7章#17 バスケ
SIDE:友斗
「くふぁぁぁぁ」
日曜日は、大欠伸から始まった。
こう言うと俺が怠惰なように聞こえるが、休日の学生なんて大抵がこんなものだろう。部活やバイトがあれば別だが、俺はどちらもやっていないしな。
加えて、一昨日から昨日にかけて、ちょっとだけ特別なイベントがあった。
金曜日に泊まっていった大河は何だかんだ土曜の昼まで家にいて、それから雫と一緒に出掛けた。またお菓子を一緒に作りたいということで、二人で色々見に行ったらしい。雫が帰ってきたのが夕方頃だったので、おそらく大河もそれくらいに家に帰ったのだろう。
大河には、寂しくなったら家に来ていいと言った。だから大河の訪問が特別なイベントになる必要はないし、むしろそうならないためにハロウィンにかこつけて呼んだ節もある。
それでもやっぱり不慣れなことをすると無意識下で疲れるもので。
昨日は何だかんだ、かなりの時間を寝てすごした気がする。休日を寝ることで消費していく自分の非生産的な面から目を逸らしつつ、シャワーを浴び、朝食の支度をした。
澪は、今も毎朝走り込んでいるらしい。帰ってきた澪、起きたばかりの雫と共に朝食を摂り、その後、朝の特撮を見る。
クリスマス頃になると重めの展開が増えてくるし、そろそろ覚悟はしておかなきゃなぁなんて思っていると、とんとん、と肩を叩かれた。
振り向けば、スポーツブランドのトレーナーを着た雫がいる。
胸の辺りにピンクの字で記されたブランドのロゴがとてもオシャレに見えて、やっぱりボーイッシュな格好も似あうなぁ、と思った。
「まったく、先輩ったらいつまでテレビ見てるんですかー? もうお昼ですよ?」
「悪い悪い、そろそろ行くよ。雫は準備できたのか?」
「もちです! 今日はスポ根モードなんですから」
「スポ根ねぇ」
「アイドルとかレースとか、頑張る女の子って人気ですからね」
「その計算が圧倒的にあざといんだよなぁ」
しみじみとぼやく俺。
雫は可笑しそうにくすくすと笑っている。
まぁ、実際そうだよな。頑張っている女の子はとてもかっこよくて、眩しくて、可愛い。何年もの間雫が頑張っているのを身近で見ていた俺が言うのだから、間違いない。
そんな雫に、かくいう俺も鍛えられている。
その証拠を見せるように、俺は、あれだな、と呟いた。
「今日はポニーテールなのな」
「え? あー、そうですね。ツインテールよりは動きやすいかなーって」
「なるほど。確かに、スポーツ女子にツインテールっていない気がする」
「そゆことです。まぁ探せばいるとは思いますけど」
「そっか……やっぱ、ポニーテールも似合うよな」
「えへへ。ありがとうございます」
雫は優しく笑い、んんっ、と咳払いをした。
「それで先輩。聞き忘れてたんですけど、ボールってありますかね?」
「あ、ボールか……」
言われて、はっと気付く。場所は考えていたが、ボールについては考えていなかった。バスケの練習である以上、そりゃボールは必要だよな。
普通に考えたら、インドア派ばかりの我が家にバスケットボールなどあるはずがない。
だが――
「前に父さんが運動不足を解消するとか言って、買ってきてたはずだ。ちょい待ち」
「運動不足解消のためにバスケって、なんか凄いですね」
「当時、バスケアニメにハマってたんだよ。俺も付き合わされた」
キャッチボールはしたことないが、バスケならしたことがある。そんな父さんだったことが功を奏した。
ちなみに、当時はまだ美緒もいたが、ボールが顔面にぶつかって痛そうにする俺や急に運動して軽い肉離れを起こした父さんを見たせいでバスケボールに触れようとすらしなかった。情けない父ちゃん兄ちゃんですまんよ。
父さんの部屋を漁り、あっさりとボールは見つかった。
一応RINEで借りるとだけ告げ、ボールやその他の荷物をまとめ、俺たちは家を出る。
ちなみに、澪はまたスマホを真剣に眺めていた。何かを買おうとしているらしく、凄い真面目な面持ちだった。あんな澪を見たのは久々かもしれん。
◇
我が家の周りには公園は多いけれど、バスケットコートがあるかどうかで言うと話は変わってくる。
この辺りにあるのはどちらかと言えばファミリーのピクニック向けの長閑な公園が多く、遊具すらほとんどないのが実情だ。数年前までは駅前の公園に砂のグラウンドがあってサッカーや野球をやっていたのだが、今は図書館や資料館などの施設に変わってしまった。
しかしそれでも、バスケのゴールがある場所であれば、そこそこ近くにある。
電車に乗ること数駅分。
徒歩30分くらいの場所にあるその公園は広くて小さな子供がいる一方、中高生でも問題なく使える高さのバスケゴールが備え付けてあった。
「はぁ~。やっぱりちっちゃい子、多いですねぇ」
公園に入るなり、雫が微笑ましそうに呟いた。
