5章#46 大正ロマンとお化け屋敷

「おかえりなさいませ、ご主人様――って、おお! 百瀬くんじゃん」

「第一声でキャラ崩壊すんなよ……」

「って言っても、うちはそんなに本格的な路線じゃないからね~。むしろ手作り感重視なんだってさ」

「さいですか」


 二年B組で俺たちを出迎えてくれたのは月瀬だった。もっとも、一目見た段階では相手が月瀬だと判別できなかったんだけどな。何せ衣装が凝ってるので、雰囲気が全然違うのだ。


 赤い着物に焦げ茶の袴。それから黒いブーツを履いており、文豪風の丸眼鏡まで掛けている。いつものお団子ヘアーも下ろされ、和柄の髪留めがあしらわれていた。

 ハイカラさんだな、とパッと見て思う。


「まぁ、あたしはもうちょっと本格的にやった方がいいんじゃないかな~って思ったりもするんだけどね……」

「そうなのか?」

「そうそう。でも、運営の方で頑張った分、クラスのことは任せっきりだったからね」

「なるほどな」


 珍しいことではない。学級委員を二手に分けるとどうしてもこういうことが起きてしまうのだ。

 しかし、それを申し訳ないと思うのも筋違いだろう。月瀬は月瀬で楽しんでいるように見えるし、この大正ロマン喫茶だって出来が悪いわけじゃないからな。


「っと、そろそろ案内しないとね。二人ともこっちへどうぞ」

「おう」「は、はい」


 大河の戸惑ったような声が被さる。

 案内された席につくと、大河が俺と月瀬を意外そうに見つめていた。


「お二人の仲がいいなんて知りませんでした。もしかして……百瀬先輩が言っていた友達って、月瀬先輩ですか?」

「まあな。けど、そんなにすげぇ仲がいいかって言ったらそうでもないぞ? 学級委員とかでよく話してるってだけだし」

「そうそう。いつも傍にいる入江さんとかと比べると全然だよ?」


 こくこく、と俺も同意するように頷く。

 ぶっちゃけ、一緒にいる時間だけで言えば月瀬はそれなりに長い。学級委員の繋がりで一緒に仕事をすることも多いし、そうでなくとも同中だからだ。

 しかし、その大半の時間に於いて会話をすることはない。お互い別の相手と話していたり、仕事に集中していたり、そんなのばっかりだ。


「そ、そうですよね。……ごめんなさい、百瀬先輩のご友人っていうのが上手く呑み込めていなかったせいで失礼なことを言いました」

「なあ大河。その発言こそ俺に対して失礼だって気付こうぜ?」

「知りません。それより、早くメニューを選びましょう。他のお客さんの迷惑になってしまいますから」

「……だな」


 ド正論だったので、俺は大人しくメニューに目を落とすことにする。

 が、すぐに顔を上げた。


「そういえばそうだった……衣装に力を掛ける分、メニューは飲み物と軽食の二種類だけにしたんだったな」

「そうだよ――おっと。そうですよ、ご主人様。企画書を添削してくれたのに、もうお忘れですか?」

「ぐぅ……」


 クラスに常駐できていなかった月瀬だが、きちんと企画の叩き台は作っていた。7月の終わり、俺は月瀬と二人で企画書を仕上げたのである。

 そのとき、メニューは最小限、みたいなコンセプトを見て感心したのを思い出した。


「なるほど……確かに、これなら予算を他のところに割けるんですね。流石です、月瀬先輩」

「そんなに褒められると照れちゃうよ。ありがとね、入江さん」


 教室を見渡せば、女子だけでなく男子も接客をしている。どうやら女子と男子で衣装が異なるらしく、被服費にかなりの予算を使ったことが分かった。

 これはこれでありなのかもな。いい衣装を着るってのはそれだけで思い出になるし、クラスの皆で楽しむなら悪くない選択だろう。何もグランプリを目指すだけが全てじゃないしな。


「というわけで、俺も大河もドリンクとサンドウィッチを頼む」

「はい、お任せあれ」


 月瀬はどこか現実離れした服装のまま、俺たちのテーブルを離れていく。

 彼岸花みたいなその後ろ姿は、切手にしてもいいって思えるくらい綺麗だった。


「百瀬先輩がデレデレしていたって報告しておきますね、雫ちゃんと綾辻先輩に」

「デレデレはしてないよなっ!?」

「さあ、どうでしょうね」


 ……女友達との距離感って難しいな、と思ったりした。


 ちなみに。

 如月がいないので月瀬に聞いてみたら、


『白雪ちゃん、うちのクラスだと本性バレてるからね。いつまでも教室にいられると邪魔ってことで、基本的に宣伝係をやってもらってるんだ』


 と教えられた。

 大河の苦笑いがめっちゃ可笑しかったとだけ述べておく。



 ◇



 大正ロマン喫茶で空腹を満たした俺たちは、割と評判がいい三年F組へと向かうことにした。

 三年F組の出店内容は、ずばりお化け屋敷である。なんでも、入江先輩も脅かし役をやるらしい。あの演技力でお化けとか、絶対怖いだろ……と思い、実は昨日から気になっていたのだ。


