SS#03 夏の終わり。君と。
SS#03 夏の終わり。君と。
SIDE:友斗
文化祭準備が慌ただしく進み、8月ももう終わろうとしていた。明日からは二学期が始まる。いよいよ文化祭まで1か月を切り、どこもかしこも、本格的に動き始めるはずだ。
もちろん、俺だってかなり忙しい。
学級委員長として生徒会長である時雨さんの次に運営関連でやることが多いし、クラスの方にも顔を出す……どころか諸々やらないといけない。鏡役も王子役も台詞こそ少ないけどウェイトが高い役だしな。
そんなこんなで順調に睡眠時間が減っている今日この頃。
俺は――何故か人混みのなかに身を投じていた。
「ごめん、百瀬くん! ちょっと遅れちゃった」
聞き馴染んだ声に振り返れば、今日ここに訪れることになった原因でもある少女、月瀬来花がいた。
ただし、いつもとは随分と装いが違う。
まず普段は二つになっているお団子が一つにまとめられ、上品な簪まで刺さっていた。黒い浴衣には赤い花が彩られている。この花は……リコリス、すなわち彼岸花だろう。下駄を履いているからか目線は高く、しかし、それでも俺と同じ高さではなかった。まぁ彼女は綾辻並みに小柄だからな。
「わざわざ浴衣着てきたのか……」
「わざわざって。女の子の浴衣姿を見てその反応? あたし、ちょっと雑に扱われすぎじゃないっ?」
「いや、んなこと言われても困るっつーの」
もちろん、月瀬は綺麗な女の子だ。八雲がやっている『可愛い子ランキング』ではいつも上位に入っているし、学級委員の中にも明らかに月瀬に好意を抱いていそうな男子が数名いる。
だから、そんな月瀬の浴衣を見れるなんて眼福なのだろう。
実際すごく綺麗だとは思うし。
でも、
「まぁそっか。百瀬くんの周りって意味分からないくらい可愛くて綺麗な女の子ばっかりだもんねー。あたしくらいじゃグラっともしないかぁ」
まさに思っていたことを当てられてしまい、気まずくなって視線を逸らす。
月瀬はそんな俺の顔を覗き、くすくすっ、と笑った。
「別に気まずそうにしなくてもいいのに。あたしだって百瀬くんにドキドキしてほしい、とまでは思ってないし! っていうか、勘違いされちゃった方が困るからね」
「……そうだったな。それも俺を選んだ理由ってわけか」
「話が早くて助かるよ、百瀬くん」
ぱちり、と線香花火みたいなウインク。
その仕草にドキリとさせられつつ、俺は花火大会の喧噪をどこか他人事で眺める。
「人、多いな」
「だねぇ。一人だったらちょっと空しくなってたかも」
「言えてるな」
「うんうん。百瀬くんに来てもらってよかったよ」
俺たちは例年8月の終わりに行われる花火大会にやってきていた。
メンツは俺と月瀬の二人のみ。
どうして俺たち二人で花火大会に来たのかと言えば、それにはもちろん理由がある。そうじゃなきゃ、一度文化祭のことで会っただけの女友達と花火大会に行こうとは思わんさ。
話は昨日の夕方に遡る。
◇
あらかた仕事が終わり、最後に校内の見回りをしていた俺は、教室で一人佇む月瀬を見つけた。
「おい、月瀬。そろそろ下校時間だぞ」
「あー。百瀬くん。ごめんごめん、すぐ帰る支度するね」
頼んだ、と言って彼女は帰り支度をするのを待つ。手持無沙汰になった俺は、月瀬には似合わないアンニュイな表情を思い出し、なんとはなしに口を開いた。
「なんかあったのか?」
「へ?」
「考え事してる風に見えたから」
あの夏祭りを経て、俺は今の自分の周りにいる人ときちんと向き合おうと思った。
雫や綾辻、大河はもちろんだが、それ以外の友達とだって向き合いたい。月瀬は俺の数少ない(泣いてないよ)友達の一人なので、つい気になってしまったのだ。
「うーん。考え事っていうか、ちょっと寂しいなって思ってただけ」
「寂しい?」
「そう。夏が終わるんだな、って思って。今年も夏らしいこと、ほとんどできなかったからさ」
夏の終わりにはいつだってノスタルジーが転がっている。
けれど月瀬の声色には、それより幾分か切実な寂しさが滲んでいるように思えた。
「友達と遊んだりしなかったのか?」
月瀬は友達が多いイメージがある。
中学時代にはそうでもなかったが、高校に上がってからは割と陽キャ寄りの女子って感じだ。同じく友達が多い雫はなんだかんだ友達とよく出かけていたので、てっきり月瀬もそんなもんだと思っていた。
聞けば、少し困ったような顔で月瀬が返す。
「本当はそうしたかったんだけどねぇ。でもあたし、あんまり体が強くなくて。日常生活を送る分にはいいんだけど、プールとかアクティブな遊びは避けるように言われてるんだ」
「ほーん」
「夏って割とそういう遊びが多いでしょ? だから、夏っぽいことできてなくて」
たはは、と作り笑う月瀬。
そんな顔をされると、何かしてやりたくなる。かといって今から夏っぽいことをするのも難しいしな……。
そう思っていると、
「そうだ! 百瀬くん、あたしと一緒に花火大会行かない?」
「は?」
「ほら、電車で少しいったところで明日花火大会があるんだよ。結構大きなやつ。だから、一緒に行かない?」
と、思わぬ提案をされる。
月瀬の言う花火大会がどれなのかは見当がついた。確かにかなり大きいお祭りだ。雫がクラスの友達と行くって話していたのは記憶に新しい。
「花火大会って……急だな」
「そうだけど! でももう夏終わっちゃうし! 百瀬くんなら色々とちょうどいいしさ。お願い、百瀬くん!」
「ちょうどいい?」
グイグイと近づいてくる月瀬。
俺が聞き返すと、こくりと頷き、指を折りながら説明しだす。
「まず百瀬くんは友達だから、友達と花火大会に行ったって思い出をちゃんと回収できるでしょ? で、男の子だしそれなりにかっこいいから花火大会でナンパされる心配もない」
「なるほど?」
「おまけに、百瀬くんは女の子と二人で花火大会に行っても勘違いしない! だって、そういうのに慣れてるから。……違う?」
「…………はあ」
なるほど、と不覚にも納得した。
確かに月瀬の言う条件を満たす男子は少ない。俺がその、稀な一人であることは自覚している。
「ね、お願い! あたしに夏をくれたら、今年もクラスじゃなくて運営側の戦力になってあげるから!」
「ぐぬぬ……」
地味に魅力的なリターンだった。
いくら体育祭より楽になるとはいえ、学級委員のメンバーが半分になるのは結構痛い。なるべくならデキる奴がクラスに行きたいって思うだろうし、心置きなく頼れる友達が残ってくれるのはかなりデカい。
「分かったよ。花火大会、一緒に行こう」
◇
――というわけだ。
なお綾辻と大河も誘いはしたのだが、綾辻には当然の如く拒否られ、大河も明日のテストに向けて前日くらいは勉強したいらしく、断られてしまった。
まああっちで花火大会には行ったしな。無理にこっちで行く必要もなかろう。
「ねぇねぇ百瀬くん、りんご飴食べない? 私、好きなんだよね」
「りんご飴か。いいな、久々に食うか」
この前綾辻がりんご飴を食べてるのを見て、何気に食べたくなってたんだよな。美緒が好きだったから昔はよく食べたんだけど……。
月瀬と二人で屋台に並び、一つずつりんご飴を注文する。
「おお、甘い! 染みわたるねぇ……」
「そういう甘さではなくないか!?」
「個人の感想です、ってやつだね」
「それつけておけば何でも許されるわけでもないからなっ!?」
けらけらと笑いながら、俺たちはりんご飴片手に屋台が集まっている通りをほっつき歩く。
途中喉が渇いたからと飲み物を買い、二人で食べられそうな焼きそばとたこ焼きも買って、花火が見られそうな場所まで移動した。
「この辺なら、多少は人も少ないか」
「だねぇ……ちょっとだけ遠いけど」
「大丈夫だ。ここの花火は凄いから」
小さい頃は家族でよく来たから、覚えてる。
夏の終わりに手向ける景気のいい花火たち。ちょっと心臓に悪いくらい、すごい迫力なのだ。
「ならこれくらいがちょうどよかったかも。心臓がびっくりしても困っちゃうからね」
「それな。俺、何気にお祭りの太鼓とかとは距離を置きたくなるし」
「分かる分かる!」
話しながら、焼きそばとたこ焼きを広げる。
りんご飴はすっかり舐め終わったので、予め持ってきておいたゴミ袋にまとめて捨てた。
「どっち先に食いたいとかあるか?」
「んー。焼きそばかなぁ」
「はいよ」
代わりに俺はたこ焼きを貰う。八個入ってるので、四個ずつ食べる計算だ。最初の一個を口に運ぶと、思ってたより熱くて火傷しそうになる。
「あっつ」
「くっくっ……百瀬くん、涙目になってる! ふーふーしてから食べないからだね」
「くっそ。正論だから反論できないのが悔しい」
ふっふ~と上機嫌な鼻歌を歌い、月瀬は焼きそばを食べる。流石に焼きそばは熱々ってほどじゃないみたいだ。
「こういう屋台のご飯とかって、実はそこまで美味しくないよな」
「それ、食べてる最中に言う!?」
「いや、友達と食べるから美味しい、みたいなことを実感できた方がいいかなーと」
「少なくともそういう捻くれたことを言う友達と食べる屋台のご飯はそこまで美味しくならないと思うよっ?」
「……確かに」
まあでも、と月瀬が補足するように言う。
「この焼きそばはちゃんと美味しいよ。もしかしたら、今までで一番かも」
彼女の言葉とほとんど同時だった。
ひゅ~、と花火が昇る音が鳴る。
どーん、どどん。
ともすればチープなその効果音は、安っぽい焼きそばやたこ焼きとお似合いだった。
そして次の瞬間、夜空を彩った花たちは。
「わぁ」
「――っ」
今隣にいる女の子の横顔に、よく似合っていると思えた。
――月下美人
不意にその花の名前が頭によぎる。
一発、二発、打ち上がっていく。
夏にバイバイを告げるように、また来年って笑うように、どどん、どどん、と花火が咲いていた。
みっつ、よっつ、いつつ。
むっつ、ななつ、やっつ。
九つ目の花火は、ハート形だった。
「こんな綺麗なの、絶対忘れないなぁ」
「……そうだな」
たくさん傷つけてしまった、大切な女の子たちと見た夏祭りを俺は忘れない。
でも、距離が近いわけでもない女友達とのこの花火大会も、たぶん俺のアルバムに残るのだと思う。
あと少し、もう少し。
この夏をいっぱい記憶に残しておきたい。
17歳、夏。
炎色反応みたいなこの季節を、俺は飽きるまで目に焼き付けた。
――・――・――・――・――
これにて五章は終了です。ようやく開花したヒロイン、澪を好きになっていただけたら、★★★評価やコメントで推してもらえると嬉しいです!
次から六章になります。
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