5章#48 狐火みたいなお月様

「最優秀団体賞&ミスコン1位、おめでと~!」

「伊藤さ――鈴ちゃん。ミスコンはともかく、最優秀団体賞の方はみんなで取った賞だし、私にだけおめでとうって言うのは違くない?」

「そうだけど! そうだけども! でもやっぱりみおちーにおめでとうって言いたい! この気持ちはウチだけじゃないはずー!」

「「それね~!」」

「っていうか、鈴だけ名前で呼ばれてるのズルくない? ねぇねぇ綾辻さん。私たちのことも――」


 文化祭も、終わりを迎えた。

 三大祭のうちの3分の2が終結し、我ら二年A組は4月とは比べ物にならないくらいに一つになっている。

 今年度も折り返し地点。そう思うと切なくもあり、誇らしくもあった。


 文化祭の結果は、伊藤が先んじて言った通り。

 うちのクラスが最優秀団体賞をとり、澪はミスコン1位を獲得。あまりにもよくできていると思うけれど、それくらいにこの文化祭で澪が輝いていたのだから、しょうがない。


 俺はと言えば、クラスの喧騒にいるのは何だか違う気がして、少しだけ外れたところでキャンプファイアーの火とクラスメイトたちを眺めていた。

 疎外感を抱くことはない。むしろ自分もクラスの一員だって思えているからこそ、こんな風にぼーっとしていられるのだった。


 体育祭のときと違って、文化祭の後夜祭は少し寒い。

 秋の夜は冷えるし、長い。キャンプファイアーの火は5月末の後夜祭より存在感があって、夜を照らす太陽みたいだ。


 ひゅぅぅ、と冷たい秋風。

 人肌が恋しくなる季節にはまだ遠い。でも、人肌が恋しくなる夜だな、と思った。


 だから、ということもあるだろう。八雲は覚悟を決めたような顔で如月のところに行ったし、他にもカップルやその一歩手前っぽい男女が二人っきりになったりもしている。

 思い出すのは『3分の2の縁結び伝説』だ。

 最初の3分の1を、俺は雫と結んだ。あれもまた間違いの一つだったけれど、だからってなかったことにしたくはないし、する気もない。

 間違いも、尊ぶべき過去だ。積み上げた間違いのおかげで今がある。そう教えてくれたのは、他でもない、澪だった。


「そんなところで黄昏てるからぼっちになるんじゃないの?」

「……別にぼっちになんてなってねぇよ。誰かさんが賞賛されてるのを、プロデューサー気分で見てたんだ」

「ふぅん。『プロデューサーさん。今までありがとうございました! これからもお願いしますねっ!』とか言えばいい?」


 澪は俺の隣に身を寄せると、今度はどこぞのゲームからキャラを演じて、言ってきた。

 まったくこいつは……と苦笑する。情緒もへったくれもなくこういうことをやるんだもんな。


 澪はくすりと一笑だけして、ん、と視線を明後日の方向に向けた。

 それからゆっくりと歩き出すので、俺もついていく。喧騒の中ではできない話をするのだろう。


 キャンプファイアーからも離れると、いっそう夜を感じる。

 後祭なんだな、と強く思った。


「最優秀団体賞、取れたな」


 まずは、と俺が口を開くと、澪は頷いた。


「よかったじゃん、脚本家兼総責任者さん」

「だな。つっても、主演女優のおかげすぎるけど」

「……まぁ、そうだけど。でも割と本気で、私だけの力じゃないから」


 らしくない謙遜かと思った。

 が、顔を見ればそうではないと分かる。ううん、ほんとは見なくても分かってた。


「鈴ちゃんが仕切ってくれて、八雲くんが衣装作りとか道具作りを進めてくれて」

「うん」

「クラスのみんなは、最初から私贔屓で『それはどうなの』って傍から見たら思えるような企画のために本気になってくれて」

「……だな」

「初めてだった。クラスの一員だ、って自覚したの」


 大切なアルバムを眺めるみたいに、澪はそっと言った。

 澪から滲む慈しみに似た感情が嬉しくて、そっか、と俺は呟く。


