5章#05 文出会②

「メイド喫茶は他にも四つほどの団体が希望してるんだけど、そのことは知ってるかな?」


 時雨さんの指摘は、至極真っ当なものだった。

 俺自身、時雨さんと同じことを考えた。

 メイド喫茶はベタなのだ。それはもう、ベタにベタを重ねてベタベタになるくらいのベタ。ちなみに関係ないことだが、昔ベトベターを大切に育ててたら雫に『変わってますね』と言われた。本当に無関係すぎる話だな、これ。


 と、そんなくだらないことを考えている間にも空気がホールの空気のピリ度が増す。

 端に控えている大河が心配そうに雫を見つめていた。


「えっと、いえ。被るかもなとは思ってましたが、あくまで予想だったので」

「うん、そうだね。流石にそういう情報を集めておかなきゃダメ、とは言わないから安心していいよ」


 ふんありと時雨さんは笑うけれど、周囲はそうもいかない。

 何故ならば、文出会の目的の一つがこれなのだ。

 出し物が被って、じゃあどうするか、という話。

 演劇やバンドが被るのなら、まだいい。やることは同じでもそこには明確に違いが存在する。しかしメイド喫茶は、ぶっちゃけある程度差別化を図ったところで焼け石に水だ。


「ボクからの質問はね。被っているということを踏まえて、一年A組としてどう考えるか、ということ。他の団体と話し合うか、それとも辞退するのか、或いは何かしらの形で差別化を図るのか。そこのところ、どう思う?」


 さぁどう答える?

 そう、時雨さんの瞳が楽しそうに煌めく。本当に正直な人だなぁ……雫相手でも容赦がないし、容赦がないけど優しさはある。


 答えられなかったから却下になる、という質問ではない。そのときには生徒会が力を貸すだろう。そもそも、他の四つの団体にだって意見を聞くべきことだ。

 あくまで一年A組の代表者・雫の見解はどうか、と聞いているだけ。


 ……まぁだからって下手なことを答えられるかと言えば、そうもいかないだろうけど。

 ここで出鼻を挫かれると夏休み中の準備の士気に響くもんな。


「どう思う、ですか……あくまで私の意見でもいいですか?」

「うん、もちろん。急な質問だからね。改めてクラスの総意を確認してから撤回してもいい」


 なら、と雫は答えを口にする。

 それはもう、満面の笑みで。


「別にいいんじゃないですかね、それくらい。私はそう思います」

「ふむ。詳しく聞いても?」

「はい。私は部活動とかに入っていなかったので、これまであまり認識していなかったんですが……今日ここにきて、気付きました。この学校ってたくさん部活動があって、色んな人がたくさんやりたいことをやってますよね」

「うん、そうだね」

「ならたった五つくらいそれが被っても、問題ないんじゃないでしょうか。もちろん他の団体の方は被るのが嫌だから変える、と言うかもですけど……私は別にいいかなって思います。そもそも、どうせお店に入れる人数なんて決まってますしね」


 ふぅ、と息を整えて。

 雫は、だから、と言った。


「私たちは私たちが楽しいって思うことをやります。たとえ溢れる王道であっても、思いのこもった王道は決して色褪せませんから!」

「うん…………最後は少し別の話になっているかもしれないけれど。なるほどね。うんうん、よく分かったよ」


 こくこくこく、と時雨さんは雫の言葉を咀嚼するように頷いた。

 その光景を見ながら、俺は雫のやり方に苦笑する。

 開き直りもいいところだし、割と詭弁じみたことを言っているのに、何故か真っ当に聞こえる。なんとも邪道で、けれど王道だ。


「分かった。そこまで考えているのならボクに言うことはないよ」


 そう言うと、時雨さんは生徒会メンバーと顧問に目を向けた。

 全員が首肯したのを確認してから時雨さんがにっこりと破顔する。


「じゃあ一年A組の『メイド喫茶』は承認ということで。楽しみにしてるよ!」


 かくて雫は、プレゼンに成功したのだった。




 ――ちなみに。

 その後のメイド喫茶系を希望していた団体のうち三つが辞退し、残り一つである二年B組は端からメイド喫茶で被ることを予測し、大正ロマン喫茶にして差別化を図っていたりした。


「後輩には負けていられませんから!」


 とは月瀬の言である。

 俺の周り、ベタすぎ……!?



 ◇



 それからも滞りなく文出会は進行していった。

 大河は時折起こるトラブルに素早く対処することでその存在感を示し、時雨さんはどの団体にも一つか二つ質問をしていく。

 コスプレをしてきている団体には率直な感想を言い、プレゼンでデモンストレーションを見せた団体には拍手をして。


 ぶっちゃけ時雨さんが一番楽しんでるだろ感は否めない。

 まぁ俺も楽しんでるし、発表が終わった奴から順に緊張感なく楽しみ始めたけど。


 そんなこんなで、優に三時間ほどが経過し。

 残るは二団体になって――未だ二年A組は呼ばれていなかった。


 いいやそれだけならよかっただろう。

 問題は、カウントが2から1へと変わったときに呼ばれた団体が、うちと最悪の相性だったことだ。


「今回は『白雪姫』をベースに哀しくも愛おしい恋の物語を描いていくつもりです。脚本は私と、それから二年生の副部長の合作で行います」

「うんうん、楽しそうだね。それでそれで?」

「具体的なストーリーは伏せるのであくまでストーリーラインだけお話しますが――」


 演劇部のプレゼンを聞きながら、まずい、と力強く思った。

 あまりにも運が悪い。

 演劇部が童話や伝承をベースにして物語を組むことが多いことは知っていた。一昨年は『シンデレラ』で去年は『美女と野獣』。なら今年『白雪姫』が来る可能性は十二分にあると分かっていたはずなのに。