「…………」

「大河?」

「な、なんですか百瀬先輩」

「なんか顔が固いから……そんなに姉のところには来たくなかったのか?」

「いえ、そういうわけではなくて」


 ならどういうわけなのか。

 それを説明しようとはせず、大河は、ふぅ、と覚悟を決めるように息を吐いた。


「何でもないです。百瀬先輩、来たかったんですよね? なら私も入ります。お化け屋敷みたいなところは、安全性の面でも確認しておくべきでしょうし」

「まぁな」


 危険な目に遭うことはないだろうが、問題があれば今からでも指摘する必要はある。

 もっとも、おそらく誰かが昨日来ているし、問題なんて多分ないけれど。


 そうこう言っている間に俺たちの番になった。

 入口に立っていた先輩はペンライトと手錠を渡してくる……手錠?


「中は暗いので、ペンライトで照らして進んでください。スマホなどのライトはご遠慮ください」

「あ、はい。あの、これは……?」

「ああ、それはペアのお客様に渡しているものでして。これを嵌めて入ることをおすすめしているのですが……強制はしません」


 使わなければそのまま手に持って、出るときに返せばいいらしい。

 あー……そういや三年生の企画書をチェックしたのって時雨さんと如月だよな。あの二人ならこういうのを思いっきり推奨しそう。


「大河、どうする?」

「えっと……なら、つけますか。検証ということで」

「あー、そうか。了解」


 何故か声は震えていたが、大河の言うことには肯う。

 こういう馬鹿っぽいノリも文化祭みたいで悪くない。手を繋ぐのと同じようなもんだしな。

 かしゃ。手錠が俺の右手首と大河の左手首を繋ぐ。


「それではお気をつけて~」


 そんな風に見送られ、俺たちは教室の中に入る。

 教室といっても、三年F組の教室ではない。少し大きめの空き教室を使っているのだ。

 部屋の中は、作られた暗闇に満ちていた。しょぼいペンライトで足元を照らすが、それでも夜の街よりよほど暗い。

 恐怖心を煽るBGMが不気味に鳴っている。出たよ、子供が歌う歌詞が不気味な童謡。それだけで怖く感じるよな……。


「とりあえず真っ直ぐ進めばいいか。行くぞ」

「――ぃ」


 かしゃかしゃと手錠の音も聞こえる。

 こつ、かつ、と地味に手が触れる。その度に大河の方を横目で見るが、どんな顔をしているのかは分からない。

 見えない分、他の感覚に神経が鋭利になる。音、匂い、触感、味……最後のは違うか。


 僅かに大河の息は荒くなっていた。

 荒くなった息を隠すように、ん、と不規則な声が漏れ聞こえる。


「えっと……大河。もしかしてホラー系苦手だったりするのか?」

「な、なんでそう思うんですか……? そんなことあるわけないじゃないですか。しかもここは姉が脅かし役をしているんですよ? 実の家族がお化け役をやると分かっているのに怖がるわけ――ひゃっ」


 首のあたりをヌメっとした感触が通り過ぎた。こんにゃくか、或いはそれに類する何かか。雰囲気とは対照的に古典的な仕掛けに苦笑するが、一方の大河にはそんな様子はなかった。


