SS#04 時の魔法

 SIDE:友斗


 生徒会選挙の諸問題が解決した水曜日。

 ひとまず選挙の結果が出るまでは特にやることがなくなった俺は暇を持て余し、放課後の校舎をぶらぶらと歩いていた。

 如月は今日も立候補する役職を変えた意図を伝え、大河は大河で未熟ながらも頑張りたいという意思を地道なビラ配りと挨拶で届けようとしている。本当なら俺も推薦人として最後まで付き合おうと思ってたんだが、あの美少女軍団の中に俺の居場所はなかったのである。


「こうして考えると、俺ってトラブルがない場所だと一気に要らない子になるよなぁ」


 ま、それが嫌ってわけじゃない。

 忙しさの落差で戸惑ってるってだけだからな。


「あ、百瀬くん。何やってるの?」

「ん……? なんだ、月瀬か」

「なんだって酷くない!? もしかして誰かと待ち合わせしてた? 女の子?」

「え、いや、違うぞ。ただ『なんだ』って思っただけだ」

「ただ『なんだ』って思わないで!?」


 勢いのあるツッコミを受けて、ぷくっ、と俺は吹き出した。

 そりゃそうだ。よくよく考えれば、普通に失礼すぎる。にもかかわらず何故か申し訳なさが湧いてこないのは、月瀬の存在が何だかんだ当たり前になっているからだろうか。


「選挙の相談って言って、ちょこちょこRINEしてくるからなぁ……なんか月瀬のレア度がどんどん下がってるんだよ」

「え、ごめん。もしかして迷惑だった? 分からないことはとりあえず聞けばいいや、みたいな軽いノリだったんだけど……百瀬くんに甘えすぎだったよね。ごめんなさい」

「そこまでガチで謝られても困るからやめれ。別に、迷惑だとは言ってないしな」


 相談と言っても別に、選挙の戦略とかを相談されたわけじゃない。そもそも月瀬のほかに会計に立候補している奴はいないから戦略とか必要ないしな。

 ただ純粋に、提出物とか立候補者がやるべきこととか、そういうのを質問されていただけだ。


「うーん。でも、頼り過ぎちゃってるのは事実だよね」


 腕を組み、難しそうな顔をする月瀬。

 彼女はぱちんと手を叩き、


「あっ、そうだ! 百瀬くんって今空いてる? もしよかったら、諸々のお礼にお茶でも奢らせてよ!」


 と詰め寄ってきた。

 ……距離が近い。爽やかなシトラスが仄かに香り、俺は体を反らす。


「んー? 百瀬くん、どうかした?」

「……近いんだよ。少し離れろ」

「お、もしかしてあたしのこと、ちょっと意識しちゃってる? ジワジワと私のことが気になっちゃってる?」

「ノリがうぜぇ……」


 ニヤニヤする月瀬をよそに、俺は大人しく後ずさった。

 適度に彼女と距離を取ったところで、こほん、と咳払い。この話を続けるのも厄介なので、話題を戻すことにした。


「今から空いてるか、だったよな? 実は結構暇を持て余してるんだよ。あのゴールデンメンバーの中じゃ、俺は戦力外どころかノイズだからな」

「あー。凄いもんね」

「そういうこと。とはいえ大河たちを送るつもりではあるから校舎内にはいたい。だから奢ってくれるなら自販機で頼むわ」

「うわぁ、過保護……」

「うぐっ」


 さりげない月瀬の呟きがグサッと刺さった。

 そ、そうかぁ、過保護かぁ……。若干否定できない部分もある。でも、四人で帰るって約束はしてるし、それを違えるつもりはない。


「まぁいいや。そういうことなら自販機でもいいけど……どこでお茶する? やっぱり教室かな」

「奢ってくれるだけじゃないのか」

「そりゃそうじゃない!? 買って終わりとか味気ないじゃん!」

「味気とか要るか……? 香り付き消しゴムかよ」

「懐かしい! ああいうの憧れるよね!」

「お、おう」


 ボケを素で拾われるのはちょっと気まずいな。冷たくあしらわれた方がまだ……(ドMじゃないよ)。

 と、それはともかく。

 場所を移すのなら、最近もよく使っているベストプレイスがある。


「なら屋上行くか。生徒会寄ってけば鍵も借りられるし」

「屋上! 青春っぽい! あそこって入れるんだ……?」

「あんまり知られてはいないけどな」


 ゆえに、俺や俺の関係者の使用率が八割以上を占めているわけだが。

 月瀬も異論がないようだったので、俺は自販機と生徒会室を経由し、屋上に向かった。



 ◇



 秋も深まる10月下旬の空。

 夕日に気持ちよく焼かれているのを見上げながら、コンポタ缶のプルタブを開ける。缶の肌の熱さを指先で感じながらおずおずと呷れば、案外生温いポタージュが喉を通った。


「コーンポタージュなんて久々に買ったなぁ。もう置かれる季節になったんだね」

「もう11月だからな。ぼーっとしてたら、あっという間にクリスマスだぞ」

「うわぁ。嫌だねっ、それ」


 言いながら思い出すのは、立候補挨拶の後に時雨さんがくれたコーンポタージュ。

 思えばあれも、こんな風に生温くて甘かった。