その視線の先は、わいわいと遊ぶ小学生くらいの子供たちへ注がれている。子供を見守る母のような慈愛に満ちた横顔に、不覚にもドキッとさせられた。
「まぁな。というか、あれだろ。あれ以上大きくなったら外に出なくなるんじゃないか?」
「私や先輩みたいに?」
「そういうこと。今はスマホもゲームも、小さい頃から持たされるって言うしなぁ」
「そーいえば、テレビでもやってましたね。小学一年生とかでも持ってる子いるらしいですよ」
なら俺たちはどうだったかと言うと、俺は美緒が死んだあとに、雫は小五の誕生日のときに買ってもらっていた。
おそらくではあるが、俺も雫も、同年代の中ではスマホを持つのは早い方だったと思う。お互いに親が家にいることが少なかったから、その分必要に駆られたのだ。まぁ雫の場合は澪もいたわけだけど。
「時代は変わるもんだなぁ……」
「ですねぇ。でもお爺ちゃんがかっこいいのだけは変わりませんよぉ」
「なぜ老後風?」
「そういう流れかなーって。時代の荒波の中でも手を離さず一緒にい続けよう的なメッセージじゃなかったです?」
「じゃなかったです。何でもかんでも口説き文句としてカウントすんな。俺が超ナンパ男みたいになっちゃうだろ。テンプレで退治されたらどうする」
とか言っている間に、ゴールの下までやってきた。
幸いなことに他に誰も使っている様子はない。割と長い間使うつもりだったから、正直助かった。
バッグからボールを取り出して数度バウンドさせると、雫がぱちぱちと小さな拍手をしてくる。
「今の拍手するところじゃないからな?」
「そーですか? なんかバスケできそうな感じだったんですけど」
「いや、悪いけど無理だぞ。球技全般、中の中くらいしかできない」
と言いつつ、だむ、だむ、だむとその場でボールをついてみる。
ふむ……流石にこの程度では手元が狂うことはないらしい。最低限はできるといいんだが。
「で、だな雫」
「はい、なんでしょう師匠」
「……もういいや、ツッコまないでおく」
師匠。うむ、それはそれでありじゃないか。
そう自分を鼓舞し、話を進める。
「雫は、運動神経自体は酷くないよな?」
「ですね」
「でも球技は割と苦手だよな?」
「そーですね。夏も散々でしたし」
「あー……まぁあれは、相手が大人げなかったのもあるだろうが」
何しろ時雨さんと澪だった。俺と大河で組んでもぼろ負けしたくらいなので、雫が頑張ってどうにかなる次元ではない。
が、それを差し引いても雫は球技が得意な方ではないだろう。以前卓球をやったときも、気迫こそあれど、結局澪にぼろ負けしてたしな。
「さて、雫。俺たちのような球技が苦手な奴が真っ当に基礎能力を伸ばしたところで、球技大会で貢献できると思うか?」
「思いません!」
「だよな! ではどうすればいいか。簡単だ、一芸を磨けばいい」
「おー! 策士っぽいですね。流石は選挙で色々考えた結果、時雨先輩に逆手に取られただけのことはあります!」
「ケンカ売ってるんだな? そうなんだな?」
あれはノーカンだ。まぁ、そうやって弄ってくれた方が俺も気が楽になるんだけどね。
こほん、とわざとらしく大きな咳払いをし、話を続ける。
「とはいえ一芸だけだと役に立つのが局所的すぎるし、一つしかできることがないってなって焦るからな。今日は二芸に絞ってやっていく」
「いつでも逃げられるようにっていうダジャレですか。寒いですね」
「勝手に判定すんな。マジで二芸磨くんだよ」
当然だが俺はスポーツコーチではないし、バスケの知識は創作物からしか摂取したことがない。あとは昨日、軽く調べた程度か。
その程度の付け焼刃でもなんとかなることを全力でやろうと思う。
「というわけで。今日やるのはレイアップシュートとゴール下シュートの練習だ」
「なるほどなるほど。あ、レイアップシュートは知ってます。ドリブルしてからなんか、たんたんたんってやるやつですよね?」
その場で地団駄っぽいステップを踏む雫。
普通ならそれじゃ分からないんだろうが、無知同士だと逆に意思疎通できてしまっていた。俺はこくこくと頷く。
「ジャンプシュートは、あれな。ゴール下で打つシュート」
「あー、あれですね。授業とかだと一分間で何回入るかやるやつ」
「そうそう」
レイアップシュートにしろゴール下シュートにしろ、一応授業で教わっている。中学の頃に見た感じでは女子も問題なくできていたし、雫にもできるはずだ。多分。俺もギリギリそれくらいならできる。
「あとは、軽くドリブルができるようになれば球技大会くらいはどうにかなるだろ、きっと」
「了解です、師匠!」
びしっと敬礼する雫。
眩しい笑顔と共に、バスケの練習がスタートした。
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