5章#47 最強

 大河と文化祭を回り終えると、あっという間にミスコンは近づいてきた。

 ミスコン開始は4時。参加者全員が自己紹介と特技を披露し、その後、投票が行われる。結果は閉会式にて発表され、グランプリにはティアラが贈呈されることになっていた。


 ミスコンを前にした、3時半。

 体育館は音楽系部活のライブによって湧いていた。流行りの歌から、オリジナルの曲まで、絵に描いたような青春が響いている。


 そんな体育館から少し離れた、第二会議室にて。

 ミスコン参加者たちは、最後の準備をしていた。


「そろそろ体育館に移動してほしいんですが、準備はいかかですかー?」


 一応ノックをしてから入室し、部屋全体に呼びかけるように口を開く。

 参加者を代表するように答えるのは時雨さんだった。


「ボクは大丈夫だよ。みんなも準備万端みたい」

「あなたが代表するのは不服だけれども……そうね、私も準備は終わっているわよ」


 ムッとした表情にすら華があるのは、言わずもがな入江先輩である。

 白銀の妖精と金色の獅子。

 2年に渡ってミスコンの1位と2位を争い合っていた二人には、予め心の準備をしていても、やっぱり見惚れてしまう。


「ふふっ。キミ、ボクの恰好はどう? 綺麗かな?」


 時雨さんは、上機嫌にくるくるとその場で回って見せる。

 別に、ミスコンだからって特別な衣装が用意されているわけではない。むしろミスコンのために派手な衣装を用意することは禁止されている。


 ミスコンで着ていいのは制服か、或いは部活のユニフォームのみ。

 但しその分、アクセサリーや化粧などはある程度自由が利く。


 普段、時雨さんはほとんど化粧をしない。

 だからだろう。薄らと化粧し、口紅をつけ、髪留めをつけた時雨さんは、比喩抜きで妖精そのもののように見えた。


「綺麗、じゃないかな。流石は時雨さん」

「んー、そう言われるのはなんだかなぁ……。そこは気障な褒め言葉を並び立てるところだよ」

「嫌に決まってるでしょ。柄でもない」


 嘘。ぶっちゃけ、かっこ悪い言葉をぺらぺらと並び立てそうだった。

 一瞬だけ、従姉だってことを失念したのは事実。

 が、隣に立つ入江先輩もまた華やかだったから、そのおかげで少し気が紛れた。


「霧崎時雨。今はそこの後輩くんよりも私との勝負に集中してほしいのだけれど」

「ごめんごめん。別に集中してないわけじゃないよ? この子は無駄に可愛い女の子に囲まれているからね。審美眼を信用しただけ」

「時雨さん、言い方が酷い!」


 俺がツッコむと、時雨さんも入江先輩もくすくすと微笑を浮かべた。

 その隣で、こほん、と厳かな咳払いが聞こえる。


「百瀬先輩。無駄話はやめて、そろそろ参加者の皆さんのご案内をお願いします」

「あぁ、大河――って入江先輩。急に目つきが鋭くなるのやめてくれません? さっきのお化け屋敷でのアレもマジで怖かったんですけど」

「はて、なんのことかしら」

「惚けたところで無駄すぎませんかねぇ!?」


 と、言いつつも、大河の指摘はもっともなものだ。あんまりここで話しすぎると他の参加者に申し訳ない。

 時間に余裕を持たせてはいるが、それは万が一のトラブルのため。こんなところで雑談をするためじゃない。


「えー、まぁそういうことで。そろそろ移動をお願いします」


 時間は刻々と進んでいく。

 ライブもそろそろ終わるだろうか。ミスコンが終われば、文化祭も終わる。そう考えると、ちょっぴり寂しい気がした。


 ――寂しい気がするけれど。

 でもそれと同じくらい、ワクワクしている自分にも気付く。


「じゃあ大河。俺は最後にここのチェックをしてから行くから」

「了解しました……では皆さん。私についてきてください」


 大河に連れられて、時雨さんや入江先輩、それから月瀬といった参加者が会場へ向かう。

 時雨さんと入江先輩はもちろん綺麗だけれども。

 その他の参加者も自分を飾って、とても綺麗でキラキラしている。参加の動機はそれぞれだろうし、勝てると思っているかどうかも定かではない。 


 それでも、とても綺麗だと思った。

 ぱん、ぱん、ぱん、と夏の終わりを報せる花火みたいだ。


「ふっ……かっこ悪くて痛い比喩でも考えてるんでしょ」

「なっ、綾辻。残ってたのかよ」

「ま、ね」


 肩を竦めると、澪はこちらに近づいてきた。

 文化祭終盤、因縁がある美少女と二人っきり。

 下手な脚本家が書いたドラマかと思うほど出来過ぎたシーンだった。

 昨日、彼女から告げられたことが頭をよぎる。大河と一緒のときには何とか奥にしまえていたけれど、今はもう、そんな風にはしていられない。


 元より目を背けるつもりはなかった。

 雫にも大河にも想いを打ち明けられ、澪にだってかつて好きだと伝えられたのだから。


「えっと、あのだな――」

