7章#30 ファッションバトル
ファミレスを後にした俺たちは、ひとまず服を見に行くことにした。そういうお店であればマフラーや手袋も置いてあるはずだ、とのこと。
こうなってくると俺の活躍の機会はほぼゼロになってくるのだが、まぁ、そこはしょうがない。雫と出かけるときは服屋を見に行くことも多いからそれなりに慣れてるしな。
と、そう考えて、改めて気付く。
俺はつくづく、雫との日々に慣れていたらしい。それも当然だ。あの子と一緒に出掛けた回数は本当に数えきれなくて、いつも楽しかったのだから。
或いは、と思う。
もしも澪と出会わず、大河とも出会っていなければ俺はとっくに雫と付き合っていたのではないだろうか。彼女の姉として、彼女の友達として、二人と出会っていたのかもしれない。
それくらいにあの子は日常にいて、いつも笑顔をくれていた。
――なんて、こんな過程に意味はないのだけれども。
「というわけで友斗。今からトラ子とファッションバトルをすることになったんだけど」
「審査をお願いしてもいいですか?」
「ちょっと待て。かくかくしかじか並みの説明の略し方をするな」
益体のないことを考えている俺に、澪と大河が唐突な話をしてくる。
誓って言うが、俺が考え事をしていたせいで話を聞いていなかったわけではない。説明自体が不在だったのだ。ついでにツッコミも不在な気がする。俺頑張るよ。
澪は、はぁ、と溜息をついてから説明を始めた。
「よく考えたんだけど、マフラーも手袋も、雫は持ってるんだよ。しかも本人が結構大事にしてる、誰かさんからのプレゼント」
「あ゛」
「その反応、分かりやすくて助かるよ」
「ぐぬぬ……」
言うまでのなく、誰かさんとは俺である。
そういえばそうだ。マフラーも手袋も、俺は雫にプレゼントしている。誕生日だったりクリスマスだったり、渡す機会は幾らでもあったからな。ない頭をこねくり回した結果思いつく、実に分かりやすい帰結がそこだった。
「で、ならいっそ冬服一式プレゼントの方がいいかな、ってことになって」
「ああ、なるほど」
「でも流石に一式買うと値が張るので、二人で折半して二人からのプレゼントという形にしよう、という話になったんです」
「ほーん」
妥当な流れかもしれない。というか雫の場合、その方が喜ぶだろう。自分の姉と友達が仲良くしてる証拠でもあるんだし。
「そこからどうしてファッションバトルの流れに……?」
「折角雫にプレゼントするなら、可愛いものをあげたいじゃん」
「それは私も同じです」
「けど、好みが違うから。ならいっそどっちがいいか友斗に選んでもらおう、って。試着してみないと分からないこともあるからちょうどいいし」
「なるほど?」
イマイチ納得しにくいが、まぁ、理解はできた。
難しく考えたら負けだと結論付け、俺は首を縦に振る。
「分かったよ。よく分からんが分かった。けど審査って言われても、オシャレに詳しくないぞ?」
「あ、それは求めてないからいい」
「あっ、そう……」
「ユウ先輩が好きなのはどちらかで選んでいただければ大丈夫です。あとは、雫ちゃんに似合いそう、とかも判断基準にしていただけると」
「そういうことか。そんなんでいいのか疑問だが、それでもいいなら」
実際、二人がどんな服を選ぶのか気になりはする。
雫は結構色んな服を選ぶし、着こなすタイプだ。だからこそ、雫以外が選んだ雫の服も気にかかる。
「じゃ、決まり。制限時間は30分でどう?」
「望むところです。負けませんから」
「そ、頑張って。勝つのは私だけど」
そんなにバトりたいなら、球技大会で競技合わせろよ。
そう思いつつ、俺は二人に断わりを入れて店の外で待つことにした。なんとなくだけど、あいつへのプレゼントが見えてきた気がするからな。
◇
25分ほど待って、スマホがぶるるっと振動した。
見れば、準備ができた、と連絡が来ていた。ネットショッピングを切り上げて店内に戻ると、澪と大河が手に何品か品物を持っている。
「今から試着してくるから」
「終わったら声を掛けるので、試着室の前にいていただけますか?」
「うい、了解」
それなりに大きい店だからだろう。
試着室は三部屋あり、どの部屋も空いていた。他に使う様子の客もいない。多少の時間使わせてもらう分には問題なかろう。
試着室の前で待つ気まずさを堪え、カーテン越しの布擦れの音を聞かないようBGMに集中する。聞いたことのある、アイドルグループの歌だ。切なげな曲調だが、よく聞いてみるとちょっと歌詞が可笑しくて、笑ってしまう。いい曲なんだけどね。