 いいや、何をどう言われようと『白雪姫』以外をベースにはできなかった。だから、それはいいとしよう。


 一番まずいのは、演劇部のやろうとしていることと二年A組がやろうとしていることは、ある側面では酷似し、別の側面から見れば真逆だったことである。


「――以上です。続きは当日舞台の上で」


 そう告げたときにはもう、この場の誰もが演劇部の舞台を見に行くことを決めていた。

 発表者兼部長兼主演女優の入江恵海は、それほどまでに聞き手を魅了したのだ。

 じんと胸に染み入るようなストーリーを期待させ、しかし肝心なところを語らないことで興味をより大きくし。

 語り口によって惹きつけ、更にはまだ制服のはずなのに身動ぎだけで彼女が白雪姫の姿をしているところを幻視させた。


「うん、言うことはないよ。素晴らしいと思う。今年も期待してるね」

「ふん……そう余裕ぶっていられるのも今だけよ。今年は私が両方で勝つわ」

「ふふっ。もしできたら快挙だね」


 両方というのはつまり。

 各団体の出店で最も人気だったところに与えられる最優秀団体賞と。

 ミスコン1位の者に与えられるグランプリ。

 その二冠を意味していて。


「負けないから」

「ボクも、ね」


 時雨さんが珍しく本気の目をしていた。

 この二人にも色々あるんだろう。が、そんなことに思いを馳せている余裕はない。むしろそんな会話のせいでドンドン俺が居た堪れなくなっていく。


 この宣戦布告、どう考えてもトリじゃない?

 この後にきたクラス、何を言っても気まずいだけだろ……。


「さて。では最後は――二年A組だね。代表の子、発表をお願いするよ」

「……はい」


 はぁ、と溜息をついてから発表場所に移動する。

 入江恵海とすれ違ったとき、ふぅん、と一瞥だけされた。兎を狩る獅子かな?

 この前のビーチバレーといい、俺ってかっこつけたところで大抵フラグを回収するからなぁ。夏休み前に立てたフラグを回収する気がしてならない。


 だがしかし、ここはちゃんと決めなきゃならない。

 それが綾辻と向き合うために必要なものの一つなのだから。


「んんっ。二年A組の百瀬友斗です。今の流れでトリがうちって、もうなんか色々言いたいことがあるなぁって感じなんですけど」


 でもまぁ、と満面の笑みで。


「演劇部さんは会長をミスコンで倒せば二冠とれるって思っているようなので、足元を掬わせてもらおうかなーって思います」


 と、真っ直ぐにケンカを売った。

 時雨さんがにんまりと口角をつりあげ、入江恵海が――ああ、まどろっこしい! 入江先輩でいいか。入江先輩がじっとこちらを見つめてくる。


「うちのクラスがやるのはミュージカルです。題名は『百面相の白雪姫』。童話『白雪姫』をベースに、泣けてシリアスな物語にする予定です。とはいえネタバレをするのはつまんないですよね? なのでここではさわりだけ。あとは生徒会の皆さんに別途でお渡ししている企画書を見ていただけると助かります。あと、できればそこの内容はオフレコで」


 この場で納得させるべきは、あくまで生徒会とその顧問だ。

 それでも演劇部が大まかなストーリーを話したのは、この場を集客として利用するため。今年の演劇部も凄いぞ、と初っ端からアピールするため。


 ならばもう、こちらがわざわざネタバレをする必要はない。

 何故なら――演劇部にケンカを売ったというその一点だけで充分な集客になるから。

 演劇部と対立構造を作れば真っ当に宣伝するよりもよっぽど話題になれる。しかも準備開始時からずっと、な。

 これは大きなアドバンテージだ。良いものを作ったところで、見てもらえなきゃ意味がない。広告戦略と言えるほど大したことではないが、多少は効果があるはずだ。


 ……まぁ、まだプロットだけで脚本は完成してないってのもあるんだけど。


「それで――」


 と、俺は説明を続けていく。

 話せる範囲のストーリーの他、現在考えている進行スケジュールなどの実務的な面についても開示して。

 そうすることで、『何か凄そう』と思わせればそれでいい。


 そうして話し終えると、ピン、と手が挙がった。

 但しそれは――時雨さんのものではなく。

 金色の髪の少女、否、女王のものだった。


「ごめんなさい。私から一つ、質問をいいかしら」


 ダメに決まってるだろ、と誰かが思う。

 ここは生徒会の審査の場で、他の者に質問の権限はない。

 けれども時雨さんは、そうは思わない。


 だって他の団体の生徒が質問してはいけない、とは誰も決めていないから。

 質問していいとは言っていないけれど、ダメだと言っていないならいいだろう。面白そうだし。そんなノリで、時雨さんはこくりと頷いたのだった。

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