、気にしなくていいぞ」
「それでも早めに来るのが後輩だと思うけどね」
「……そうやって先輩の権威をむやみやたらに振りかざすのはどうかと思います。というか澪先輩はご飯食べてるじゃないですか」
「それは、まぁ、そうだけど。一口食べる?」
「……いただきます」
澪がアメリカンドッグの棒を横にして差し出すと、大河は髪を押さえながらかりっと齧った。もぐもぐと口を動かす大河をよそに、澪は最後の一口をがぶっと食べる。
「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」
「なぁお前らって仲いいの? 悪いの?」
「悪いに決まってる」「いいわけないじゃないですか」
「仲いいよな絶対!?」
流れるようにケンカしたかと思えば、食べてたものをシェアするとか……マジでよく分かんねぇ。
俺がじとーっと見つめると、澪も大河も顔を逸らす。ほら仲いいじゃねぇか。
不倶戴天の敵か、生涯の大親友か。
後者になっていくのかもな、と何となく思う。
完食したアメリカンドッグの棒を袋に入れて捨てると、澪は品定めをするように大河に視線を遣る。
俺もつられて大河を見つめた。
「トラ子って、きちんとした服をよく着るよね」
「えっと……それはそうですね。外に行くときは、こちらの方が落ち着くというか、気が引き締まるので」
「ふぅん。ま、どうでもいいけど」
今日の大河は、白いワイシャツとグレーのパンツ、それからベージュのベストというシンプルな服装だった。これまで休日に会ったときも、似たような雰囲気だった気がする。
オフィスカジュアルとは違うんだろうが、なんとなくそれっぽさはあるな。
澪と大河では、服装も性格も印象も異なっている。
だがそんな二人の服装には、一つの共通点を見出せもした。頭でちょこんと存在を主張する髪飾りである。
園芸部&手芸部が作ったそれは、同一のものではないが雰囲気は似ており、同じブランドのアクセサリーを身に着ける仲良しコンビみたいになっていた。まぁ指摘するのもアレなので言わないが。
「少し時間より早いけど、行くか」
「分かりました」「ん」
何はともあれ、今日は雫の誕生日プレゼントを買いに来たのだ。
あの子にあげられるものを、ちゃんと考えよう。
◇
考えてみれば当然かもしれないが、大河も電車に乗るのは慣れていない様子だった。やっぱり電車通学の経験の有無って絶対に大きいよな。雫は中学校の頃に短距離とはいえ乗ってたらしいけど。
そんなこんなでまたしても二人の共通点が見つかりつつ、俺たちが向かったのは川崎駅だった。
武蔵小杉はよく使うし、それなりに色んなものがあるから便利だ。自由が丘もそれは同じ。しかし、誕生日プレゼントを本気で吟味するとなると、やや心許なくも感じる。
川崎駅は電車に乗ればそれほど遠いわけではなく、まぁ程よい距離にあると言っていい場所だ。映画を見たいときにはよく来るため、俺も来慣れている。まぁ俺も一人で来ることより、雫と一緒に来たことの方が多いんだけどな。
と、そういう事情はさておいて。
川崎駅に到着した俺たちは、とりあえず駅ビルの地下にある本屋に向かった。雫は読書好きだし、ここは他より品揃えも豊富だからな。
「えっと……これって、漫画ですか?」
俺と澪に伴ってライトノベルコーナーに来た大河は、きょろきょろと本棚を眺めながら呟く。
そういえば、大河はこの辺の趣味に関する知識が乏しいんだっけか。逆に、俺の周りの奴がそういうのに詳しすぎるだけとも言えるが。
「漫画じゃない、ラノベ。ライトノベル」
「なる……ほど。聞いたことあります。そういえば、姉もたまに読んでました。ヤングアダルトとか、そういう類の作品ですよね?」
「ん……まぁ、間違いじゃないけど。その辺の定義を話し出すと界隈が荒れるから。ライトノベルレーベルから出てる挿絵付きの小説がライトノベル。そう思っておけばいい」
「へぇ。澪先輩もよく読まれるんですか?」
「私は、そこそこ。友斗とか雫に比べるとあんまり。ね、友斗」
話を振られ、あぁ、と咄嗟に返事をする。
澪の読書量にそれほど詳しいわけではない。だが確かに、ラノベをめちゃくちゃ読んでいるかと言えば微妙なラインだ。漫画やアニメの方がよく読んでいる印象はある。
「そうだな。雫はラノベよりノベルゲームの方が読むけど……それでも、澪よりは読んでると思う。何気にあいつ、文学少女だし」
ラノベを文学と呼ぶと怒られそうだけど。
雫の場合はラノベに限らず、本の虫だ。休みの日は部屋にこもって電子書籍を読み漁ったりしているし。
「なるほど……面白いんですか?」
「面白いかどうかは人それぞれだから、何とも言えん。物によってはラノベやオタクとしての知識を前提にしてるのもあるし」
「逆に、映画化されて一般受けしてたり、メディアミックスはされてないけど読書好きに刺さる作品とかもあるってこと。気になるなら一冊くらい買ってみたら?」
澪は本棚に並ぶ本の背表紙を指でなぞりながら言う。
澪の言っていることは間違いではない。百聞は一見に如かず。結局のところ、娯楽は全て自分に合うか合わないかなのだ。
大河もそれには納得したらしく、その視線を本棚に向ける。
しかし、すぐにはてと首を傾げた。
「タイトルが長くて、どれがいいのか分からないです……」
「ふっ、まぁそんなものでしょ。というかそのレーベルは特にネットからの拾い上げが多いから長文タイトル多いし。こっち来て。多分トラ子はこのレーベルの作品の方が好きだろうから」
「あ、ありがとうございます」
大河の手を引き、澪が少し奥へ行く。
確かにラノベってレーベルによってかなり毛色が変わる。ジャンルや作者、年代によってもそれは同じだ。それはラノベ以外にも言えるのだろうけれど。
そういえば小学校の頃、俺が読んでるラノベを見て雫は漫画だと思ったんだよな。それで漫画は持って来ちゃダメ、みたいに慌ててた。その頃の雫と今の大河がどこか被って思えて、くすりと笑みが零れる。
結局俺は買いそびれていた新刊や目の付いた新作を、大河は澪からおすすめされた人気の青春ラブコメを数冊買った。
「……あの。今日って誕生日プレゼントを買いに来たんですよね?」
「「…………」」
店を出ると、俺と澪は大河の指摘にはっとした。
いや忘れていたわけではない。
忘れていたわけではないのだが……ラノベコーナーに入ってからは、ちょっとそれぞれの買い物を始めていた節があるのも事実だった。
「まぁ誕生日に本って違う気がするし、いいんじゃない?」
「ならどうして真っ先に来たんでしょう……」
「それは……今のは準備体操だった、ってことで。次行くよ」
初っ端から30分ほど時間を無駄にしてしまった気がしなくもないが……。
澪と大河の仲いいところが見れたからいっか、ということで、次の場所に向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます