7章#15 知る

「あ、というかですね! 先輩が攻めに全振りしたのでアレですけど、ほんとーはここからが本番なんです」

「急にラスボスみたいなことを言い出すのな」

「茶化さないでください! まぁ仮装自体も本番ではあったので、第二ラウンドって感じなんですけどねー」


 三人にお菓子を渡し終えて。

 雫はともかく大河はあのままだとまともに話せなそうだったし、澪もずっとお面を着けたままでは居心地が悪いので、仮装タイムは終了ということになった。

 ゆったりとソファーでくつろいで三人にお菓子を食べてもらおうと思っていたら、雫が頬を膨らませて言ってくる。まぁ甘い匂いはぷんぷんしてるし、これで終わりだとは思っていなかったけど。


「そういうわけで、ユウ先輩。ここからは攻守交替です」

「ん。私たちのターン」

「ハロウィンってそういうルールだったっけ……?」


 苦笑しつつも、三人の意図は察することができた。つまり俺は、さっきやられたことをやり返せばいいのだろう。


「あー、あれか? トリックオアトリート、って言えばいいのか?」

「仮装は?」

「澪は鬼なのかな? やるわけないだろ?」

「な、ならユウ先輩。せめて眼鏡で雰囲気を変えるのはどうでしょうか」

「いやそれじゃ仮装にならないだろ。つーか、大河は見飽きて――」

「チッ、トラ子にしては名案じゃん」

「うんうん! 先輩、眼鏡かけてきてください! さもなくば問答無用でトリックです。三人がかりで密室トリック仕掛けちゃいますよっ!」

「それだと俺が死んじゃってるんだよなぁ……」


 まぁ、もう気にすまい。

 俺は一度部屋に戻り、眼鏡をかけてからリビングに戻る。奇しくも、澪とお互いにプレゼントしあったものを着ける結果になってしまった。


「これを普段から見てるのか。トラ子じゃなくて私が会長になればよかったかも」

「澪先輩のような不真面目な方では難しいんじゃないでしょうか。それに、澪先輩は家での姿を見てるじゃないですか」

「それはそれ、これはこれ。それに、私は別に不真面目なわけじゃないし」


 流れるようにケンカしていく二人。

 俺はくくくと笑みを零し、けふん、と咳を払った。


「あー、えっと……トリックオアトリート」


 気恥ずかしさを堪えて、お決まりのフレーズを口にした。

 その瞬間、気恥ずかしさはもっと大きな羞恥心になった。今朝までハロウィンの良さが分かってなかった身としては、どうにも恥ずかしい。これじゃあ渋谷ではしゃぐリア充と変わらないじゃないか。いやまぁ、リア充とか括ることを厭っていたのは俺なんだけどさ。

 三人を代表するようにニマーっと雫は笑み、


「もちろんトリートですよ先輩っ♪」


 と弾けるように言った。

 そして、三人はキッチンに向かう。持ってきたお皿には、綺麗なクッキーが並べられていた。


「おお……クッキーか」

「ですです。性格にはお絵描きクッキーですね。チョコペンで描きました!」

「なるほど」

「本当はアイシングクッキーの方がいいかと思ったんですが、生徒会が終わった後だと流石に時間がかかりすぎてしまったので。すみません」

「いや、全然これでいいだろ。いいじゃん、可愛くできてる」


 本心から、そう言った。

 お皿に並べられたクッキーには、どれも手作り感満載な絵が描かれていて、とても可愛らしい。

 デフォルメされた動物のイラストは、きっと雫が描いたものだろう。何度か見たことがあるから分かる。キュートな絵を描くんだよな。

 一方、巧いな、と思うような綺麗な絵が描かれているクッキーもある。メイド喫茶でオムライスに描いていた絵を思い出し、それが大河のものだと分かる。

 ということは……この、よく分からん生き物は……。


「友斗、なにその目」

「い、いやぁ。ちゃんとポンコツなところを持ってくれてるあたり澪は落ち着くよなーって」

「バカにしてるでしょそれ。なに、私の絵に文句あるの?」

「え、逆に美術だけ成績圧倒的に低いくせに上手い絵を描けてると思ってたの?」

「む……」


 渋い顔をする澪。

 そんな姿を見たら自然と頬が緩んだ。


「なんて、冗談冗談。どれも可愛いし、嬉しい。こういう絵の方がバズったりするしな」

「それで褒めたことになると思ってるあたりが友斗だよね」

「うるさいぞ、澪。つーか、色々言ってないで食べようぜ」

「ですねー。あんまり遅くなりすぎちゃうと、カロリー気になりますし」

「雫、そういう現実的なことは言わないで」「雫ちゃん。現実突きつけないでほしいな」

「お前らマジで息ぴったりだよな」


 たとえいがみあっていようとも、カロリーが気になるのは同じらしかった。

 二人とも普段からカロリー消費してるし、大丈夫だと思うけどね。



 ◇



 三人が作ってくれたクッキーは、とても美味しかった。

 味としてはごくごくシンプルなものだったけど、三人の笑顔を見ていたら自然と食べる手が進んだ。なお、流石に作った分すべてに絵を描くのは無理だったらしく、半分以上は素のクッキーとして分けてあるとのこと。


 三人も、俺が渡したお菓子を喜んでくれた。

 雫にはマカロン、大河にはカップケーキ、澪にはお団子を買ってみたが、セレクトは間違っていなかった……と思う。

 ほどけるような笑顔を見せてもらえて、かなりご馳走様です、って感じだ。


 食べ終わった頃には、もう10時近い。

 雫は大河と澪と三人でお風呂に入ると言って、浴室に行った。流石に三人だと狭い気がしなくもないが、まぁ、女子だしな。俺と父さん二人でも問題はなかったので大丈夫な気もする。


 ふわふわとした多幸感を体の一部にするみたいに、ミルクを入れたコーヒーをこきゅっと飲む。

 ぬるま湯よりやや熱めのそれは口の中で僅かな苦みとなり、それでも俺は、甘いな、と感じていた。


 テレビでは、金曜にお決まりの映画がやっている。

 今日放送しているのは、宇宙人と少年が指を突き合わせることでお馴染みの映画だった。確かこれは、宇宙人が宇宙に戻るシーンだったかがハロウィンだったんだっけ?


「ハロウィンねぇ……」


 今日が終わればもう11月だ。

 たった2か月で今年が終わってしまうし、もっと直近で言えば、20日ちょっとで雫の誕生日になってしまう。

 焦るわけじゃない。

 が、何もせずぼーっとしているのもそれはそれで在るべき姿じゃないように思える。


「くふぁぁぁ……眠ぃ」


 ぼんやり映画を眺めていると睡魔が襲ってきた。

 三人が寝る前に寝るのもばつが悪い。ぐいーっと伸びをし、強めのコーヒーを入れなおす。

 熱々のブラックコーヒーをちびちび舐めるように飲んでいると、ぺちぺちと浴室から足音が聞こえた。半ば反射的にそちらを向くと、湯上りでほんのり色めいた雫が立っている。


「んー? 先輩、もしかしてずっとお風呂を覗こうとしてたんですか?」

「んなわけねぇだろ。もしそうなら俺、変態すぎるでしょ。半年同居してて、一度もラキスケイベントを起こしてないだろうが」

「ふふっ、そーですね。けど今日は大河ちゃんがいるので」


 からかい半分で言ってくる雫。

 あんまり洒落にならないんだよなぁと思いながらも、一応はきちんと言い返す。


「別に大河がいようと変わらねぇよ」

「女の子じゃダメってことです?」

「違ぇよ!」

「じゃあ……ロリコンさん!?」

「それも違う! 目で見れないわけじゃねぇよ!」


 むしろ、三人ほど魅力がある女の子も俺の周りにはほとんどいないと思う。


「へ、へぇ……じゃあ私のこと、女の子として見てるんですか?」

「いつ俺がお前を男の子として見たんだよ」

「まぁそーなんですけどね」


 なんだか気まずい空気になった。

 そりゃそうだよな。性的に見れます宣言とか気持ち悪いし。


「あー。それよか、澪と大河は?」

「二人は湯船にどれだけ浸かれるかで競ってます」

「馬鹿なのか?」

「仲良しさんなんですよ」

「そういうもんかねぇ」


 っていうか、そういう耐久レースは銭湯でやるものであって、家のお風呂でやるものじゃないと思うんだが。まぁ、あんまり具体的な描写を思い浮かべるのは危険なのでやめておこう。


 二人のことはさておいて、俺は雫に思いを馳せた。

 今日のお昼、夢で美緒と話すまでは自覚していなかったこと。

 

『雫のことも見えてない。雫にも色んな幻想を押し付けてる……はずだ』


 こうして雫と二人っきりになれたことには、何か意味がある気がした。

 どれだけゆっくり歩いてもいい。

 でも、足踏みはしたくないから。


「なぁ雫」


 口から零れた言葉は、思いのほか重々しいものだった。

 雫の肩がびくんと跳ねる。


「あのさ――」

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