 どうして時雨さんは如月側についたんだろうか。

 ふと、そんなことを考える。

 今のこの結末が見えていたなら、端から自分で導いてくれればよかった。わざわざ選挙でやり合うことで発生した徒労は計り知れないはずだ。


『なら探偵くんが当ててみればいい。ボクの動機は、なんだと思う?』


 多分、時雨さんのことはまだ分かってないんだろうな。

 そんなことを考えていると、


「ねぇ百瀬くん」


 と、月瀬が声を掛けてくる。

 彼女は隣にいた。花火大会の日に見た横顔が脳裏にちらつき、視線をグラウンドに逃がす。


「ん、どうした?」

「百瀬くんはどうして生徒会長に立候補しなかったの?」

「……月瀬もそれを聞いてくるのか」


 この選挙期間中、色んな人に尋ねられた。自分でもこんなに周囲から期待されてたのか、とびっくりしたほどだ。


「答えたくないならいいんだけどね。学級委員の中だとさ、百瀬くんはきっと生徒会長になるんだろうな、って話してたんだよ。凄く頼りがいあるし、あの霧崎会長の弟子?らしいし」

「弟子ってのはあの人のおふざけだけどな」

「でも、認められてるのは事実! そんな人なかなかいないよね?」

「……かもな」


 ここで否定するのはいきすぎた謙遜だろう。

 大河に告げた『器用貧乏を名乗るには抜けてるところが多い』という自分への評価は決して嘘じゃない。俺は紛れもなく凡人だ。

 しかしそれとは別に、自分ができる奴だとも自覚している。過去の経験は着実に俺の血肉になってくれているのだ。


「嫌じゃなかったら教えてほしいな。百瀬くんのこと、知りたい」

「俺のことなんて知って楽しいか?」

「楽しいに決まってるじゃん! ……それに、あたしもこのまま順当にいけば生徒会の一員だし。百瀬くんが入らないってことは何か問題があるのかな?って不安になったりもするんだよね~」


 後半の理由は嘘だろうな。

 肩を竦めた俺は、だったら、と言って続ける。


「月瀬が会計に立候補した理由と交換でどうだ?」

「お、百瀬くんも私に興味津々なんだ?」

「生徒会の新入りが問題児かどうか判断せにゃならんからな」

「そういう理由!?」


 けらけらっと楽しそうに肩を震わせる。

 いいよ、と月瀬は答えた。


「じゃあ百瀬くんから、どーぞ!」

「お、おう……その手はなんだ?」

「マイク的なあれ」

「マイク的なあれ」


 シュールすぎて無意味に復唱しちゃったぞ。

 ま、答えるけども。


「強いて言えば、って前置きをすることになるけど……俺は困ったときに手助けするくらいがちょうどいいんだよ。その証拠に、問題が起こってない今はこうして友達と駄弁ってるだろ?」

「……なるほど。百瀬くんは誰かを助けたい症候群なんだね」

「なんだその失礼な言い方は」


 ばつが悪くなって顔を背ける。

 口をつけたコンポタは更にぬるくなっていて、別のを頼めばよかったな、と後悔した。


「で、月瀬は?」


 二年生から生徒会に入るのも、それはそれでハードルが高い。

 ある意味、俺と真逆だと言えよう。

 尋ねてから隣を見遣った瞬間、秋風が吹いて月瀬の前髪が靡いた。お団子から零れた一束の髪を耳にかけると、彼女はこちらに向き直った。


「もっと、一緒にいたいから」


 祈り花みたいなその表情を、なんと呼んだらいいのか俺には分からなかった。

 ――魔法

 何故だかそんな言葉が頭によぎって、空を背に立つ彼女に目を奪われる。

 けれど、それは本当に一瞬の出来事で。

 すぐにいつもの、ありふれた空気が戻ってくる。


「……えっと。誰と?」

「百瀬くんとだったりして?」

「なんでだよ」

「それねっ。ごめん、今のは冗談。有名なゲームのネタだよ?」

「あぁ、そういうこと……」


 そういや、そんな台詞を言ってたキャラがいたな。俺はリメイク版しかやったことないけど。


「ほんとの話をすると、去年は学級委員で忙しかったから立候補しそびれちゃったってだけで、前々から興味はあったんだよ。生徒会って青春ラブコメのテンプレートじゃん?」

「めちゃくちゃ不純だな……」

「えー。この理由じゃ入会NG?」


 こてりと可愛らしく小首を傾げる月瀬。

 俺は苦笑しながら、いいや、とかぶりを振った。


「歓迎するよ。ま、信任投票で落ちなかったら、だけどな」

「えへへ。『悔しいけど、嬉しい』……なんちゃって」

「……月瀬ってRPGが好きなのか?」

「このゲームは特に、ね。あと入院生活が長かったから、ゲームは結構やり込んでるのですよ。えっへん」

「ほーん?」


 気になるワードが飛び出すものの、それについて聞くには俺たちの関係は浅すぎる。

 生温いコンポタをまた一呷りして、俺は小さく笑った。

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