5章#45 文化祭デートwith大河

 SIDE:友斗


「――ぱい。百瀬先輩、聞いてますか?」

「ん……悪ぃ、一ミリも聞いてなかった。俺の間抜けな顔を見て察してくれ」

「どうして私にそんなことを求めるんですか……百瀬先輩がちゃんとしてください。今は仕事の最中なんですから」


 文化祭も二日目を迎えていた。

 にもかかわらず、俺は早々に大河からお叱りを受けてしまう。いいや、仕方がないことだ。大河が怒る気持ちは充分に分かるし、俺だって言い訳をするつもりはない。


 昨日ミュージカルが終わって、家に帰って。

 一晩寝てもまだ、あのときのことが忘れられない。


『ねぇ友斗。私、友斗のこと好きだから』


 まさかあんな場で、あんなことを言われるだなんて思っていなかった。

 そりゃ色々あって俺への好感度が改善しているとは思っていたけれど、だからって恋愛感情をを持ってもらえていたとは……なんて考えは、誰に対しても失礼なのだろう。


 驚きとか、戸惑いとか、そういう取ってつけた感情を言い訳にすべきではない。

 俺は紛れもなく、あのときの澪の言葉に心が揺れた。

 魅力的だと思ったのだ。


 だからこそ、一緒にいる大河ではなく、澪のことを考えてしまっていた。

 事実はただそれだけなのである。


「……そう考えると俺って、かなり最低だな」

「急に何を仰っているのかは分からないですけど、百瀬先輩が最低なのは割といつものことかと」

「えぇ……いつも尊敬してくれてるじゃん。急にそういうこと言う?」


 俺が苦笑交じりに言うと、はぁ、と大河は溜息をついた。


「尊敬は、まぁ、していないわけではないですが……見習うべき姿だと思ったことは一度もありませんよ。というか、自分が一学期にやっていたことをお忘れですか?」

「辛辣だなぁ」

「……それでも私は、百瀬先輩と関わるのが嫌だとは思いません」

「大河! お前っていい奴だな!」


 俺の笑顔とは対照的に、大河は眉間に皴を寄せる。

 ムッとした表情で、だから、と力強く言ってきた。


「せめて私といるときはちゃんと私の話を聞いてください。特に今は仕事なんですし」

「うっ……いや、マジですまん。けど一ついいか?」

「なんでしょうか」

「仕事仕事って言ってるけど、これはぶっちゃけ仕事じゃないよな? 見回りって建前で運営スタッフも自由時間を作れるようにっていう時雨さんの配慮だろ」

「~~っ! そういうことを話しているんじゃないんです!」


 大河がぎりりと睨んでくる。そんないつも通りの態度を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。昨日の祭り気分は少し冷めて、代わりに安堵が胸を温めてくれる。


 昨日のアレは、今は考えないでおこう。

 今は大河と文化祭を回っているのだ。昼すぎからはミスコンの準備もしなくちゃいけない。大河に与えられた自由時間は今だけなのに、別のことを考えるなんて申し訳なさすぎる。