「私がこんな文化祭を過ごせたのは、友斗のおかげ」

「俺は迷子になりそうだった澪を連れ戻しただけだ。こうなったのは、澪が自分と向き合ったからだよ」

「……そうかも」


 違う、と否定されると思った。

 けれど澪はうんと頷き、流れ星を追いかけるように俺を捉える。


「だからもう一つ、ちゃんと向き合わなきゃいけない『私』と向き合うのにも付き合って。それが私のお願い」

「え?」


 言われた意味がよく分からなかった。

 まだ澪は何かを抱えているのか? 訝しむような俺の視線をぬらりくらりと躱し、澪は耳たぶをちょこんと摘まみながら真っ直ぐ俺と向き合う。

 そして、


「私も妹なんだよ、お兄ちゃん」


 と呟いた。


「……澪? 悪ふざけのつもりなら――」

「ふざけてないよ。ほんとに、私はお兄ちゃんの妹なの」


 呼ばれ慣れてない『お兄ちゃん』の響きは、なのに麻薬みたいに心地いい。


「ママとお義父さんは幼馴染で、私と友兄の誕生日は1か月しか違わない。しかも私と美緒は瓜二つで……パパは私より雫を可愛がっていた。これだけ伏線が重なっても、まだ気付かない?」

「気付くって……は? まさか――」

「そう、そのまさか」


 澪は端的に、義母さんから聞いた話を伝えてくれる。

 衝撃的すぎる話をし終えた澪は、しかし、くすっと嘲笑を浮かべた。


「ま、ママたちの恋愛なんてどうでもいいんだけどね。それこそ後の祭りでしょ?」

「それは……そうかもしれないけど。だったらどうしてこの話をしたんだ?」


 ゆらゆらと揺蕩う月夜の如く、澪の目尻が、きゅいっ、と垂れた。


「簡単だよ。私の全部を賭けて、あんたを落とすって決めたから」

「――っ」


 否が応でも鼓動は速まる。

 けどその痛みは甘くて、ちっとも苦しくなくて、自然と俺の視線は澪の瞳に吸い寄せられた。


「ずっと本気を出すのが怖かった。だって……本気を出したら、全部自分のものにしちゃって、周りを傷つけるかもって思ってたから」


 1秒、2秒、秒針が進む。

 赤い糸はゆっくりと紡がれ、青い春そのものみたいなこの夜を終着点に導いていく。


「でも我慢はやめる。全部手に入れちゃいそうなら、もうそれでいいよ。私が欲しいものを何もかも掴み取ってやるんだ」


 3秒、4秒。

 目なんか逸らせないくらい、そこにいる女の子は奇麗だった。


「血が繋がった妹の私と、たくさん一緒に間違えた義妹の私のありったけで、百瀬友斗に二度目で最後の恋をさせてみせるから」


 5秒はとっくに経っていて。

 とうに結ばれている3分の1の縁はお構いなしって感じで、彼女は新月みたいに煌めいていた。


 じゃあ、皆のところに戻るから。

 そう言い残して、澪は喧騒へと戻っていく。

 

 どく、どく、どくどく。

 毒ではない鼓動の音を確かめるように。

 俺は、胸を、押さえた。


 息苦しさを吐いた唇を指でなぞって、ぺろり、と舐める。


 夜空を見上げれば、あの夏祭りよりも随分と黒に近い。散らばる星の種類も多分違うけれど、まず何よりも煌々と輝く月に目を奪われる。


 綺麗な満月。

 まるでそれは、がらくた箱に隠した価値のないコインみたいだった。


 澪と血が繋がってるかもしれないと聞いて、正直驚いた。

 同時に美緒と似ているのに雫とはあまり似ていないことにも納得した。


 ――けれど。

 澪はともすれば重大な問題を引き起こす真実を、自分を飾るアクセサリーとして使った。


 その強さが、美しさが、あまりにも眩しくて。

 俺は考えるよりも先に、ただただ綾辻澪っていう女の子に見惚れていた。



 夏が終わって、新しい季節が始まる。

 涼しさと共に色づく季節の名前は秋。

 俺にこの季節を連れてきたのは――狐火みたいなお月様だった。

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