 びくっと跳ね、大河は勢いよくしゃがみこむ。

 手錠をつけているため、俺もそれに引っ張られてバランスを崩しそうになった。


「おっと……あぶねぇ」

「あっ、す、すみません」

「謝らなくていい。まぁ苦手なら苦手って教えてほしかったけどな」

「に、苦手では――」

「その議論はいいから。声めっちゃ震えてるし」


 たかがこんにゃくへのこの反応。これで苦手でなければ何が苦手だと言うのか。


「うっ……違うんです。お化けとかが苦手なわけではなくて。ただ、お化け屋敷は……」

「そっか。すまん、今からでも戻るか? 引き返せそうだけど」

「いえ、大丈夫です。今から引き返すと後ろの人とぶつかってしまうかもしれないですし」


 今ならまだ次の客が入っていない気もするが、暗いので断言はできない。大河が大丈夫だと言うなら、それを信じるか。

 とはいえこのままってわけにもいかない。こんにゃく程度でこの反応なら、人が来たらどうなるか……。


 少し考えて、俺は手錠で繋がれている手を、きちんと掌で繋いだ。


「手錠だけだと手首痛めるかもしれないから……嫌か?」

「っ」


 どんな顔をしているのかは分からないけれど。

 握り返された力は思っていたよりも強くて、言葉よりも先に質問の答えを得る。


「了解。本気で耐えられなくなりそうだったら言えよ」


 普段の大河の振る舞いから、大丈夫だろうと勝手に判断したのは俺だ。

 だから俺にも非はあるけど……その話をすると大河が気に病む気がして、口を噤む。代わりにぎゅっと手を握った。


 仄かに伝わってくる熱。

 おもちゃの手錠がわざとらしく、かしゃ、と鳴った。


「ひゃっ」

「…………」

「ひゃうっ」

「…………」

「きゃっ、やだっ」

「…………」


 ずんずん進んでいくこと暫く。

 おもちゃの蛇が出てきたり、ゾンビが出てきたり、人体模型の顔が転がってきたりと、色んなものが俺たちに襲い掛かってきた。若干世界観がよく分からない気もするが、大河はめちゃくちゃ怖がっている。


 俺も怖くないわけではない。入江先輩がアドバイスをしたのか、それとも三年生の経験が活きているのか、お化け屋敷を最大限に怖くする演出が施されており、ちょいちょいビビってはいる。

 が、大河がこうも怖がっていると、こっちはむしろ冷静になってしまうのだ。手を繋いでかっこつけた手前、一緒になって声をあげるのはダサいし。


「うっ……離さないでくださいね」

「っ、分かってる。もうすぐゴールだからな」

「は、ぃ」


 まさかあの大河がここまで弱々しくなるとはな。思わぬ弱点を発見した。まぁお化けではなくお化け屋敷が苦手なのだとすれば、日常生活でからかうのは難しい気もするけど。

 なんて考えていると、明らかに怪しいスポットに辿り着く。ちょうど曲がり角だし、なんとなく人の気配も感じるんだよな。もうすぐゴールだってことを考えると……。


「うち――もうとと――んて――きょうじゃない」


 小さく、本当に小さく、途切れ途切れの声が聞こえた。見えない分、耳に集中していたのが功を奏したのだろう。

 或いは真逆、裏目に出た、と表現すべきなのかもしれない。


 だって、今の声って完全に入江先輩だろ!?

 うちの妹と手を繋ぐなんていい度胸じゃない、って言ってたよな!?

 お化け的な意味ではなく、普通に怖いんですけど!? どんな顔してんの!?


「百瀬先輩……?」


 大河が縋るような声を零す。

 ぐぬぅ、すごい庇護欲を駆り立てられる。普段は強気なドーベルマンに甘えられている気分だ。いやそんな経験ないけど。


 あー、ったく。

 流石に入江先輩の本気には俺もビビる気がしていたが、怯えてなんていられなくなったじゃねぇか。

 ここに入る前に大河がしていたように、ふぅ、と俺も覚悟を決めて息を吐く。


 大河と共に、怪しいスポットに踏み入れる。

 案の定、さわ、と何かが動く気配がした。


「う~ら~め~し~や~」

「――ッ」

「きゃぅっっっ!」


 台詞はあくまでありきたり。

 が、入江先輩の演技力は流石だった。マジで恨めしく思っている女が化けて出たんじゃないかと思うほどである。


 それでもギリギリで声を我慢すると、大河が助けを求めるようにぎゅぅぅぅと手を握ってくる。

 手を握る力の強さに顔をしかめそうになるが、ぐっと堪えた。


「ふぅん」


 と、入江先輩が小さく呟き、引っ込んだ。

 もはやその『ふぅん』に込められた意図を考えるだけで怖くなりそうだけど、次に控えているミスコンに差し支えそうなので考えるのはやめた。入江先輩、マジ怖い。


 大河に余裕ができたところで、再び歩き始める。

 見立て通りさっきのところが最後だったらしく、すぐにゴールにたどり着いた。

 ペンライトと手錠を返すと、出口で控えていたスタッフの人が白い紙を渡してきた。


「えっと、……これは?」

「入江さんがあなたに渡すように言っていたので」

「え゛」


 追い打ちとかえぐすぎる。

 大人しく受け取って中身を見ると、そこには力強い字でこう書かれていた。


『見てるわよ、ずっと』


 怖ぇよ。この世界にはシスコンしかいないのか?


「あの、も、百瀬先輩? それは――」

「大河は見ない方がいい。これは俺と、お前の姉との話だから」

「……? 余計に気になるんですが」


 不服そうにしながらも、大河は目尻に浮かんだ涙を指先で拭う。

 出会った当初は大河の方が目つきが鋭い、なんて思っていたけれど、今はそのときと逆のことを思っているな、と苦笑した。


 ……なんか、色々と濃い見回りになったな。

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