「昨日のことを話したいなら、今日の後夜祭まで待って」

「えっ」

「というか、その話を今からミスコンで戦ってくる私に言う? 常識的に考えてよ」

「あっ、それはすまん……いや、あんな場であんなことを言ってくるお前に常識を語られたくはねぇよ!?」


 言うと、澪は破顔した。

 そうかも、と肩を竦める。

 とはいえ澪の言う通り、このタイミングで口にするのは間違っていたかもしれない。


「後夜祭か」

「そ、後夜祭。誰かと過ごす予定があるなら、断るように」

「断らせるのかよ。相手が雫だったらどうするんだ?」

「さあ。そこは私の知るところじゃないし」

「さいですか……ま、いいよ。後夜祭、予定はなかったし」


 片付けはするつもりだが、多少話す時間くらいはとれるはずだ。体育祭がそうだったわけだし。

 そ、と澪は短く呟く。


「気が済んだなら――」

「済んでるわけないじゃん」

「え?」


 何言ってんだこいつ。

 そんな風な目を向けると、ほとんど同じニュアンスが込められた視線を返される。


「従姉には褒め言葉を手向けておいて、一つ屋根の下で過ごすとびきりの美少女には何も言わないの?」

「っ……それは」


 時雨さんには感想を求められたから答えただけで、澪は何も言ってきてないじゃないか。

 そう思うけれど、言い訳にしかならないことを自覚している。

 それでもその心中を悟られるのは気恥ずかしくて、どうせ見透かされてるって分かっていても抵抗したくて、苦し紛れに、


「夏服はレギュレーション違反だからな。褒め言葉以前の問題だろ」


 と答えた。

 実際、澪はリボンをつけていないし、ブレザーだって着ていない。

 が、澪は妖しくわらい、俺の首元に手を伸ばしてきた。


「なら友斗の、ちょうだい」

「は?」

「ネクタイ、ちょうだい。まぁ貸してくれるだけでもいいけど」

「は……? なんでだよ」


 澪が着けていたであろうリボンも、着ていたブレザーも、会議室の机に置かれている。俺のネクタイを使う理由なんてどこにあるのか。

 ふっ、と澪は頬を緩めた。同時に俺のネクタイも緩め、しゅるしゅると襟元から抜いていく。


 俺の首に巻かれていたネクタイを、澪は不器用な手つきで着け始めた。

 上手くできていないのを見て俺は、しょうがないな、と苦笑し、澪の後ろに回った。


「下手くそ。俺が手伝ってやるよ」

「うっさい。ネクタイなんて巻かないんだし、しょうがないじゃん」

「ならリボンを着ければいいだろ。リボン、充分似合うんだし」


 やだよ、と澪は呟く。


「好きな男のネクタイを着けたいの。悪い?」

「――っ」


 澪は首だけを回してこちらを向き、はっきりと言い切る。

 動揺して澪の胸元に手が触れそうになるけど、ぎりぎりで堪えた。


「てっきり後ろから揉みしだくのかと思った」

「やらねぇよ! 一秒前の俺に謝れ!」

「揉みしだくつもりがなかったとか、むしろ私に謝ってほしいんだけど。なに、小さいからって舐めてんの?」

「逆ギレにしても酷すぎない!?」


 言いながらも、ぎゅっとネクタイを締めた。

 机に置かれたブレザーを渡すと、澪は大人しくそれを羽織り、ボタンを閉める。


「ん……これでよし」


 髪に耳をかけ、澪はネクタイの位置を調整した。

 化粧はいつもとほぼ同じで、服装だってさほど変わらない。それなのにリボンがネクタイに変わるというただそれだけで、雰囲気は全く別物になっていた。


「――麗だな。少なくとも今日は、世界で誰よりも奇麗だよ」

「……っ!? なんでっ、そういう不意打ちを……!」

「あっ、えと、悪ぃ。今のは完全に素で」

「素って――……ッ。もういい! 私は行くから」


 ふん、と澪はそっぽを向く。

 そのまま俺の横を通り過ぎて体育館へ歩き出そうとし、ああ、と思い出したように振り返った。


 どこか悔しそうに唇を噛み、こほん、と咳払いをして。

 澪は俺を指さして言う。


「ミスコン1位取れたら、何でも言うこと一つ聞くように。いい?」

「既に割と言うこと聞きまくってると思うんですけど?」

「そういうのとは違う、本気のお願いだから」


 そうはっきりと言われてもなお、嫌だ、なんて。

 そんなこと言えるわけがなかった。

 言いたい、と思うわけもなかった。


「分かったよ。その代わり、2位以下なら一昨日から聞いたわがままの分、俺の言うことを聞いてもらうからな」

「ふぅん。性欲のはけ口にでもする? 薄い本みたいに」

「しねぇよ! いいからさっさといけ!」


 ぺっ、と意地悪く舌を出し、澪は歩き出した。

 その背中は愉快そうで、さらさらと靡く髪は美しくて、秋の夕暮れがかけた魔法そのもののように見えた。


 贔屓目抜きに、断じる。

 今の澪が負けるわけないな、と。

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