 こほん、と思考にボーダーラインを引いた。


「で、俺たちは仕事をしに行くわけだが。どこ行きたい?」

「……百瀬先輩、意地悪ですね」

「先に言ったのはそっちだろ? それとも、俺とただ文化祭を満喫するってことにするか?」

「っ、惚れた弱み~~っ!」


 ぷいっと顔を逸らし、大河は悔しそうにポニーテールの先っちょを指で弄った。

 窓の外、すかんぴぃに晴れた青空を睨むような顔で、口を開く。


「もういいです、文化祭を満喫します。何か文句ありますか?」

「ないよ、ない。んで、行きたい場所は?」

「……私はこういうのよく分からないので、百瀬先輩にお任せしたい、です。……ダメですか?」

「っ。大河って……そういうところあるよな」

「どういう意味ですか?」

「教えねぇよ。何でもかんでも教わるだけじゃなくて、少しは自分で考えるんだな」


 大河は不服そうなしかめっ面になる。

 でも安心してほしい。決して悪口ではなくて、むしろ褒めてさえいるから。


「ま、そういうことなら任されてやるよ。折角なんだし楽しみたいもんな、大河とも」

「はいっ。お願いします、百瀬先輩」

「おう」


 前日に好きって言われたくせに別の女の子と文化祭を回るなんて、クズすぎるかもしれないけれど。

 大切な人と楽しい日々を過ごしたいって思うのは、当然のはずだから。

 今は今を、楽しむことに決めた。



 ◇



「腹減ったし、とりあえずなんか食おうぜ」

「そうですね……構いませんけど、朝ご飯食べてこなかったんですか?」


 俺が言うと、大河は訝しげにこちらを見つめてきた。

 生活習慣にうるさそうだもんなぁ、こいつ。俺の雫や澪と一緒に暮らすまでの朝食へのスタンスを聞いたらムッとするに違いない。

 その頃の話をしてもしょうがないので、今は今朝のことを答える。


「いんや、食ってきたぞ。今朝は雫が作ってくれた」

「雫ちゃんが……――」

「ん? 今なんか言ったか?」


 もごもごと何かが聞こえたが、上手く聞き取れない。難聴主人公みたいで癪だなと苦笑しつつ聞き返すと、大河は一瞬だけ俯き、そしてからかうように答えた。


「雫ちゃんが作ったご飯を食べられるなんていいご身分ですね、と言ったんです」

「大河にしろ綾辻にしろ、雫のことをマジで溺愛してるよな。俺の知らないところで百合ハーレムができてる?」

「……あまりそういう関連のことには詳しくないですが、百瀬先輩の発言が無礼なものであることだけは理解できました」

「百合とハーレムは別に特殊な単語じゃなくねってツッコミはさておき。無礼千万って言葉、日常会話で使わなくね?」


 そうですか、と大河は素っ気なく呟く。

 その横顔を捉え、そこまでして過剰表現で不服の意を強調したかったのね、と納得した。別に面倒な奴だとは思わない。これはこれで心地いいからだ。


「まぁその辺のことはいいとして。一応雫が作ってくれたし、食べたんだけど、もうそれから結構時間が経ってるだろ?」


 朝食を摂ったのは6時。今は10時すぎだ。

 昼食にはどう考えても早いだろうけれど、成長期の男子が小腹を空くには充分な時間が経っていると言えるだろう。


「なるほど……すみません。私のせいで話が逸れてしまいました」

「いいや、これくらい単なるコミュニケーションだろ。大河は、こんなことも話したくないって思うような相手じゃない」

「そう、ですか……」

「あっ」


 口にした後になって、なんだか自分の言ったことが意味深なように思えて、後悔する。

 本心だし、わざわざ取り繕う理由もないけれど、大河が微妙に気まずそうな顔をしていた。

 何故なのかはイマイチ分からないが、それに、と言ってとりあえず話を進めておくことにする。


「昼からはミスコンとかステージの仕事があるし、がっつり昼を食えないだろ? だからなんか今のうちから食えたらと思ったんだけど……大河はまだ腹減ってない感じか?」

「えっ、あ、いいえ。確かにお昼をゆっくり食べる時間はなさそうですし、今のうちに食べておくのはいいと思います。結構色んな団体が出店してますしね」

「それな。だからこそどこに行くか迷うわけだが」


 文化祭でやれること自体、ぶっちゃけそれほどバリエーションがあるわけじゃない。結果として食事系に手を出すところが増えるのは当然の帰結だと言えよう。

 にしても、どこに行くかなぁ……知り合いのところって意味ではお菓子研究会に行くのはアリだが、流石に昨日の今日でもう一度足を運ぶのは気まずい。

 他に知り合いがいるのは――と考えて、ふと思い出したことがあった。


「百瀬先輩? どうかなさいましたか?」

「あ、いや。大河が嫌じゃなかったらなんだけど、如月のクラス行かないか? 大正ロマン喫茶やってるんだが」

「それって……うちのクラスと同じようなお店ですよね?」

「それの大正ロマン版だな」


 一昨日、月瀬にいつでもいいからクラスに来て、と言われていた。でも、この時間を逃すと結局行けずに終わってしまいそうな気がする。何だかんだ忙しいしな。


「……百瀬先輩はそういうのがお好きなんですか?」

「冷たい視線を向けるのはやめような? 友達に来てくれって言われてたのと、如月のクラスの雰囲気を確かめておこうって思っただけだから」

「ああ、なるほど……え、友達ですか?」

「おいこらその反応はおかしいだろ!?」


 自分だってほとんどぼっちのくせに!

 俺がツッコむと、大河はくすくすと笑った。


「冗談ですよ。如月先輩にはきちんと生徒会に入ってからもお世話になるでしょうし……ぜひ行っておきたいです」


 文化祭が終われば生徒会選挙が始まる。大河はやる気なんだなと実感し、なんだか嬉しくなった。


「ならこっちだな」

「はい。行きましょうか」

「おう」


 それはそうと、俺って割と無計画に文化祭を回りすぎだよな。もう少し計画を立てておくべきだったかもしれん。

 来年は、きっと。

 そう、心のメモ帳に書いておいた。

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