「ユウ先輩。私は着終わりました」
「私も」
次の曲に切り替わろうというタイミングで、カーテンの向こうから声が聞こえた。
「おう。えっと、どっちから先に行く?」
「んー。じゃあトラ子が先攻で。いい?」
「問題ないですけど……あの、ユウ先輩。笑わないでいただけると嬉しいです」
大河は、なんともしおらしい声を出す。
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。俺は苦笑し、分かった、とだけ告げる。
すると、恐る恐るといった感じでカーテンが開く。
「え、えっと。どうですか?」
あ、大人っぽくて可愛いな。それが最初に思ったことだった。
黒いワイシャツと、それに一体化されているチェックのワンピース。胸元をきゅっと締める黒いリボンがとてもシックで、プレゼントみたいだな、という感想が浮かぶ。
頭にちょこんと乗せられたベレー帽も可愛らしい。なんか耳っぽいのがついてるな……もしかして猫イメージか? だとしたらあざとくてヤバい。
「あ、あの……感想は」
「え、あー。そうだな。うん――」
適当な言葉を口にしようとしている自分に気付き、強く律する。せめて気の利いた褒め言葉の一つくらい手向けてやらねば。
「エレガント、って感じだな。大人可愛くて、大河によく似合ってる。あざとさも滲み出てて雫っぽいしな」
「そ、そうですか……よかったぁ」
「っ」
頬を緩めてぽつりと漏らす大河。
そのたった一言の破壊力たるや、恐るべし。こほんと咳払いをし、もう片方の試着室に目を遣った。
「次は澪の番だぞ」
「ん、了解」
さーっと躊躇を感じさせずに開くカーテン。
そこにいる澪を見て、はっ、と息を呑んだ。
「ふふっ、どうよ友斗」
えっへんと腰に手を当てる澪。
第一印象は、小生意気で可愛いな、だろうか。
膝小僧を隠さないほどの長さのスカートと白いレースのシャツ。その上に羽織っているのは空色とクリーム色のジャケットだった。フード付きのそれは『ちゃんとしている』というよりも、『ちゃんとしている風のギャル』っぽさの方が強く、可愛らしい。
しかも、である。
澪は丸眼鏡をかけていたのだ。これがまた、とても可愛らしく、そして小生意気に映る。
「可愛いに全振りした感じで、いいんじゃないか? 雫のあざとさも前回って感じがするし。あと眼鏡のセレクトには賞賛を送りたい。やっぱり丸眼鏡が正義だわ」
「でしょ」
ふふんと澪がドヤ顔をした。澪はそういう顔の方が似合うよなぁ……美緒と顔はそっくりだけど、似合う表情は全然違う。
なんて考えている間に大河と澪もお互いの服装を見合った。どちらもお互いのセンスに否やの声はないのか、なんだかんだ褒め言葉を口にしている。実際どっちも似合うんだよな。着ている本人にも、雫にも。
「で、友斗。勝敗は?」
しかし、審査員の俺は優劣をつけなくてはいけない。
大人可愛い大河か、生意気可愛い澪か。
どちらも雫には絶対似合うし喜ぶんだよな。うーむ困った。選べない。
文化祭の占いで『月』のカードが出たことを思い出す。確かに迷うわ。めっちゃ迷ってる。こんなしょぼいことを指してたの……?
うんうんと少し考え、俺は光明を見出した。
そうだよ、選ぶ必要はないんだ。本来の目的は雫のプレゼント探しなのだから。
「大河のベレー帽と澪の眼鏡。それプレゼントすればいいんじゃないか? 小物の方が応用利く気もするし」
「「…………」」
どちらも選ばない、或いはどちらも選ぶという選択を口にする俺。
二人は俺に冷ややかな視線を向け、そしてぷっと吹きだした。
「逃げたね、友斗」
「本当ですね澪先輩。ユウ先輩、姑息ですよ」
「うっ……別にいいだろうが。戦争ってのはな、始まった時点で勝者も敗者もないんだよ」
「ごめんなさい。ちょっと何言っているのか分からないです」
「誤魔化すために変な話持ってくるのやめて」
「くっそぅ、こういうときは結託しやがって……っ!」
どう贔屓目に見ても、俺の一人負けだった。
結局その後、大河はベレー帽を、澪はジャケットと眼鏡を買っていた。
「ハーレムって男子が針の筵なだけなんだよなぁ……」
ぼそっと呟いたのは内緒である。
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